この日何の日気になる日






 ここは赤鯨衆宿毛砦である。
 夜遅く、足摺海軍との打ち合わせで来た高耶だが、宿毛砦といえば当然あの男がいた。
 そしてあの男といえば、高耶が来ているのに、そばに寄ってこないわけがないのである。
 それはいつものことなのだが、今日の男はいつもとちょっと違った。

「高耶さん」
「なんだ直江。なにかあったか」
「質問があるんです」
「緊急事態じゃないなら後にしろ。俺はいま忙しい」
「今日は何月何日ですか」
「は?それくらい自分でカレンダー見ろよ」
「いいから答えてください」
「なんだよ。今日は5月3日だろう?」
「ああ、日付は覚えているんですね」
「当たり前だろ」
「では今日は何の日ですか」
「一体なにが言いたいんだ。用がないならさっさと持ち場に戻れ」
「用件ならいま言ってるでしょう。今日は何の日ですか。あなたこそさっさと答えなさい」
「………おまえ、なに怒ってるんだ?」
「別に怒ってません。それより、何の日か思い出せないんですか?」

 顔を見たときから、無表情ながらどことなく機嫌が悪そうだとは思っていたが、口を開けば最初から喧嘩口調、言ってることは意味不明。いったいなんなんだと怒りたいのは高耶のほうだ。
 しかし高耶に非があるのだと言わんばかりの直江の視線に、高耶は苛立ちを抑えて頭の中で自分のスケジュールをひっくり返してみた。

「今日は……朝一で大正砦の編成の見直しをして、昼から鷹ノ巣砦の霊波塔強化工事をして、夕方から中村で会議があって……で、宿毛で打ち合わせだろ。別に忘れた予定はないはずだけど」
「スケジュールを聞いているわけじゃありませんよ」
「じゃあなんなんだ。分かるように言え!」
「5月3日が何の日か、あなた本当に覚えてないんですか!」
「5月3日がどうしたって言うんだ!ゴールデンウィーク中でちょっと道が混んでて迷惑したけど……って、あれ?」

 自分で発した言葉に、高耶ははたと気がついた。

「ああ、今日はゴールデンウィークだったよな。そういや、5月3日は憲法記念日だったか。………おまえ、そんなこと俺に答えさせたくて怒ってたのか?」

 ぷっつん。(←直江の中で何かが切れたらしい)

「えぇえぇそうですとも。今日は憲法記念日ですよ。いつだったかはゴミの日とか言われましたけどね、それは間違いです。ゴミの日は5月30日で"ゴミゼロの日"なんだそうですよ。そして私はゴミ以下ってことですね。分かってますとも。最近のあなたときたら頭の中が雑兵どものことでいっぱいで、他のことなんか綺麗さっぱりゴミ箱に突っ込んだあげくご丁寧に焼却処分して跡形もなく消し去ってくれちゃってますからね。それでもまさか今日のことまで忘れてるとは思いませんでしたよ。だいたい5月3日は憲法記念日ってことは思い出せて、なんで肝心のことが思い出せないんですか、あなたは。それともなんですか、譲さんのことみたいに、健忘症かかっちゃって忘れてるんですか。それなら脳みそに手を突っ込んででも思い出させてあげますよ!って人を無視して仕事してないで、ちゃんと聞いてください!」
「あーうるせーな。ようやく文句言い終えたか。で、今日は何の日だって?」
「私の誕生日でしょうが!!」

「………ああ、そういえば」

 絶叫した直江をぽかんと見つめたあと、高耶はさすがに気まずそうに視線を逸らした。

「おや、覚えていたんですか。いえ、今まで忘れていたんですから、覚えていたとは言い難いですね」
「嫌味な奴だな」
「嫌味のひとつも言いたくなりますよ。こんな日くらい、少しは気にして会いに来てくれるかと期待してれば、来るのは深夜だし。やっと来てくれたと思っても仕事のことしか頭にないし。私が言うまで本当に忘れてるんですから。しかもそんなこと言ってる間に4日になっちゃってるじゃないですか!」
「ひとつじゃねーじゃねぇか。ついでに日付が過ぎたのは俺のせいじゃなくて、延々文句たれてたおまえのせいだ」

 びしっと直江を睨みつけ、しかし高耶は小さくため息をついた。

「まぁ忘れてたのは悪かった。おまえは毎年しっかり覚えてて何かしら祝ってくれたもんな。ああでも、萩で別れてからはそんなこともなかったっけ」
「………人が気にしてることをここぞとばかりに持ち出さないでくださいよ。嫌味な人ですね」
「おまえに言われたくない」
「言っておきますが、去年はあなたが勝手に逃げたから祝えなかったんです」
「まぁな。それに萩からの2年間は小太郎に祝ってもらったから別に気にするな」
「………………」

 よく考えれば、この400年間、嫌味の応酬で景虎に勝てたことなどない直江だった。

「なにはともあれ、誕生日おめでとう、直江」
「ありがとうございます」

 それでもこうして微笑って祝ってもらえば嬉しいわけで。

「それでいくつになったんだ?俺がもう20超えてるから、おまえはとっくに30超えてるんだよな。そんな歳になっても嬉しいもんか?」
「ほっといてください。それに歳をとりすぎたら肉体変えますよ」
「それはやめろ」

 こんな他愛ないやりとりが、今年の大切な思い出になった。





[終]

紅雫 著
(2005.05.02)


[あとがき]
直江(というより橘氏)生誕の日ということで、短いものですが作ってみました。このテーマで書いたのは久しぶりな気がする…。誕生日は毎年あるはずなのに(^^;)
久しぶりなせいか、けちょんっぷりも微妙です。あんまりコケにされてません。よかったね、直江(笑)。
まぁ四国編はそれなりに直江も頑張ってたので、けちょけちょに苛めたいという欲求が少ないのかもしれませんが。
それでは今年も歪んだ(笑)愛を込めて。「ハッピーバースデー直江!」


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