紫陽花






「あ…紫陽花が咲いてる」

ふと、高耶が足を止めた。
マンションの近くの小さな公園。久しぶりに散歩に来た二人だったが、雨が降りそうな気配に帰宅を急いでいた。

「ああ、本当だ。もう梅雨ですからね」

その時期に傘を忘れた自分を自嘲しつつ、止まってしまった高耶を促すように、肩に手をかけた。
だが高耶は動こうとせず、熱心に紫陽花を見つめている。

とうとう雨が降り出してしまった。

「高耶さん、風邪を引いてしまいます。早く戻りましょう」
「待って。もうちょっとだけ……」

うっとりと雨に打たれる紫陽花を見つめながら呟く。

「………紫陽花は、雨に濡れてる時が一番綺麗なんだ……」

だからもう少しだけ見ていたい。

それっきり、口を閉ざしてしまう。動きそうもない様子に、直江は溜息をついた。

「じゃあ私は走って傘を取ってきますから、どこか木陰にでも入って待っていてください」

そう言って踵を返そうとした時、慌てたように高耶が服の裾を掴んだ。

「いらない。傘なんかいらないから、おまえもここにいろ」
「………風邪引きますよ?」

咎めるような声に、高耶は微笑んで返す。

「風邪引いたら、おまえが看病してくれるんだろう?」

たった今まで紫陽花を見つめていた視線で、直江をじっと見上げる。

「もちろんですよ――――」

柔らかく腰を引き寄せられ、高耶は直江の胸に頬を寄せた。
暖かい雨の中、二人は優しく身を寄せ合って時を過ごす。
それを見ているのは、灰色の雨の世界でただ一つ鮮やかな紫陽花だけだった――――。





[終]

紅雫 著
(2000.06.09)


[あとがき]
YUKO様から31000カウントHIT記念で頂いたイラスト「hydrangea」に合わせて、ショートショートを書いてみました。でもイメージを壊すと嫌なので、別にUPする私(←小心者)。

【改訂】(2003.10.20)
イラストは返却いたしました。小説のみお楽しみください。


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