明日になれば






おねだりをした。



「直江、5月の2、3、って休み取れる?」

ソファーに座って本を読んでいた直江の首に後ろから手を絡めながら聞く。
あからさまに頬の筋肉を緩ませてヤツが本から顔を上げる。こういうところはわかりやすい男だなぁ。
まぁ、俺の狙い通りだけど。

「2、3ですか?2日は仕事が入ってますね・・・・。3日だけじゃ駄目ですか?」

・・・・3日は空けてあったな、コイツ。

「忙しいのは知ってる。でも、2日も休み取れない?」
「そうですね・・・・。」

そう。一言も言いやしないけど、かなり忙しいのは知っている。休日も関係なしって感じだし。でも、年に一度のことなのだ。これを逃したらあと一年待たなくちゃいけない記念日。こっちもゆずれない。

もうだいぶ休み取るほうに傾いてきてる。後ひと押し。

「なあ、・・・・ダメ?」

俺はちょっと首を傾げてさらに上目遣いで直江の顔を覗き込む。
確信犯。
これで、直江が逆らえるはずはない。

「2日も休みましょう!ええ、その方がいい!」

思惑通り早速休みを取るべく電話に向かう直江。
こうして俺のおねだりはあっさり成功した。



直江の誕生日。
正確には橘義明の誕生日か。それをどうやって祝ってやろうか、俺はずいぶん悩んでいた。
あの男はいつもさりげなく高級そうなものを上品に身に付けているし、自分が買ってあげられるものなんて、たかが知れてる。
はたして直江に似合うようなものがプレゼントできるだろうか。(まぁ、どんな物をあげても大喜びして肌身はなさず身に付けるだろう事は想像するのに苦労しないが。)
ちょっと考えて、

これは何か品物じゃなくて、あいつが喜びそうなことをしよう。

ここまではすんなり決まった。・・・のだが、具体的になにをするのかがなかなか決まらない。
直江が喜びそうなこと・・・・・
そうだな。俺が
「して。」
とか言って迫ったら喜ぶのは間違いない気がするけど・・・・それもなんだかなぁ・・・。
なかなかいいアイデアが浮かばない。
これは、マジで「プレゼントは俺!」しかないか?と思い始めた頃、ふと思い付いた。

直江が俺にしてくれること、それをあいつに返してやろう。

あの男はやたらと俺の世話をやきたがる。直江の誕生日には俺が一日中めいっぱい世話を焼いてやろうではないか。



5月2日、朝。

直江は珍しくまだぐっすり眠っている。今日休む為にやはりちょっと無理をしたらしい。
悪かったかな?と思いつつ、俺は直江を起こさないようにこっそりベッドを抜けだした。
あまり大きな音を立てないように洋食系の朝食を作って、いつもは直江の役目であるコーヒーを入れる。
そして、いざ!

「な〜お〜え!朝だぞ。そろそろ起きろよ。」

基本的に寝起きのいい奴だから、声をかけた後、間をあけずにおはようのキスをした。
ついばむように2回、次に深く、深く。十分長くそうしてから唇を離した。普段、直江が俺にするように。いつも思うけどこれはおはようのキスとかそんな軽いもんと違うんじゃないだろうか。

直江が目を覚ます。ゆっくりと目を開くとにっこり笑って言った。

「今のもう一度してくれます?眠っていたので分かりませんでした。」

いけしゃあしゃあと。眠ってたから分からなかった、なんて言うけどむしろ、キスする前からたぬき寝入りだったんじゃないか?
〜〜〜〜〜まぁ、今日は特別だからな。

「じゃ、おはようのキスなんだからもう一回眠れ。」
「はい。」

おとなしく言うことを聞いて目をつぶった直江にもう一度キスを降らせてやる。

「朝ご飯出来てる。食べよう。」

直江の手を引きながら寝室を出て、ダイニングテーブルにつかせた。

二人でダイニングテーブルに座って朝食をとる。
朝食をとり終わったらリビングのソファーに座ってテレビのニュースでも見ながら一服。直江の隣にピッタリくっついて座る。直江は俺と一緒にいる時必ず何処か体の一部(と言わず全部か?)を接触させていたがるから。甘えん坊のイヌみたいだなぁと思う。
そう、そのまま直江に伝えてみたことがあった。




「お前って甘えん坊のわんころみたいだなぁ。」
「好きな人には当然の欲求ですよ。」
「す…・・まぁそうかもしれないけど、なんとなくお前、イヌっぽいんだよ。」
「イヌっぽいかどうかは置いておいて、甘えたいって気持ちはあるでしょうねぇ。・・・・あなたは―――」

そこで、いったん直江は言葉を切った。

「なに?」

先を促すように聞いた俺にヤツは笑顔でこう続けた。

「あなたは、私に甘えたくないですか?」




ぼんっ

その時のことを思い出して俺は思わず赤面する。なんて事を聞くんだ、この男は!!
絶対に赤面しているのを直江には知られたくない。

「どうしたんですか。顔、赤いですよ?」

・・・と思った矢先に気付かれた。くそぅ。話題転換するか。

「なんでもない。昼ご飯のための買い物しに行こう。」
「じゃ、そうしましょうか。」

思ったより簡単に話題転換成功。
今日は二人で歩いて近くのスーパーへ買い物に行くことにする。帰りの荷物は牛乳とか水物を買ったから結構な重さになった。だけど、今日は俺が全部持つ。だけど直江は自分が持つといって聞かない。

「だから〜、今日は俺がいつもお前がすること、したがること、返すの!」
「??そうですか。じゃ、お言葉に甘えさせてもらいますね。」

仕方ないから今日の計画を教える(あれでわかったのかなぁ?)とやっと納得したみたいだ。
家に帰って、ご飯を食べて、のんびりと午後を過ごす。
夕飯は思い付く限り(で俺が作れるもの)のご馳走を作った。といってもたいしたもんじゃないけど、直江は俺の作る料理が一番おいしいって言ってくれるし・・・(テレテレ)。
今日も結構な量作ったのに全部平らげてくれた。いや、俺もかなり食ったけど。

次は風呂…・風呂なんだけどこれはちょっと言いにくいんだよなぁ。・・・・照れる。でも買い物の時、今日の抱負(?)を宣言しちゃったから直江からは言ってこないだろうし。

「直江、えっと、あ、風呂・・・入らないか?」
「ええ。先に入っちゃっていいですよ。」

にやり。
直江が意地の悪い笑みを浮かべるのが分かる。俺が『いっしょに』を言えなかったのを知っていてわざと言っているのだ。

「・・・・・・・・・・・いっしょに入ろう?」
「一緒に入りたい?」

くそっ。調子に乗りやがって。

「・・・やっぱ、やめた。」

直江が焦った顔をする。情けねぇ顔。
でも、この情けない顔を見られられるのは俺だけ。
はたから見たら文句無しの大人のイイ男が俺のひとことに一喜一憂しているのを見られるのにも優越を感じる。

俺だけ。

そう考えると頬が緩んだ。
俺の顔を見て怒ってないことがわかると、直江は余裕を取り戻したのか、

「冗談ですよ。あんまりあなたが可愛いからつい苛めたくなってしまいました。」

そう言いざま俺を抱えてバスルームに向かう。
抵抗はしないでおいてやろう。

「直江。」
「はい?」
「今日はお前の頭、洗ってやるよ。」



風呂に入った後はそのまま寝室へなだれ込んで。
俺は結局「して。」という言葉をこぼす羽目になった。



そして、0:00。

デジタルの時計がピッと小さな音をたてる。
俺は直江の腕の中から抜け出して向かい合わせに座った。

「誕生日おめでとう。」

小さなキスと共にできうる限りのいい笑顔でそう伝える。何もあげないのもなにかと一応用意したプレゼントをベットの下から引っ張り出した。
プレゼントの中身はキーホルダー。家の鍵につけてたキーホルダーをなくしたと聞いたばかりだったから。

「ありがとう、高耶さん。」

直江もキスと最上級の笑顔で答える。

「とても嬉しいです。キーホルダーはもちろんですけど、今日一日随分と甘やかしてもらいました。」
「いい誕生日プレゼント思い浮かばなくって。」
「高耶さんもおいしく頂けましたし。」
「そうゆう事言うな。」

思わず赤面して暴れようとしたら、腕の中に閉じ込められた。

別に嫌なわけじゃない・・・むしろ気持ちいいけど、悔しいから睨めつけてやる。

俺の視線を何処か幸せそうに受け止めていた直江がふと思い出したように疑問を口にした。

「ところで、何で2日だったんですか?別に3日でも良かったんじゃ・・・?」
「ん?だって、明日になれば・・・。」

そこまで答えたものの、何だか眠くてたまらない。朝から張り切ってたからだろうか。もう、瞼がくっつきそうだ。意識が遠のく。

「もう今日ですけどね。・・・・・・高耶さん?眠っちゃったんですか?」

直江の声をどこか遠くに聞きながら眠りに落ちていく。

「明日になれば・・・・」






5月3日、朝。

トゥルルルルル、トゥルルルルル

――――ほら。

「はい。たちば・・・」
『ハッピーバースディ!直江!!あたしよ、あたし、晴家。もうすぐそっち着くからね〜〜。』
「は?!もうすぐ着くって、お前・・・。」
『あんたの誕生日祝いに行くのよ。文句ある?』
「文句ある、じゃない。今何時だと思って」

ピーンポーン

「来客だ。文句はあるが、まぁいい。切るぞ。」


「はい。」
「高坂さんからお届けもので〜す。」
「?高坂から!?」
「え・・?ええ。」
「ああ、いや、今行きます。」

ガチャ

「こちらに印鑑お願いします。」
「なんだ、この馬鹿でかい荷物は・・・。」


ほら。

いつも、直江のことを"アニバーサリー男"とか言ってからかうくせに、人一倍お祭り好きな奴等がやってくる。
コイツ等が来たらお前の世話を焼きまくるなんてできないだろう?
大騒ぎになってそれどころじゃなくなるのは目に見えてるし、なにより照れくさい。からかわれないわけがないのだから。

「直江〜〜。誕生日祝いに来てやったぞ〜。なんかおごれ〜。」
「長秀・・・・インターホンぐらい押して入ってこい!」

今度は千秋が来た。直江は文句を言いつつ、もう額を押さえて諦めモード。

「あ〜〜?固いコト言わない。なんだ?この荷物は。高坂からだぁ?開けるぞって、・・・・・・ゲッ!!」
「何だ、安田。何故、貴様が開けるのだ。」

!!
開けるのが恐ろしくてすぐに開くことが出来ないでいたダンボール箱の中から高坂が出てきた。
さすが高坂。やることが奇抜だな。
っていうか、自分が入ってきたって事は誰が出したんだよ?

「お前が郵送されてくるほうがよっぽど"何故"だ!!」

千秋が涙目で抗議してる。無理もない。俺も荷物開けて高坂が出てきたら泣くな、多分。直江は自分が開けなくて良かったって顔だ。こっちも無理もない、だろう。

「フン。まぁいい。直江、また年を取ったな。」

高坂は千秋の抗議をあっさり無視して祝いの言葉(?)をくれた。
がっくりと肩を落して、朝からもう疲れきった様子の直江に慰めの言葉をかけてやる。

「直江、何だかんだ言って、みんなに愛されてるなぁ。」
「高耶さんだけでいいです・・・・。」

トゥルルルルル

また電話だ。今度は誰からだろう?

ピーンポーン

・・・お客さんも来た。

「・・・・高耶さん、インターホンの方、お願いします。」
「ん。わかった。」

もうリビングでくつろいでる二人に憮然とした視線をむけながら直江は電話に向かう。
そんな直江がおかしくて笑いながら俺のほうはインターホンに向かった。




騒がしい一日になりそうだ。




「直江、この家では客に茶も出さんのか?」

「なおえ〜〜!お袋さんから荷物届いた〜〜。」

「鮎川・・・お前まで・・・。」

「おい、ここの酒開けるぞー。」

「・・・・・・・。」

「・・・・・!」

・・・・・・・

・・・・・・





[終]

しんえ 著
(2000.05.24)


[あとがき]
高耶さんのしゃべり口調一人称でやってみました。
この高耶さん、策士?「直江は俺にメロメロだっ」という自信に満ち溢れてるし。
まぁ、直江が果報者ですが、誕生日小説なので許してあげます。
ああ、それにしても時期はずれになったものだ…(遠い目)。


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