チョコと犬






 2月14日の昼下がり。
 ご主人様は機嫌よく小さな包みを取り出した。プレゼントなのか、綺麗に包装されリボンがかかっている。

「なおえぇ、ほら、チョコレートだぞっ」
「高耶さんっ!?」

 直江は感動のあまり、滂沱の涙を流した。
 昨年はいくらねだってもチロルチョコすらくれなかったというのに、今年はすすんで用意してくれるなんて!

(苦節400年、ようやく私の想いが通じたんですね、高耶さん!)

 400年前にバレンタインはないぞ、直江信綱。

「ありがとうございますぅぅ!」
「ちょっと待て」

 さっと差し出した手を、だが高耶はぴしゃりとはねつける。

「その前に、確かめたいことがある」
「確かめたいこと?」
「そうだ。おまえ、オレの言うことなんでも聞くって言ったよな?」
「ええ、言いました」
「よし、じゃあこれからオレが命令することを必ず実行すること」
「わかりました、なんでもご命令ください」
「いくぞ!」
「はい!」
「お手!」

(なにぃ!?)

 一瞬何を言われたのか理解できなくて、脳が機能停止する。だが身体は反射的に従っていた。高耶が差し出した左手に、ぽんっと右手を置く。

「おすわり!」

 どすっとリビングにひざまずく。

「三回まわってワン!」

 座り込んだまま一箇所でぐりぐりと回る。

「ワン!」
「よぉし、これで最後だ!取ってこーい!」

 ぽーんと窓の開いたベランダに向かって投げられたそれは……

「あああああああっ!」

 高耶のチョコレートだった。

「あああああああああああああ……っと、取ったぁ!」

 手すりに乗り、必死で伸ばした右手は、しっかりと包みを掴んでいた。

(やった、手に入れた!)

とガッツポーズをした瞬間。

「ああああああああああああああああああああ」

まっさかさまに落ちていった――――。










「ああああああああああ」
「うるせぇ!静かにしろ!」

 ばこん☆

 罵声とともに、げんこつが直江の頭に落とされた。

「はっ!?」

 ばちっと目を覚ました直江は、そこに見慣れた天井と、見飽きない愛しい顔を認めた。その愛しい人は、おもいきり呆れた顔で直江を見つめている。

「おまえ、すっげぇうなされてうるさかったぞ。どんな夢見てたんだよ」
「夢……?」

 直江は呆然とつぶやく。
 まだ落ちたときの感覚が身体に残っていた。だが現実は、朝の光の中で暖かいベッドに横たわっている。直江は安堵して、心の底からため息をついた。

「夢……よかった…」
「直江?そんなに怖い夢だったのか?」

 優しく高耶が聞いてくる。促されて、直江は今の夢を話した。

「ね、変な夢でしょう?」
「そうだなぁ。――――ところで直江」
「なんですか?」
「チョコレートなしと、犬になるのと、どっちがいい?」

 にっこり。
 そう言って浮かべた満面の笑みは、恐いくらい本気だった。



 その日、ウォーターフロントのマンションの一室からは、どこか哀愁漂う犬の鳴き声が聞こえたという。





[終]

紅雫 著
(2001.02.13)


[あとがき]
緋菜様に頂いた「はつゆめ」が印象深かったようで、ついつい夢オチにしてしまいました(笑)。緋菜様、パクッちゃってすいませんでした。
あまりにも激しく直江けちょんかなぁ?と思ったので、KECHONISTにも投稿してます。
しかし直江、おまえにはプライドというものがないのか。
それとも高耶さんのチョコなら、高層マンションから飛び降りてでも欲しいのか。
このマンションがペット禁止じゃないことを祈るばかりですね。保健所が呼ばれたりしたら、目も当てられない…。しかも案外この高耶さんなら、直江の首に縄つけて差し出しそうで、ますます怖い今日この頃。

【改訂】(2003.10.20)
緋菜様に頂いた「はつゆめ」は返却いたしました。こちらの小説のみお楽しみください。


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