First Christmas ―OATH 特別編―






ジングルベルが聞こえ始める季節。 街は赤と緑でデコレーションされ、華やかになった通りを人々は足取りも軽く帰って行く。
今年もまた、クリスマスがやって来た。
だが直江信綱にとって、今年のクリスマスは今までとはまったく違っていた。
今年は高耶と過ごす、初めてのクリスマスだ。
この世の誰よりも、愛しい愛しい少年。
この特別な日を、彼とどうやって過ごそうか。
直江は自らが後見する無垢な少年のことを想い、そっと微笑むのだった。





「クリスマスプレゼント?そんなの、今まで一度も貰ったことないぞ」

きょとんとした高耶に、直江は愕然とした。
クリスマスと言えば、やはりプレゼントが欠かせない。高耶のためにあれこれ選ぶのもそれはそれで楽しいが、やはり欲しがっている物をあげたい。
そこで『クリスマスプレゼントは何が欲しいか』と尋ねたのだが、その答えがこれである。

「一度も、ですか?」
「うん。だってうち、仏教徒だろ?だからクリスマスのお祝いはしなかった」
「………そうなんですか」
「そういや、直江の家だってお寺じゃん。なんでクリスマスのことなんか聞くんだ?関係ないだろ?」

不思議そうに聞いてくる高耶に、直江は頭痛を禁じ得なかった。
確かにクリスマスはキリスト教の行事である。だがしかし、今の日本でこのことを認識している人間がどれほどいるだろうか。クリスマスはもはや日本の年中行事のひとつとして、しっかり社会に根づいている。
それなのに、仏教徒も神教徒も、ほとんどの日本人が浮かれ騒ぐクリスマスを、高耶の養父は頑固に拒否し続けたようだ。

(叔父さんはほんっとうに変わり者だったからな)

思わず溜息をついた直江に、高耶は無邪気に話し続ける。

「あ、でもケーキは食べたぞ。26日になると安売りするからって、毎年父さんが買ってきてくれたんだ」
「そ、そうですか」
「だけどサンタさんが来ないのは寂しかったなぁ」

小さく呟く高耶は、その頃を思い出したのか、寂しそうな顔をしている。そんな顔をさせたくなくて、直江は高耶の頭をそっと撫でてやった。高耶は髪の毛を梳かれるのが好きだ。嬉しそうに笑って、擦り寄ってくる。

「サンタさんはキリスト教徒の家の子供にしかプレゼント持って来てくれないんだって。だからクリスマスにプレゼント貰ったことは一度もない」
「………お父さんはくれなかったの?」
「???だってプレゼントはサンタさんが持ってきてくれる物だろ?」

……これはだめだ。
直江は匙を投げたくなった。
高耶は完全に『お父さん』の言ったことを信じ込んでしまっている。いや、叔父の言ったことは確かに間違ってはいないのだ。間違ってはいないのだが、今の日本の現状にはそぐわないことこの上ない。
叔父は自分の好みでものを言うところがあった。おそらくクリスマスにプレゼントをあげるという習慣が、あまり好きではなかったのだろう。安くなってからケーキを買うあたりも、嗜好品に金をかけない性格が思いきり出ている。
へ理屈をこねまくって、クリスマスを避ける叔父の姿が目に浮かぶようだ。
それにしたって、クリスマスを一度も楽しんだことがないなんて、あんまり高耶が可哀想ではないか。
直江は叔父を恨みたい気分になっていた。

「直江?どうしたんだ?」

恐い顔をして黙り込んでしまった男に、高耶は少し不安そうに話しかけた。
高耶にとって直江は、養父と同じくらい、いや、それ以上に大好きで大切な人だ。その人が、怒ったような悲しんでいるような顔になってしまったのは辛い。
情緒面の発達が著しく遅れている高耶でも、この程度のことは思うようになっていた。

「直江……?」
「……高耶さん、プレゼントを買いに行きましょう」
「え?」

突然顔を上げて決心したように告げる直江に、高耶は驚いた。

「ああ、もちろんケーキも買いましょうね。どうせだから、ツリーやリースも飾りましょうか」
「な、なんで!?だって、仏教徒はクリスマスやんないって…」

混乱して大声を上げる高耶を宥めるように、直江は優しく言い聞かせる。

「仏教徒がクリスマスを祝っちゃいけないなんて、誰も言ってませんよ、高耶さん」
「え……?じゃ、父さんは嘘ついたのか?」

思わず泣きそうな顔になる高耶に、直江は内心「しまった」と思ったが、高耶の誤解をそのままにしておくわけにはいかない。泣かないように、ぎゅっと抱きしめて囁いてやる。

「お父さんは嘘なんてついていませんよ。ただ、お父さんは仏教の神様を信じているから、キリスト教の神様の誕生日を祝う必要はないと思ったんでしょう」
「………」
「でも、クリスマスはキリストの誕生を祝うだけの日じゃないんです」
「え……?」
「クリスマスは、大切な人と過ごすために神様がくれた休日なんです。どんなに忙しい人でも、クリスマスだけは大好きな人と一緒に過ごせるようにって」
「かみさまが…?」
「そう。だからクリスマスは、大切な人と好きなことをしたり、大好きな人にプレゼントをあげたりする日でもあるんですよ」

直江の優しい言葉と笑顔に、高耶の疑問がすぅっと解けていく。
実際高耶も不思議に思っていたのだ。日本はキリスト教徒より仏教徒の方が多いはずなのに、どうして街中クリスマスで賑わっているのかと。

「高耶さん、クリスマス一度もしたことなくて、ずっとやってみたかったんでしょう?」
「うん……」
「だから今年は、今まで高耶さんが祝えなかった16年分のクリスマスを祝いましょうね」
「なおえ……」

高耶は不思議な感動を覚えて、直江をじっと見つめた。

(どうして直江は、オレが何にも言わなくても、オレのことわかってくれるんだろう)

直江は欲しいものを、欲しい言葉を、寸分違わず欲しい瞬間にくれるのだ。
まるで魔法みたいだと、高耶は思った。

「本物のサンタはさすがに来ませんが、私が16年分のプレゼントをあげるから。なんでも欲しいものを買ってあげる。いくつでも。だから高耶さん、何が欲しいのか、私に教えてくださいね」
「直江がサンタ?」
「ええ、あなただけのサンタクロースですよ」
「オレだけの?」
「あなただけの」
「――――じゃあ、本物よりいいな」

高耶は満開の笑顔を浮かべた。
本物よりすごい、高耶専属のサンタクロース。
願いを伝えるように、高耶はぎゅっと抱きついた。直江も微笑んで、想いを返すように抱きしめてやる。
一足早いジングルベルが、この部屋にも鳴り響くようだった。



とりあえず今は、抱きしめて、いっぱいキスをして。
身体も心もぽかぽかに暖まったら、モミの木から買いに行こう。
初めてのクリスマスを、あなたと共に。

Merry Christmas♪





[終]

紅雫 著
(2000.12.23)


[あとがき]
『OATH』のクリスマス編でございます♪久々に書いたこの話……甘い甘い、ひたすら甘い(爆)。
しかもよくよく読み返してみれば、無知で素直でちょっぴりお馬鹿な高耶さんと、まるで何も知らない幼児を「飴あげるから一緒においで」と誘拐する、変態ロリコン親父のような直江というすごい組み合わせ……。
そうか、『OATH』ってこんな話だったのね(涙)。


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