今、君のためにできること






作者注:このお話は、闇戦国などあるのかないのか、戦国キャラが普通に(?)世の中を闊歩しているという設定の世界にて展開されております。なぜか北条氏も生きていて兄弟で会社を運営しており、たまに末弟を構うために出張してきます。いろいろと不審に思う点はあるでしょうが、これはあくまでもパラレルですので気にせずにお読みくださいませ(笑)。



旧暦の3月24日。
421年前のこの日、現在の新潟県新井市にある鮫ヶ尾城で、1人の男が自害した。
御館の乱で敗北した、上杉三郎景虎の最期である。
享年26歳――――。



「さああぁぶうぅろおおおぉ〜〜う!!」

けたたましいドアの音と共に、絶叫が部屋中に響き渡る。

「なっ…!」

驚いた高耶がなにか言うより早く、突進してきた長身の男はがしぃっと高耶を抱きしめ、滂沱の涙を流し始めた。

「三郎っ!済まなかった…!兄がもっと早く助けに行っておれば、あのような目には合わせなかったものをっ!!」
「う、氏照兄…?」

そう、突然嵐のように飛び込んできたこの男、皆様もご存知闇戦国一の兄バカと評判(?)の北条氏照その人であった。

「兄上?一体何が…」

最初は呆然として大人しく抱きしめられたままになっていた高耶だったが、だんだん息苦しくなってきた。
高耶は抱きしめられたまま、必死で頭を上げて氏照に問いかける。だが氏照は涙を流しながら「済まなかった」と繰り返すばかりで、高耶を離そうともしない。

(だめだこりゃ…)

高耶は溜息をつくと、助けてくれそうな人物を探してあたりを見回した。
だが、いつもなら必ず助け船を出してくれる同居人は、コーヒーでも入れに台所に行ってしまったのか見当たらない。
代わりに目に入ったのは、全身を黒で固め、付け毛をつけている長身の男だった。

「小太郎」
「はい」

高耶の呼びかけに、無表情のまま返事をする。
高耶は溜息をつきながら兄を指差すと、
「これは一体どういうことなんだ」
と尋ねた。
だが小太郎の返事もわけが分からない。

「悔やんでおいでなのでしょう」

(なにを?)

思い切り疑問という顔をすると、もう1人の声が割り込んできた。

「今日は3月24日ですからね」

高耶は一生懸命首を伸ばすと、その声の主がコーヒーをリビングテーブルの上においているのを発見した。

「直江」
「はい?」
「ちょっと苦しい。なんとかしてくれ」
「なんとかと言われましても…」

直江は苦笑する。
直江は氏照に激烈に嫌われているのだ。その自分が何を言っても無駄なのではないか。

「本当に、苦しいんだ」

その言葉に、氏照はようやく愛しい弟を腕から解放した。

「済まなかった。取り乱してしまって…」

そう言ってハンカチを取り出すと、塗れた顔を拭い始める。

「まあ、いいけど…」

身内に甘い高耶だ。こんな顔をされては怒るに怒れない。
氏照は顔を洗ってくる、と言い残し、洗面所に消えた。
それを見送ると、高耶は先ほどの疑問の続きを促した。

「それで?」
「なにがそれで、なんですか?」
「だから、なんで3月24日だと氏照兄が突然来て泣き出すんだよ」

高耶の全然分からない、という表情に、直江は困ったような顔をした。

「覚えてないんですか?」
「だから、何をだよ」
「3月24日は…、景虎様の御命日ですよ」

(あ…)

ようやく思い出す。
あの日、自分の亡骸を包んで燃えた鮫ヶ尾城を…。
白い雪に炎が映えて、まるで夢を見ているような幻想的な雰囲気の中で、自分は燃えていったのだ。

「もっとも旧暦の3月ですから、本当ならもっと後なんですけどね」

と直江が続けて言う。

「そうか…。忘れてたな、そんなこと。今まで気に留めたことなんて、なかったような気がする」

高耶は溜息をついて、ソファによりかかりながら呟いた。

「そうですね。特にここ最近は忙しかったですから」

でも、と直江は真剣な表情になっていたのを緩めて、優しい瞳で高耶を見つめた。

「私は救われていました。あなたがそうやって気にしないでいてくれるから、私は自分があなたを殺したという罪悪感から逃れられていたんです」
「直江…」

高耶は直江の心を思って、何も言えなくなる。
しばし優しい時間が流れた。

そこに割って入ったのは―――。

「な〜お〜え〜。貴様自ら殺した主君を前にして、よくもぬけぬけとそんな台詞が吐けたものだな!そこに直れ!わしが成敗してくれるわ!!」

洗面所から戻った氏照の声だった。
手にはいつのまにか日本刀が握られている。

「ちょっ、ちょっと氏照兄っ!」

さすがに焦って高耶が止めようとする。
だが一歩間に合わず、氏照は直江めがけて刃を振り下ろした。

ガツン!

とっさに目を瞑った高耶の耳に、何やら固く乾いた音が聞こえた。

(なんだ…?)

おそるおそる目を開けると、そこにはお盆で間一髪刃を止めた直江の姿がある。

(よかった)

ほっと胸を撫で下ろしたものの、怒りが湧き起こる。

「氏照兄!なんてことするんだよ!」

だが可愛い弟の非難に、氏照は余裕で答えた。

「安心せい、これは竹光じゃ。さすがに殺すとそなたが悲しむからの。だがこやつには仕置きが必要じゃ。それゆえわざわざ竹光を持ってまいったのよ」

準備がいいというべきかなんというべきか。氏照は1人悦に入っている。

「盆でよけるとは往生際の悪い男よ。大人しく成敗されるがいい!」
「ちょっと!止めてください、氏照殿!」

直江の制止など耳に入るはずもない。氏照は再び竹光を構え、直江に向かって振り下ろした。
直江は必死でよけ、またはお盆で躱す。

「なんだかな〜…」

高耶は気が抜けて、ソファに座り込んでしまった。
そこへ、なにやらいろいろと詰まったダンボール箱を持った小太郎が近づいてくる。

「三郎殿。こちらは北条の皆様からのお見舞いの品でございます」
「見舞いぃ〜?」
「はい。400年前の詫びの品と、三郎殿の墓に供えるつもりだったお供え物だそうで…」

だが三郎景虎の魂は生きている。そんなわけで、墓に供えるのではなく、本人に持ってきたのだと小太郎は淡々と告げた。

(何考えてんだ、どいつもこいつも…)

思わず頭を抱えてしまった高耶を気にもせず、小太郎は箱から次々と品物を取り出し始めた。

「こちらが氏邦殿からです」
「なんだこれ、小田原提灯?」
「はい。小田原の地をいつまでも忘れないようにとのことです。こちらは氏規殿からで…」
「か、かまぼこセット!?」
「後に残るものよりも、食べ物の方がよかろうとのことですが」

後から後から、小田原・箱根名物と思われるものが出てくる。最初は呆れ返っていた高耶も、だんだん楽しくなってきた。

「これは?」
「そちらは氏政殿からです」
「氏政兄上?」

高耶は驚いて聞き返す。まさか氏政からも来るとは思わなかったのだ。

「箱根神社のお守りセットでございます」

いかにも氏政らしい。

きっと、北条の皆の願いは一緒だ。
今、おまえのために何ができるだろう。400年前できなかったことを、今こそ叶えたい。おまえが今度こそ幸せに暮らせるように――――。

「そんなに気にしなくてもいいのに。もう…、400年も前のことなんだから」

あの兄達が、どんな顔をしてこれらを選んできたのかと思うと、自然と笑みが浮かんでくる。
幸せそうにクスクスと笑う高耶を見て、小太郎は不思議な気持ちになった。

(この方はこんな顔もするのか…)

思わずじぃっと高耶の顔を見つめてしまう。
それに気づいた高耶が顔を上げた。

「何?」
「いえ…」

小太郎が少し困ったような顔をする。
珍しいものを見た高耶は驚き、それからちょっとした悪戯を思いついた。

「お前は?」
「は?」
「お前はなんか持ってきてくれなかったのか?」

この風魔の頭領が、そんなことをするわけがないと知っていて、わざと聞いてみる。

「は…、いえ、申し訳ございません…」

小太郎は一瞬硬直し、それから今までにないくらいポーカーフェイスを崩した。
あまりにも予想通りの結果に、高耶は思わず大声で笑ってしまう。
眦に涙を浮かべて笑う高耶を見て、ようやく小太郎はからかわれたことに気がついた。
少し憮然とした、だがいつもの無表情に戻ってしまった忍びを見て、高耶は笑いながら謝る。

「ごめん、悪かった。でも本当にありがとうな」

突然礼を言われても、なんのことだか小太郎には分からない。
それに気づくことなく高耶は続ける。

「わざわざこんなにたくさん、持って来てくれてさ」
「それは皆様が私に持たせたもので…」
「うん。けど兄上連れて、こんな荷物持って、大変だったろう?だから、ありがとう」

少し照れたように高耶が笑ってみせた。
思わず呆然とそれを見つめてしまい、小太郎はそんな自分に気づき、ぎこちなく視線を逸らす。

「…コーヒーのおかわりをお飲みになりますか」
「ああ、頼む」

高耶はそんな小太郎に構うことなく、先ほどのみやげを漁り始めた。

「小太郎、これ食おうぜ」
「はい」

コーヒーと小田原ういろうでお茶会。
しかも相手は風魔小太郎だ。
こんな面白いことは滅多にないと思い、高耶は楽しそうに笑った。


だが1人不幸な人間がここにいた。

「ちょっと高耶さん!そんなとこで笑ってないで、氏照殿を止めてください」

直江はいまだに氏照に追いかけられていたのである。

「ええい、主君に助けを求めるとはこの軟弱者め!その腐った性根を叩き直してくれるわ」

対する氏照はずいぶんと楽しそうだ。
高耶はそんな2人を気にすることもなく、小太郎とコーヒーを飲んでいる。

「そうだ。やっぱり皆に直接お礼を言いに行こうかな」
「ではあちらに連絡を入れておきましょう」
「ちょ、ちょっと高耶さん!」

焦ったのは直江である。
その声に高耶はようやく振り向いた。

「ほら、氏照兄。早く行きましょう」
「先に行っておれ。こやつに仕置きをつけたらあとから参る」

心底嬉しそうに氏照が言う。

「今夜は宴会じゃ〜!」
「しょうがないな。じゃあ先に行ってるから。直江!」

ようやく呼んでもらって、直江は必死に氏照の剣を止めながら高耶を見た。

「終わったら氏照兄を連れて来てくれ。今日は小田原に泊まるからな」
「そんな…!待ってください、高耶さん!」

高耶は聞かない。
高耶と長身の小太郎の影が重なり、姿が見えなくなる。
その数瞬後、無情にも鉄の扉が閉まる音が重く響いたのだった。


廊下を歩きながら高耶がふと小太郎に問う。

「なぁ、晴家を呼んでもいいか」
「柿崎殿ですか」
「ああ。あいつは生前からオレの味方だったし」

約一名、不幸な人間がいるだろうことを念頭からはじき出し、高耶は嬉しそうに微笑んだ。

「楽しくなりそうだな」

その日の北条邸では久しぶりに帰還した弟を囲んで、一晩中宴会が催されていたという。



ちなみにこれは「第一次三郎の命日を偲ぶ会」と名づけられ、旧暦の3月24日には再び嵐のように氏照が来訪することとなる。
もちろん小太郎もみやげの品を抱えて――――。





[終]

紅雫 著
(2000.03.16)


[あとがき]
おかしい…。ギャグにするつもりだったのに、ほのぼのになっている。直江が不幸という点はクリアしたんだけどな(だって景虎様殺したの奴だし←笑)。まあ景虎様ファンのささやかな復讐ってことで、直江ファンの皆様、笑って許してくださいね。
それにしてもこの北条一家のおみやげ、結構ちゃちいですねぇ…。もっと高い物を買って来いよ…。
最後になりましたが、景虎様、御館の乱で亡くなった方々のご冥福をお祈りいたします。・・・高耶さあああぁん!(爆涙)←結局こうなる・・・。


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