けたたましいドアの音と共に、絶叫が部屋中に響き渡る。 「なっ…!」 驚いた高耶がなにか言うより早く、突進してきた長身の男はがしぃっと高耶を抱きしめ、滂沱の涙を流し始めた。
「三郎っ!済まなかった…!兄がもっと早く助けに行っておれば、あのような目には合わせなかったものをっ!!」 そう、突然嵐のように飛び込んできたこの男、皆様もご存知闇戦国一の兄バカと評判(?)の北条氏照その人であった。 「兄上?一体何が…」
最初は呆然として大人しく抱きしめられたままになっていた高耶だったが、だんだん息苦しくなってきた。 (だめだこりゃ…)
高耶は溜息をつくと、助けてくれそうな人物を探してあたりを見回した。
「小太郎」
高耶の呼びかけに、無表情のまま返事をする。 「悔やんでおいでなのでしょう」 (なにを?)
思い切り疑問という顔をすると、もう1人の声が割り込んできた。 「今日は3月24日ですからね」 高耶は一生懸命首を伸ばすと、その声の主がコーヒーをリビングテーブルの上においているのを発見した。
「直江」
直江は苦笑する。 「本当に、苦しいんだ」
その言葉に、氏照はようやく愛しい弟を腕から解放した。 「済まなかった。取り乱してしまって…」 そう言ってハンカチを取り出すと、塗れた顔を拭い始める。 「まあ、いいけど…」
身内に甘い高耶だ。こんな顔をされては怒るに怒れない。
「それで?」 高耶の全然分からない、という表情に、直江は困ったような顔をした。
「覚えてないんですか?」 (あ…)
ようやく思い出す。 「もっとも旧暦の3月ですから、本当ならもっと後なんですけどね」 と直江が続けて言う。
「そうか…。忘れてたな、そんなこと。今まで気に留めたことなんて、なかったような気がする」 高耶は溜息をついて、ソファによりかかりながら呟いた。 「そうですね。特にここ最近は忙しかったですから」 でも、と直江は真剣な表情になっていたのを緩めて、優しい瞳で高耶を見つめた。
「私は救われていました。あなたがそうやって気にしないでいてくれるから、私は自分があなたを殺したという罪悪感から逃れられていたんです」
高耶は直江の心を思って、何も言えなくなる。 そこに割って入ったのは―――。 「な〜お〜え〜。貴様自ら殺した主君を前にして、よくもぬけぬけとそんな台詞が吐けたものだな!そこに直れ!わしが成敗してくれるわ!!」
洗面所から戻った氏照の声だった。 「ちょっ、ちょっと氏照兄っ!」
さすがに焦って高耶が止めようとする。 ガツン! とっさに目を瞑った高耶の耳に、何やら固く乾いた音が聞こえた。 (なんだ…?) おそるおそる目を開けると、そこにはお盆で間一髪刃を止めた直江の姿がある。 (よかった) ほっと胸を撫で下ろしたものの、怒りが湧き起こる。 「氏照兄!なんてことするんだよ!」 だが可愛い弟の非難に、氏照は余裕で答えた。 「安心せい、これは竹光じゃ。さすがに殺すとそなたが悲しむからの。だがこやつには仕置きが必要じゃ。それゆえわざわざ竹光を持ってまいったのよ」 準備がいいというべきかなんというべきか。氏照は1人悦に入っている。
「盆でよけるとは往生際の悪い男よ。大人しく成敗されるがいい!」
直江の制止など耳に入るはずもない。氏照は再び竹光を構え、直江に向かって振り下ろした。 「なんだかな〜…」
高耶は気が抜けて、ソファに座り込んでしまった。
「三郎殿。こちらは北条の皆様からのお見舞いの品でございます」 だが三郎景虎の魂は生きている。そんなわけで、墓に供えるのではなく、本人に持ってきたのだと小太郎は淡々と告げた。 (何考えてんだ、どいつもこいつも…) 思わず頭を抱えてしまった高耶を気にもせず、小太郎は箱から次々と品物を取り出し始めた。
「こちらが氏邦殿からです」 後から後から、小田原・箱根名物と思われるものが出てくる。最初は呆れ返っていた高耶も、だんだん楽しくなってきた。
「これは?」 高耶は驚いて聞き返す。まさか氏政からも来るとは思わなかったのだ。 「箱根神社のお守りセットでございます」 いかにも氏政らしい。
きっと、北条の皆の願いは一緒だ。
「そんなに気にしなくてもいいのに。もう…、400年も前のことなんだから」
あの兄達が、どんな顔をしてこれらを選んできたのかと思うと、自然と笑みが浮かんでくる。 (この方はこんな顔もするのか…)
思わずじぃっと高耶の顔を見つめてしまう。
「何?」
小太郎が少し困ったような顔をする。
「お前は?」 この風魔の頭領が、そんなことをするわけがないと知っていて、わざと聞いてみる。 「は…、いえ、申し訳ございません…」
小太郎は一瞬硬直し、それから今までにないくらいポーカーフェイスを崩した。 「ごめん、悪かった。でも本当にありがとうな」
突然礼を言われても、なんのことだか小太郎には分からない。
「わざわざこんなにたくさん、持って来てくれてさ」
少し照れたように高耶が笑ってみせた。
「…コーヒーのおかわりをお飲みになりますか」 高耶はそんな小太郎に構うことなく、先ほどのみやげを漁り始めた。
「小太郎、これ食おうぜ」
コーヒーと小田原ういろうでお茶会。
「ちょっと高耶さん!そんなとこで笑ってないで、氏照殿を止めてください」 直江はいまだに氏照に追いかけられていたのである。 「ええい、主君に助けを求めるとはこの軟弱者め!その腐った性根を叩き直してくれるわ」
対する氏照はずいぶんと楽しそうだ。
「そうだ。やっぱり皆に直接お礼を言いに行こうかな」
焦ったのは直江である。
「ほら、氏照兄。早く行きましょう」 心底嬉しそうに氏照が言う。
「今夜は宴会じゃ〜!」 ようやく呼んでもらって、直江は必死に氏照の剣を止めながら高耶を見た。
「終わったら氏照兄を連れて来てくれ。今日は小田原に泊まるからな」
高耶は聞かない。
「なぁ、晴家を呼んでもいいか」 約一名、不幸な人間がいるだろうことを念頭からはじき出し、高耶は嬉しそうに微笑んだ。 「楽しくなりそうだな」 その日の北条邸では久しぶりに帰還した弟を囲んで、一晩中宴会が催されていたという。
[終]
紅雫 著 [あとがき] おかしい…。ギャグにするつもりだったのに、ほのぼのになっている。直江が不幸という点はクリアしたんだけどな(だって景虎様殺したの奴だし←笑)。まあ景虎様ファンのささやかな復讐ってことで、直江ファンの皆様、笑って許してくださいね。 それにしてもこの北条一家のおみやげ、結構ちゃちいですねぇ…。もっと高い物を買って来いよ…。 最後になりましたが、景虎様、御館の乱で亡くなった方々のご冥福をお祈りいたします。・・・高耶さあああぁん!(爆涙)←結局こうなる・・・。 |
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