キスして。






4月1日はエイプリルフール。
そして――――。


「だぁかぁらぁ、普段こんなにお世話してやってる俺様の誕生日に、お前がプレゼントよこすのは当然だろうが」
「冗談じゃねぇ!なにがお世話だ。世話してやってんのはオレの方だろうが!」

厚かましくも高耶の家に入り浸り、ずうずうしくも誕生日プレゼントの請求をする千秋に、高耶は半切れ状態で怒鳴った。
だがこの飄々とした男は、まったく堪える様子が無い。

「ったくケチな大将だよなぁ」
「うるせぇ。てめぇにプレゼントやる金なんかねえんだよ。そんなに欲しけりゃ、クラスの女子にでも貰えばいいだろ」
「それじゃ意味ないだろうが」

「意味?」と高耶が訝しげな顔をすると、千秋は「べっつにぃ?」と言っていつものようにはぐらかした。

意味がない。他の奴のじゃ意味がない。
本当に欲しいのは、この目の前にいる、子供のみたいに単純で純粋で綺麗で強くて可愛くて憎たらしい、ただ1人のライバル。
こいつからのじゃなきゃ、意味がない――――。

そんな千秋の心情を、高耶が知る由もない。千秋も告げる気など全くなかった。
だからまたうそぶく。

「そんじゃ、金がかかんなきゃいいのか?」
「…まぁな」

しぶしぶと頷く高耶に、千秋はにやりと笑った。
そして要求する。

「キスして」

高耶の脳にその言葉が到達するまで、優に10秒はかかった。
そして鈍い反応。

「………はぁ!?」

何を言ってるんだこいつは、といった表情で高耶が聞き返してくる。
千秋はもう一度同じことを、はっきりと告げた。

「キ・ス・し・て」
「……っ!ふざけんな!!」

高耶は真赤な顔で怒鳴り散らすと、足音も荒く台所へ逃げてしまった。

「………ちぇ〜っ。やっぱ駄目か」

千秋は唇を尖らせて言ってみるが、言葉ほど残念そうではなかった。どうせ無理だと、もとから分かっていたことだから。

(シャイだからねぇ)

まあ仕方がないか、と千秋は呟いた。
誕生日を理由に、こうやって会えただけでも良かったのだ。
それに誕生日といっても、本当の誕生日ではない。この宿体の生まれた日なだけだ。自分でもそれほど祝って欲しかったわけでもなかった。

(顔が見たかったんだよ)

本心は告げないが。
あんなに可愛い顔を見れたのだから、満足しよう。

千秋は台所の方を見つめながら、そっと微笑んだ。



「そんじゃな」
「ああ」

帰る、と言い出した千秋を送って、高耶は千秋のアパートの近くにある公園までついてきた。
2人がいつも待ち合わせる公園。
千秋は必ずここで高耶と別れる。
そして今日もあっさりと別れを告げ、千秋はアパートに帰ろうとした。

「……千秋!」

突然高耶に呼ばれ、何事かと振り向いたその時――――。
胸元を掴まれ、頬に柔らかい感触を覚える。
だがそれは一瞬で離れ、あとには怒ったような顔が間近で睨み付けてきた。

「…誕生日だからな」

それだけ言うと、驚いて声も出ない千秋を離し、くるりと踵を返す。
その耳が赤くなっていることに気づき、千秋はようやく言葉を発した。

「どうせなら、口にして欲しかったなぁ」
「贅沢言うんじゃねぇ!」

予想通りの高耶の反応に、自然と笑いが込み上げる。

(ほんっと可愛い奴!)

これだから手放せない。他の奴には渡せない。
自分だけの可愛いライバルから最高のプレゼントを貰い、千秋は心から自分の誕生日に感謝した。





[終]

紅雫 著
(2000.03.22)


[あとがき]
初のちーたか小説です。ちーが高耶さんにメロメロ(笑)という、私にしては本当にめずらしい話。まあ誕生日ですから(←理由になってない)。
誕生日おめでとう千秋〜…ってもう身体がないよぉ!(泣)


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