クスリの効果






「ぅ……ん……」

窓から射し込む眩しい光に、高耶の意識がゆっくりと覚醒していく。ぼんやりと開けた視界に、見覚えはあるがあまり見ない天井が映った。

(あ、そっか。昨日は別々に寝たから………)

一瞬どこにいるのか分からなかったが、よくよく見れば自分の部屋だ。一応ベッドもあるのに、ほとんど直江と一緒に主寝室を使っているため、あまり天井には見覚えがなかったのである。
最近、直江の仕事が忙しい。そのため、直江が就寝するのは夜中の2時を過ぎた頃となる。高耶は学業とバイトがあるため、12時には眠りたい。ところが直江があとからベッドに入ってくると、それで高耶の目が覚めてしまうことがあるのである。
というわけで、昨日から高耶は自室で寝ることにしたのだが……。

「あれ……?今、何時だ?」

こんなに日が高くなるまで眠っているのはおかしい。だって直江が早く家を出るから、朝飯作るために起きなきゃならないのに……。
そして自分が目覚めなかったのは、リビングから物音がしないせいだと気づく。もしかして、直江は自分を起こさずに出ていってしまったのだろうか。
高耶は慌てて飛び起きると、リビングに駆け込んだ。だがそこには人がいた気配はない。直江は朝食を食べなくても、朝のコーヒーはかかさないのというのに。
高耶は首を捻りつつ、主寝室のドアを開けた。そこには190cm近い長身の男が、まだ横たわっていた。

「なんだ、寝坊か……」

ほっと溜息をついて、高耶は直江を起こそうとベッドに近づいた。本当はもっと寝かせてやりたかったが、もう会社に行かなければならない時間だ。

「おい、直江。そろそろ起きろよ。遅刻するぞ」

枕元に近づいて声をかけるが、直江はぴくりとも動かない。不審に思って顔を覗き込んで、高耶は焦った。
軽く寄せられた眉間。うっすらと上気した頬。苦しそうな息遣いで、シーツを握り締めている。

「直江っ!」

慌てて額に手を当ててみれば、ものすごい高熱だ。
その手の感触で、直江は目が覚めたらしい。ぼんやりとした視線を心配げに見つめている高耶に向けた。

「……高耶さん………」

掠れてほとんど聞こえない声で名前を呼ぶ。

「……すいません…。会社に、電話をしてくれませんか……?」
「分かった。ちょっと待ってろよ。すぐ救急車呼ぶから」
「…いえ、平気です……。寝てれば、治りますから……」
「そんなこと言ったって、すごい熱だぞ?」
「……大丈夫……」

どう見たって大丈夫には見えないが、嫌がるなら仕方がない。今日一日看病して、それでも熱が下がらないようなら病院に連れて行こう。
高耶はそう決心すると、さっそく着替えて会社に電話を入れ、ついでに友人に学校を休むことを伝え、バイトも替わってもらった。
とりあえず汗を吸ったパジャマを着替えさせ、枕にアイスノンを入れてやったが、それだけでは熱は下がらない。

(そうだ、薬。薬を買ってこなきゃ)

高耶は財布を引っ掴むと、マンションを飛び出した。

(直江、待ってろよ!)






***






ぼんやりとした焦点が次第に合っていく。

(ああ、熱を出したんだったな……)

眠りに落ちる前の自分を思い出し、直江は自嘲した。まったく、たかが過労で熱を出すとは、我ながら情けない。
そこでふと身体が軽いことに気づいた。どうやら熱が下がっているらしい。まだ少し頭痛はするが、あの身体全体が鉛のように重い感覚はなくなっている。ベッドにゆっくりと身体を起こしてみるが、節々の痛みもなくなっていた。
そのとき、ドアが開いて高耶が姿を現した。

「直江!起き上がっちゃ駄目だろう」

叱り付ける高耶の視線に不安が交ざっていることを読み取って、直江は安心させるように微笑んだ。

「もう大丈夫です、高耶さん。心配かけてすみませんでした」
「……熱、下がったのかよ」

赤くなって問いかける高耶に、直江はしっかり頷く。高耶は直江の側に腰掛けると、額や頬に手を当てた。

「本当だ。もうほとんど平熱だな」

よかった、と溜息をつく高耶を直江は優しく抱きしめた。

「高耶さんの看病のおかげです」
「ばぁか。何言ってんだよ」

首筋にかかる吐息に、くすぐったそうに身を捩って高耶は微笑んだ。

「やっぱ解熱剤がよく効いたんだな」
「解熱剤?口移しで飲ませてくれたの?」

期待してにやり、と笑った直江に、だが高耶は爆弾を落っことした。

「いや、座薬」
「……………………はい………?」


びしり。


脳みそに亀裂が入った音がする。
今聞いた言葉は一体なんだろう。
信じたくなくて、直江はぎしぎしと軋む首を上げ、高耶の顔をそっと見た。しかし無邪気に笑う愛しい人は、平然と繰り返す。

「だから、座薬。熱さましにはあれが一番効くんだぜ」

(…………ということは、自分は……アソコに……座薬を……?)

真っ青になった直江をどう勘違いしたのか、高耶は仕方がないなぁ、という顔でのたまった。

「なんだよ。オレ達お互いのことはもう全部知り合ってるんだから、今さらケツの穴見られたくらいで恥かしがるなよ」

(そういう問題じゃないんですけど――――!!!)

直江の心の叫びは届かない。
高耶は髪の先まで石化してしまった直江をぎゅっと抱きしめ、子供をあやすようにぽんぽんと背を叩く。

「今、おじや持って来てやるから。ちゃんと食って、寝て、早くよくなれよ」

とどめに頬にキスをして、軽やかにドアの向こうに消えて行く。それはまるで新婚さんのような幸せな風景。
だが直江は固まったままだった。

(……座薬………座薬…………ああ、高耶さん………)


心の中はブリザード。
滂沱の涙を流しつつおじやをすする直江を見て、高耶は熱のせいで脳みそまでおかしくなったのかと心配したのだった。



その後しばらくの間、直江は自分のアソコに物を入れられたというショックで、高耶を抱けなかったとか―――。





[終]

紅雫 著
(2000.07.20)


[あとがき]
座薬…。恐らく子供にしか使用しないであろう凶悪な薬。あくまでも直江けちょんのために使用したのであって、実際に大人にも効くのかどうかは謎。

某直江けちょんサイト(笑)用の、直江けちょん小説第二弾です。
あの男も子供の頃は座薬を使われたのかしら…などと、ちょっと感慨にふけりながら書きました(大嘘)。
でも直江、こんなに高耶さんに愛されてるんだから、たかが座薬で落ち込まないで欲しいですね。


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