高耶は小さな白い骨になった。
直江は動かない。
『これ、高耶から預かってたんだ』
そう言って、直江に封筒を手渡した。
『あいつの家族、あんまり驚かなかっただろう?』
凍り付いた胸に、静かに波紋が広がる。 『俺も知ってた』
半分信じちゃいなかったけどな、と言って、直江に向き直る。
『どうしてだと思う?』 見開かれた男の瞳に、止めを刺すように千秋は言った。 『高耶は知ってたんだ。自分が死ぬ日を』 直江は何も言えず、ただ千秋を見つめ続ける。
『何故かは誰も知らない。いつからかも知らない。俺と会った時には、もう知ってたみたいだが。俺の知ってるあいつは、いつも終りがくることに怯えて投げやりだったよ』 ふと懐かしそうに目を細める千秋を、直江はぼんやりと眺めていた。 (あの人は、死ぬ日を知っていた――――?) 千秋の話は続く。 『あんたに会って、あいつは変わった。あんたのこと、惚気られたこともあるぜ。本当に幸せそうだった』
直江の脳裏に、幸せそうに微笑んでいる高耶が浮かび上がる。 『そいつは、高耶があんたに残したものだ。自分が死ぬ時を知ってたあいつが、残されるあんたのために置いてったものだ』 だから、と千秋は強い口調で言った。 『それがあいつの心だってこと、忘れるな』
直江はまだ手に持ったままの封筒を、ぼんやりと見つめた。
流れ出す、聞き覚えのあるメロディ。 (たしか『Last Song』とか言っていた……)
ぼんやりと考える頭に、衝撃が走った。 (これは――――!)
高耶の声だ。 (高耶さん――――!) 驚愕に震える直江を無視して、MDの高耶は静かに歌い続ける。
どこにも行かないように その腕の中に閉じ込めて ねえ 側にいて 離さないで いつものように優しく 「愛している」と言って欲しい 貴方が欲しい 貴方しかいらない 最後のわがままを どうか叶えて 全て叶わないのなら せめてその胸で眠らせて
『キスして』
腕の中で高耶が強請る。
絡めた指先だけは 何があっても解かないで ねえ 微笑んで その瞳で ここにいる私だけを 目を逸らさずに見つめていて 貴方が欲しい 貴方しかいらない 最後の願いを どうか叶えて 全て叶わないのなら せめて貴方の胸で壊れさせて
『壊れてもいい。おまえが壊して……』 あれが高耶の本当の願いだったのだろうか。
側にいて 離さないで 「愛している」って囁いて 貴方が欲しい 貴方しかいらない 最後の祈りを どうか叶えて 全て叶わないのなら せめて貴方の胸で終らせて
側にいてくれてありがとう。』
紙の向こうで、高耶の幻が微笑んでいる。 『愛している』
愛しい文字がぼやけていく。 「高耶さん――……っ」
止まっていた時間が、今ようやく解けて流れだす。
側にいて 離さないで 「愛している」って囁いて 貴方が欲しい 貴方しかいらない 最後の祈りを どうか叶えて 全て叶わないのなら せめて貴方の胸で終らせて
[終]
紅雫 著 [あとがき] 前代未聞の、高耶さんの誕生日なのに高耶さんが死んでしまう小説(爆)。…高耶さん至上主義者の名を返上した方がいいかもしれない…(涙)。 これは『CLOVER』(新書館/CLAMP)という漫画のパロディ(しかも3巻)です。といっても、「歌が絡むこと」と「自分が死ぬ日を知っていること」以外はオリジナルなので、全然違った話になってますが。 『CLOVER』の切なくて切なくて胸が痛くなるような雰囲気を出せればなぁと思ったのですが、難しかったです。 っていうか、どうして誕生日小説にこんなもの書くんだ、私……(そして最初に戻る)。 |
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