Last Song






<終章>



真っ暗な部屋。
真っ黒の喪服。
たったひとりで座り込む。
直江は動かない。
あの日からずっと。
直江の時間は止まっていた。
それでも世界は回り続ける。
ガラス一枚隔てた向こうで、周りの時間は動いている。

高耶は小さな白い骨になった。
白い病院で、白い肌を清められて、白い服に着替えさせられて、白い棺に入れられて、白い花に囲まれて。
真赤な炎に焼かれて、真っ白な骨になった。
今は白い小さな箱に入っている。
あの日高耶にプレゼントした指輪と一緒に、小さな箱に入っている。

直江は動かない。
あの日から止まったまま。






数時間前。
高耶の家族が来て、二人のマンションで葬儀をした。どこよりも彼が幸せだった場所で、という家族の配慮だった。微かに残る線香の匂いは、そのとき部屋に染みついたのだろう。
高耶の遺骨も、すべて直江の手元に残ることになった。どうするかは直江の一存に任される。それが高耶の意志だと――――泣きながら、家族は言った。
数少ない高耶の友達が来て、最期の別れをしていた。高耶が救った子供の親も来ていた気がする。
そんな中に、バーテンの千秋がいた。

『これ、高耶から預かってたんだ』

そう言って、直江に封筒を手渡した。
ぼんやりと生気を失った男に一瞬だけ痛ましそうな瞳を向け、千秋は家族の方を見た。

『あいつの家族、あんまり驚かなかっただろう?』
『………』
『知ってたんだよ』
『………』
『あいつがあの日、死ぬってことを』

凍り付いた胸に、静かに波紋が広がる。
ゆっくりと振り返った直江に、視線を家族に当てたまま千秋は呟いた。

『俺も知ってた』

半分信じちゃいなかったけどな、と言って、直江に向き直る。
その瞳は、真剣に直江を見つめていた。

『どうしてだと思う?』
『………』
『あいつが、言ったのさ』
『…あいつ……?』
『高耶だよ』

見開かれた男の瞳に、止めを刺すように千秋は言った。

『高耶は知ってたんだ。自分が死ぬ日を』

直江は何も言えず、ただ千秋を見つめ続ける。

『何故かは誰も知らない。いつからかも知らない。俺と会った時には、もう知ってたみたいだが。俺の知ってるあいつは、いつも終りがくることに怯えて投げやりだったよ』
『………』
『それでも歌ってるときは楽しそうだったけどな』

ふと懐かしそうに目を細める千秋を、直江はぼんやりと眺めていた。

(あの人は、死ぬ日を知っていた――――?)

千秋の話は続く。

『あんたに会って、あいつは変わった。あんたのこと、惚気られたこともあるぜ。本当に幸せそうだった』

直江の脳裏に、幸せそうに微笑んでいる高耶が浮かび上がる。
麻痺した心を癒すように、笑いかけてくる。

『そいつは、高耶があんたに残したものだ。自分が死ぬ時を知ってたあいつが、残されるあんたのために置いてったものだ』

だから、と千秋は強い口調で言った。

『それがあいつの心だってこと、忘れるな』





どういう意味だったのだろうか。
よく、分からない……。

直江はまだ手に持ったままの封筒を、ぼんやりと見つめた。
なにか固いものが入っているらしく、ごつごつとしている。
ゆっくりと封を開けた。
中からは、一枚の紙と一つのMDが出てくる。
文字を読む気がしなくて、億劫な身体を動かし、MDをセットする。
一曲しか入っていないMDは、再生ボタンを押すとすぐに始まった。

流れ出す、聞き覚えのあるメロディ。
それは、高耶がよく歌っていた、あの歌だった。

(たしか『Last Song』とか言っていた……)

ぼんやりと考える頭に、衝撃が走った。
前奏の後に聞こえ始めたボーカルの声に、目を見開いてMDプレーヤーを凝視する。
それは女性シンガーの声ではなかった。
甘く掠れた、どんな美声よりも愛しい青年の声。

(これは――――!)

高耶の声だ。
聞き間違えるわけがない。

(高耶さん――――!)

驚愕に震える直江を無視して、MDの高耶は静かに歌い続ける。




ねえ キスをして 抱きしめて
どこにも行かないように
その腕の中に閉じ込めて

ねえ 側にいて 離さないで
いつものように優しく
「愛している」と言って欲しい

貴方が欲しい 貴方しかいらない
最後のわがままを どうか叶えて

全て叶わないのなら せめてその胸で眠らせて




あの日の高耶が蘇る。

『キスして』
『抱きしめて』
『愛してるって言って』

腕の中で高耶が強請る。
その通りにしてやると、嬉しそうに微笑んでいた。




ねえ 行かないで ここにいて
絡めた指先だけは
何があっても解かないで

ねえ 微笑んで その瞳で
ここにいる私だけを
目を逸らさずに見つめていて

貴方が欲しい 貴方しかいらない
最後の願いを どうか叶えて

全て叶わないのなら せめて貴方の胸で壊れさせて




ひとつひとつの表情が、目の前で再現されていく。
夢見るように歌う横顔。
怪訝そうな顔。
照れて真赤になった顔。
嬉しそうに微笑む顔。
欲望に彩られて艶めいた顔。

『壊れてもいい。おまえが壊して……』

あれが高耶の本当の願いだったのだろうか。




ねえ キスをして 抱きしめて
側にいて 離さないで
「愛している」って囁いて

貴方が欲しい 貴方しかいらない
最後の祈りを どうか叶えて

全て叶わないのなら せめて貴方の胸で終らせて




しあわせだった?
ねえ、あなたはしあわせだった?
私の腕の中で終ることができて、あなたはしあわせだったのだろうか。
どんなに問い掛けても、もうあなたは答えてくれない。
あなたはいったい、俺になにが言いたかったの?
最期になにを言いたかったの?
あなたは俺になにを言い残したかったのだろう。
エンドレスで流れる高耶の歌を聴きながら、直江は封筒からでてきた紙に手を伸ばした。
ゆっくりと開いたそこには、たった二行の言葉。



『愛している。
側にいてくれてありがとう。』



「高耶さん―――……」

紙の向こうで、高耶の幻が微笑んでいる。
その唇が、確かに言葉を紡いでいた。

『愛している』

愛しい文字がぼやけていく。
ぽたっと紙に水滴が落ちて、自分が泣いていることに気がついた。

「高耶さん――……っ」

止まっていた時間が、今ようやく解けて流れだす。
柔らかな微笑みが、心地良い声が、直江の心に流れ込む。



終らないメロディ。
終らない言葉。
消えない微笑み。
消えない想い出。
あなたが今、ここにいる――――。








ねえ キスをして 抱きしめて
側にいて 離さないで
「愛している」って囁いて

貴方が欲しい 貴方しかいらない
最後の祈りを どうか叶えて

全て叶わないのなら せめて貴方の胸で終らせて





[終]

紅雫 著
(2000.08.22)


[あとがき]
前代未聞の、高耶さんの誕生日なのに高耶さんが死んでしまう小説(爆)。…高耶さん至上主義者の名を返上した方がいいかもしれない…(涙)。
これは『CLOVER』(新書館/CLAMP)という漫画のパロディ(しかも3巻)です。といっても、「歌が絡むこと」と「自分が死ぬ日を知っていること」以外はオリジナルなので、全然違った話になってますが。
『CLOVER』の切なくて切なくて胸が痛くなるような雰囲気を出せればなぁと思ったのですが、難しかったです。
っていうか、どうして誕生日小説にこんなもの書くんだ、私……(そして最初に戻る)。


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