Liar Liar!






都内のある一流ホテルの一室――――。

そこは修羅場だった。

ベッドに身を起こしたばかりの半裸の男。その横に横たわっている下着姿の女。そして戸口で仁王立ちになり、怒りのあまり震えている男の恋人――――。
普通と少し違うのは、男の恋人も男性であることくらいだ。

男は真っ青になって、戸口に立つ恋人を見つめていた。
寝起きの彼はなぜこんな状況にいるのか、理解不能といった顔をしている。だが目の前の恋人が、確実に浮気と誤解して怒り狂っているのだけは分かった。
だからこそ、青ざめつつも言い訳をしようと口を開きかける。

「高耶さ…」
「……許さねぇぞ、直江」

だがそれは地獄から響いてくるような低い声に阻まれた。

「お前がそんなことする奴だとは思わなかった…」

高耶の言葉に、直江はさらに顔を強張らせる。

「誤解です、高耶さん…!」
「この期に及んでまだ言い訳する気か。見損なった。信じられない!」

みるみるうちに、高耶の瞳に涙が溢れる。

「高耶さん、話を聞いて…」
「話なんてする必要ない!お前は最低だ。二度と会いたくない!」
「高耶さん!」

部屋を飛び出した高耶を追うために、直江はベッドから飛び降りかけた。
だがそれを白い腕が邪魔した。
どうやら直江がベッドから出ようとしたせいで、夕方の冷たい空気がシーツの中に入り込み目が覚めたようだ。

「うぅ…ん…。なによう、直江」
「それはこっちの台詞だ!なんでお前がこんなところで、しかもそんな格好で寝ているんだ、晴家!!」

そう、直江の隣で気持ち良さそうに眠っていたのは、夜叉衆の紅一点、(?)、門脇綾子だった。
高耶の姿はとっくに見えない。
とりあえず、いったんは追うことを諦めた直江は、八つ当たりとばかりに綾子を責めた。
だが、いつもなら謝るか怒るかする綾子は、突然俯いて泣き出した。

「…ひどい……。ここは私の部屋なのに…っ。私が慎太郎さんのことで、ずっと泣いてたから、あんたが慰めてくれたんじゃない。それなのに、なんでいまさら怒るの…?」

途切れ途切れに訴える綾子に、直江は詰まってしまう。
もともと直江はこの宿体の晴家に弱かった。小さな頃から知っているからだ。

「晴家…」
「もういい…。直江のバカッ」

綾子は直江が止める間もなくベッドから降り立つと、自分の服を持って部屋を出てしまった。
直江は追いかけることもできず、呆然とそれを見送る。


「…修羅場だねぇ♪」

綾子が出たすぐ後、突然戸口に千秋修平が現れた。
その顔はまるでオモチャを見つけた子供のように、嬉しそうに笑っている。
直江は頭痛を感じ、頭を押さえながら尋ねた。

「…いつからそこにいた」
「ずっと」
「………」

直江の顔がさらに険しくなる。
だが今は千秋を相手にしている場合ではない。高耶を追いかけねば。
晴家には悪いが、まずは高耶の誤解を解くことが先決だった。
直江は千秋を無視して着替え始めた。
すると、千秋が意外なことを言ってきた。

「俺が誤解を解いてやろうか」
「長秀?」

この男が自分達のことに口出しするなんて、今までになかったことだ。
驚いて振り向くと、いつになくまじめな顔をして佇んでいる。

「お前が行ったって、景虎は意固地になって話を聞きゃしねぇだろ。俺が晴家連れて説得しに行ってやる」
「どういう風の吹き回しだ」
「べっつにぃ?お前ら3人がギスギスしてたら、うざったいだろ。俺まで仕事しにくいからな」

だからだよ、と言って唇の端を持ち上げる。

「だがまあ、お前が晴家の部屋に入り込んだのは事実なんだから、1ヵ月は触らせてもらえないと思いな」

そう言ってひらひらと手を振ると、綾子と高耶を掴まえるべく、千秋は部屋を後にした。
残された直江は、「1ヵ月…」とうめいて頭を抱えたのだった。



ベッドルームを出たところで服を着た綾子は、そのまま1階のフロント前の喫茶店に直行した。
その顔はすでに濡れた後もなく、いつもの快活な表情に戻っている。
喫茶店に入って窓際の席に長身の少年を見つけた途端、綾子の顔は思いきり綻んだ。

「景虎ぁ〜っ!!」
「姉さん、声でかいって」

高耶は慌てて綾子をたしなめる。

「あ、ごっめーん」

綾子はにっこり笑うと、ホットコーヒーを注文して高耶の正面に座り込む。

「で?首尾は?」
「もう完璧よ!さすが景虎、名演技だったわ。まあ私も負けてないけどね♪」

そう。あの修羅場は、実は高耶と綾子が共謀して作ったものだったのだ。


事の起こりは1週間前――――。

「ちょっとぉ!何時間待ったと思ってんの!?」

綾子の怒鳴り声が横浜駅に響き渡る。

「オレが悪いんじゃない!直江の馬鹿が…っ」

高耶はその声に顔を顰めつつ、言い訳を試みる。

「直江?またあいつがなんかしたの?」

綾子は高耶に甘くて直江に厳しい。まあ生前から景虎の部下だったためでもあるが。
綾子の言葉に、高耶は思い切り不機嫌な顔になって黙り込んだ。

綾子からデートと称する誘いがあったのは、その前日のことである。
せっかく仕事が一段落したことだし、のんびりと横浜見物に来ないか、とのことだった。
直江は仕事で忙しいから、高耶1人への誘いである。だからデートなのだと綾子は笑って言った。

だがしかし、今から考えてみればそれが良くなかったのだろう。
あの男が、高耶が他の人間とデートするのを黙ってみているわけがなかったのである。
まず、その日の夜はひどかった。それこそ泣いてやめてくれと頼んでも、次の日腰が立たなくなるんじゃないかというほど攻められたのだ。
そして当日の朝も……。

「高耶さん、何時の待ち合わせなんですか?」
「横浜駅に12時」
「じゃあ、まだ時間がありますね♪」
「な…っ!ちょっと待てっ!!」

だが夜に散々いじめられたため、半分ベッドにへばりついていた状態だった高耶には逃げることもできない。
そんなわけで、朝っぱらから高耶は直江においしくいただかれてしまったのだった。

高耶から無理矢理そのことを聞き出した綾子が激怒ことは言うまでもない。
かくして直江に恨みを持った2人は結託し、たまたま夜叉衆が仕事で集まった今日、千秋も巻き込んで『直江1ヵ月禁欲作戦』を決行したのである。

まず仕事が終わった後の宴会で、頃合いを見計らって直江の飲み物に強力な睡眠薬を入れる。
直江が殴ろうが蹴ろうが目を覚まさないほど深く眠り込んだら、高耶と千秋で綾子の部屋に運び込み、服を脱がせ、隣に綾子が滑り込むという単純な、けれど完璧な作戦だった。
睡眠薬は強力な上に長時間効く。仕事疲れもあり、直江は翌日の夕方までぐっすり眠っていたというわけだった。



作戦終了後、綾子の話を聞き終えた高耶は、ゆっくりと背もたれに凭れ掛かった。

「ってことは、あとは千秋が来るのを待つだけか」

その言葉が終わらないうち、ナイスタイミングで千秋が喫茶店に降りてくる。

「千秋!どうだった」
「俺様が失敗するかよ。仕上げは完璧。直江の旦那、完全に誤解してるぜ」

千秋の言葉に、綾子と高耶は顔を見合わせ、ガッツポーズをした。

「やったぁ!これで直江も少しは懲りるわよ!」
「サンキュー、2人とも。これで1ヵ月は安眠が確保できた♪」
「ま、あいつにはこっちも頭にきてたからな。貸しもできたことだし、当分は直江にたかれるぜ」

三人三様、嬉しそうに笑いあう。

「さ、今日は宴会よ〜!!」
「姉さん、昨日も飲んだだろ?」
「なぁに言ってんの。昨日は昨日、今日は今日!計画の成功を祝って乾杯しなきゃ」
「いいねぇ♪そんじゃ、今日は景虎のおごりだな」
「なんでだよ!」
「お前のためにやったんだから、当然だろ?」
「はいはい。どうでもいいから、直江が来る前に行くわよ」

綾子は言い合う2人の腕を取って、喫茶店を出る。

「そういや、直江に飲ませた薬って、ずいぶん効き目がいいんだな。あの直江があっさり眠っちまうなんて」
「そりゃ俺様が用意したやつだからな。なんだったら、今後のために安くしてやろうか?」
「え?じゃあ私も欲しい!」
「姉さん、何に使うんだよ」
「もちろんまた直江を苛めるのに使うのよ♪」

不幸な男を散々にこきおろし、3人は仲良く連れ立って夜の街へと繰り出す。
1人何も知らない直江は止まらないくしゃみに悩みつつ、結局全員のホテル代まで支払い、1ヵ月間心と身体とふところの寂しさに耐えたのだった――――。





[終]

紅雫 著
(2000.03.15)


[あとがき]
いつもお世話になっている那月様のリクエストで「千秋と綾子が出てきて直江が不幸な小説」を書いてみました(笑)。
いやあ、設定はすぐに浮かんだのですが、なかなか筆が進まなくて苦労しました。でもとりあえず、条件はクリアかな?
もっとギャグっぽくしたかったのですが…。所詮は紅雫。これが限界です(苦)。
この駄文は那月様に捧げさせていただきます。これからもよろしくお願いいたしますね、那月様♪


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