オトナの問題






「っはぁ………っ」

髪の毛が肌をくすぐるむず痒いような快感に、無意識に長い指先が抱え込んだ頭を掻き乱す。強く肌を吸われると、その指は引っ張るように髪を掴んだ。

「痛いですよ、高耶さん」

苦笑しながら耳元で囁く声が再び快感中枢を刺激し、高耶はしどけない肢体を震わせる。

「ん……っ、や…ぁ……」

蕩けきった頭は、すでに言葉を言葉として認識しない。ただ素肌にかかる吐息の熱さに、さらに体温を上げていくだけだ。
直江は笑みを深くすると、さらに高耶を追い上げていった。





荒い息が静まった頃、高耶はふと直江の髪に手を伸ばした。

「…どうしたんですか?」

優しく問いかけてくる声にぼんやりと答えながら、指先で色素の薄い髪束を弄ぶ。

「おまえの髪、柔らかいな…」
「そうですね。どちらかというと猫っ毛ですから」
「くすぐったいんだよな…」

高耶は不満そうに唇を尖らすと、今度は意識的にくしゃくしゃと直江の頭を掻き乱した。

「やめてください。絡まると後が大変なんですから」

直江は苦い顔になると、髪に絡まったままの高耶の指を外させる。すると高耶がふと首を傾げた。

「髪は柔らかいけど、頭皮は固いんだな、おまえ」
「そうですか?」

同じように首を傾げる直江の胸に顔を伏せて、高耶はうんと呟き、くすくすと笑いながら続ける。

「……頭の中身も固いけどな」
「ひどいですねぇ。私はいつも柔軟な思考をしていると思いますが?」
「どこがだよ、頑固じじい」
「……そんな憎まれ口を叩くのは、この口ですか?」

言うなり、直江は柔らかく高耶の唇を塞いだ。さらに肌を這い始める愛撫の手に、高耶は瞳を潤ませながら呟いた。

「……エロじじい………」


闇を恐れない恋人達の夜がふけていく――――。






***






今日も高耶は買い物袋を持って、近所の大型スーパーに出かける。
日々の生活用品を買うのは高耶の仕事である。なぜならば、直江は放っておくと、平気で高い物を買ってくるからである。洗剤一本をわざわざデパートに買いに行こうとした時には、さすがの高耶も呆れて言葉がでなかった。(ただし、無言で殴り倒したが)
アルマーニのスーツを着ている男は、どうやら一般人の金銭感覚とははるか遠いところにいるようであった。


「さて、何が切れてたっけな…」

食品の前に日用品を買うのは当り前。すっかり主婦感覚が身に付いた高耶は、まず日用品売り場を目指す。

(あ、歯磨き粉が切れてたな。あと詰換え用シャンプーと……)

頭の中で家の備品をチェックしつつ、棚を舐めるように見ていく。ふと、シャンプーの隣の整髪剤の棚に目が止まった。なにやらチラシのような物が置いてある。それは毛○力の広告だった。
思わず手にとってしまった高耶の顔は、読み進むに連れどんどんと強張っていく。最後の一行を読み終えると、高耶は真っ青な顔を上げた。その手は迷わず一瓶を握り締めていた………。






***






「直江、おまえに渡すものがある」
「なんですか?」

直江が風呂から上がると、いやに真剣な顔をして高耶が迫って来る。つい反射的に抱きしめようとした直江の手に、高耶は何かを押し付けた。

「これだ」

手渡されたものに視線を落とし、直江は絶句した。

「……これは………?」

それは高耶が昼間買った、○髪力だった。高耶は固まってしまった直江を無視して語り始める。

「昨日おまえの頭を触ったとき、皮膚が固いなと思ったんだ。そしたら、見ろ、これを!」

ばしっと目の前につきつけられた広告。そこには『頭皮が固い人、ご用心!』と書いてある。

「頭皮が固い奴はハゲるんだ。分かるか?ハゲるんだぞ!?そんなことになったら嫌だろう?だから、それをおまえに買って来たんだ」

高耶は腕組みすると、呆然としている直江を見てにっこり微笑んだ。

「ハゲてからじゃ遅いからな。それを使って、髪の毛を丈夫にしてくれ」

ここにきて、ようやく直江はショックから立ち直った。

(冗談じゃない、こんなもの使うなんて…!)

直江は慌てて弁明を始める。

「ですが高耶さん、頭皮が固い人が、すべて禿げになるというわけでは……」
「なんだと!?おまえはハゲてもいいってのか!?」
「そんなことは言ってません!」

だが高耶は聞く耳を持たなかった。それどころか、拳を握り締め直江をきつく睨み据え、力説する。

「オレはハゲたおまえなんて、絶対に嫌だからな!
生え際後退も、かっぱ頭も駄目だ。バーコードなんて言語道断!オレはバーコードにポマードべったりつけた野郎ほど嫌いなものはないんだ。
いいか、直江。ハゲたら二度とセックスしないからな!」

ついには直江の襟元を掴み、涙目になって訴える。

「絶対にハゲないと誓え、直江。オレに誓え!」


………ここまで言われて、反論できる人間がいたら見てみたい。


かくして直江は「絶対にハゲない」と誓わされたうえ、毎日毛髪○を使うことを義務づけられたのだった。




その後、毎日きちんと薬をつけているか高耶に見張られ、ストレスで直江の髪が抜けたとか抜けないとか………。





[終]

紅雫 著
(2000.07.18)


[あとがき]
全国の、髪の残存数が危機に瀕している方、頭皮が固い方、及び毛○力使用中の方々に、心よりお詫び申し上げます(爆)。
ちなみにこんな広告は存在しないだろうと思われます。すべては「直江けちょん」のための小道具であることをご理解願います。

この作品は、某直江けちょんサイト(笑)にお送りしたものです。紅雫も副盟主兼書記を務めておりますので。紅雫の直江けちょん作品の、記念すべき第一弾でもあります。
直江ファンの方もそうでないかたも、笑って許していただければ幸いです。ちなみに直江けちょんはまだまだ果てしなく続きます。


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