「ねぇ、高耶さん」
ソファの上で雑誌から片時も目を離さず、けれどきちんと返事をしてくれたことに安堵して、直江はずずいと膝を進めた。もちろん直江がいるのは床である。ご主人様と同じところに座るなんて、恐れ多い真似はできない。
「今日は5月3日ですね」
あっさり言い切られ、直江はがっくりと肩を落とす。相変わらず高耶の視線は雑誌に向いていて、こちらをちらりとも見てくれない。
「そ、そうですね。でも、もうひとつありますよね」
直江は完全に沈没した。 「冗談だよ。今日はおまえの誕生日だろ?ちゃんと憶えてるよ」 がばぁっと身を起こした直江の目に、苦笑してこちらを見つめる高耶が映った。 「高耶さんっ!」 感激のあまり涙目になった直江に、高耶は優しく尋ねる。 「で?なにが欲しいんだ?」 直江は怒られやしないかとびくびくしつつ、ずっと欲しかったものを答えた。 「あなたが欲しいんです」 飛んでくる鉄拳を覚悟して、目をきつく瞑る。そんなに怖ければ言わなきゃよかったのだが、どうしても言いたかったのだ。 (だって私たちは一応恋人のはずだ!)
いつまで経っても振り下ろされない拳に、直江がそうっと目を開こうとしたとき。ふわり、と柔らかな感触が額に降りてきた。 「これでいいか?」 ようやく直江は、高耶にキス(ただし額)されたのだと理解した。その瞬間、目の前がバラ色に染まる。 (はじめて…はじめて高耶さんがキスしてくれた…!) 蕩けかけた思考で、直江はかろうじて呟いた。
「もう死んでもいい…!」 高耶はそう言うと、雑誌を持って自分の部屋へ戻ってしまう。だが直江はそれにすら気づかず、感涙にむせび泣いていた。
[終]
紅雫 著 [あとがき] この直江と高耶さんは、いまだ肉体関係(←おい)に至っておりません。せいぜい一ヶ月に一度、キスできればいい方っていう状態です。 本当にささやかな幸せだなぁ、直江(笑)。 でも触れることすら叶わなかった頃に比べれば、格段に良くなってますよね。うん、十分幸せだ。 |
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