聖夜






聖なる夜がおとずれる
俺の神が生まれた日
貴方の罪が生まれた日








湿った風が頬を撫でる。霧の木立がざわざわと音を立てる。一寸先も見えない暗闇は、全ての侵入者を排除していた。
剣山の奥深くには、人為的な霧に囲まれた山荘がある。辺りは人気が無く、獣の姿すら見当たらない。
風と、風の立てる音だけが聞こえる世界に、一人の男が姿を現す。
濃霧に囲まれ外界から隠された山荘は、永遠とも思える二人だけの時間を過ごしたあの白い牢獄によく似ていた。



世界にたった二人きりと錯覚するような
閉じられた空間



男が玄関口に近づいた時、内側からゆっくりと扉が開かれた。

「直江――――」

まるで男が今日この時間に来ることが分かっていたかのように。
霧の中から自分をひたむきに見つめる直江を、高耶は驚きもせずに迎えた。
山荘の中には、高耶以外存在しなかった。いつも必ず側にいるはずの小太郎や、童子たちの姿すら見当たらない。
リビングまで来て、ようやく直江は口を開いた。

「不用心ですね」
「………おまえが来ると思ってたから」

高耶は壁に掛けてある時計をちらっと見た。
7月22日はそろそろ終りを告げ、23日へと差し掛かろうとしている。
それきり口を閉ざしてじっと自分を見つめる高耶を、直江は無表情に見つめた。
直江は無言だった。
高耶もまた、何も言わない。
時計の微かに秒針を刻む音だけが暗い室内に響く。
高耶は踵を返して、自分の寝室へと続く扉を開けた。
振り返らずに入っていく姿を、直江は目だけで追い――――ドアが閉まる寸前、奪うような勢いで高耶をその腕に捕らえた。






噛み付くようなキス
せわしない吐息
破れて舞い散る衣服
掠れた悲鳴
強姦のような愛撫
甘い嬌声
ずり落ちたシーツ
紅い斑点
飛び散る白い粘液
無言で犯す男
鳴く獣

枯れるまで繰り返される、狂った情交







静まり返った部屋に、荒い呼吸だけが満ちる。
日付はとうに境界線を超えていた。
過ぎる快感にきつく閉じられていた瞳が、自分を抱きしめ続ける男を映す。
そこには、苦しそうに眉間を歪めた愛しい顔があった。
唯一、男の無表情が崩れる時。
だが求める表情からはほど遠い。
軋む身体を宥めながら、高耶はゆっくりと腕を上げた。
苦痛を堪えるように自分を見つめ続ける直江の眉間を、指先でそっと撫でる。

「ここ…しわが残りそうだな」

驚いたように目をみはる直江に、高耶は哀しい微笑を浮かべた。

「そんな顔をするな……」

微笑ってくれなんて言えない。
それが一番の望みでも。
おまえから表情を奪ったのは自分。
おまえを苦しめているのは自分。

「微笑わなくてもいいから………」

だからせめて、こうして側にいる時は安らかであって欲しい。
この願いは傲慢だろうか。
何か言おうと口を開きかけた直江の唇に、そっと指を押し当てた。

「何も言わなくてもいいから………」

罪人が生まれたこの日を、祝福しなくてもいいから。
おまえが犯した全ての罪は、きっと自分のものだから。
直江の首に腕を絡ませ、首筋に強く顔を埋めて高耶は囁いた。

「側にいてくれ」

これもきっと、傲慢な願い。
こうして見つめるだけで苦しめているのが分かるのに。
おまえの命を奪っていくのが分かるのに。
それでも側にいて欲しいと願うのは、許されないことだろうか。

「今夜だけは………」

罪の生まれた日。
罪を犯した日。
おまえに会いたくて――――やり直そうとした日。

(だから、どうか側に――――)

涙に濡れたその顔を、どの瞬間の高耶よりも美しいと思う。
力強く先頭に立っている時より。
自分の腕の中で、甘い悲鳴を上げている時より。
どこまでも透明で、儚く壊れそうな貴方がここにいる。
直江は細く骨張った身体を、折れんばかりに抱きしめた。
400年かけて築いたすべての想いを伝えるように。

「側にいる。夜明けがきても。世界の終りがおとずれても。すべてが消える時がきても――――!」

貴方の罪は俺の罪になる。
貴方が罪を犯した夜は、俺の聖夜になる。

「愛している」

絡み合う身体。
この聖なる夜が終るまで。

どうか、側に――――。








神を犯す大罪
神が冒す大罪
神に侵される精神
神の犯された肉体

罪の生まれた瞬間
神が生まれた瞬間



聖夜
――貴方が俺のために生まれた日――





[終]

紅雫 著
(2000.08.24)


[あとがき]
じんじん様のHP「garden」の高耶さんバースデー企画に寄稿した作品です。
本当に珍しく久しぶりに原作サイドで書きました。しかもシリアス。いかに苦しんで作ったかがよく分かりますね(爆)。
でもやっぱり原作あってこそのパロディですから、高耶さんの誕生日という大事な日だけは、原作の重みを感じたかったのです。
まあ原作サイドにしろパラレルにしろなんにせよ、高耶さんを愛してることに変わりはありません(笑)。
ずいぶん遅くなりましたが、「お誕生日おめでとう、高耶さん」ってことで♪


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