轟音が遠く鳴り響き、夜空が鮮やかな光で彩られる。
「たーまやー!」
リビングから続く広いベランダに陣取った綾子は、大きな花火が打ち上げられるたびに歓声を上げていた。
「かーぎやー!」
花火大会が始まる前からのどんちゃん騒ぎで、綾子はすでに出来上がっていた。遠慮もなく大声を出す綾子に、直江は苦い顔で今日何度目かの注意を促す。
「晴家、大きな声を出すなと言っているだろう。近所迷惑だ」
言ったって無駄だろうと思いつつ刺した釘は、やはり効き目がなかった。千秋まで綾子に同調して酒を煽っている。
「オヤジの顔してるぜ、直江」
わはは、と千秋は機嫌良く笑い、直江のコップに一升瓶を傾けた。
「そんじゃま、人生の先輩に一杯」
直江の声は最後悲鳴になりかけて消えた。勢いよく入れたせいで溢れた酒が、高耶の頬に思い切りかかったのである。
「長秀……」
押し殺した直江の殺気に、千秋は慌てて席を立つ。直江は千秋の後ろ姿に溜息をつくと、手元にあったハンカチでそっと高耶の頬を拭った。
「すみません、起こしてしまいましたね」
直江のすまなそうな声に、高耶は身体ごと頭を直江の方に向け、上目遣いで見上げた。
「なおえ……」
寝起きのせいで掠れた甘い声に、潤んだ瞳とほんのり染まった頬。
「高耶さん……」
情欲に掠れた声で呼べば、天使のように微笑む。うっすらと開いた桜色の唇から、熱い吐息と共に漏れた言葉は……。
「ビールちょうだい」
危うく「はい」と言いそうになった直江である。
「なんでだよぉ。ビールくらい、いいじゃんか」
高耶は据わった目で直江を睨みつけると、ぷいっとそっぽを向く。完全に拗ねてしまったようだ。
「高耶さん、代わりに麦茶を持ってきますから…」
すっかり保護者と子供になっている二人を爆笑しながら見ていた千秋は、まだ喉の奥で笑いながら手招きして高耶を側に呼んだ。
「まあまあ直江、ビールくらいいじゃねぇか。ほら、景虎。これやるよ」
そう言うと、千秋は手元にあった缶ビールを高耶に渡してしまった。
「長秀!」
嬉しそうにビールに口をつける高耶の頭をぐりぐりと撫でながら、千秋は挑発するように直江を見た。
「長秀、貴様……」
一触即発の空気が流れる。
「景虎起きたのぉ?こっちいらっしゃいよ、花火が綺麗よ」
騒ぎの元凶はあっさりベランダに出ていってしまう。ビールを受け取ってしまえば、直江と千秋など目に入っていなかったのだろう。
「たーまやー!」
思わず苦笑して目線を交わす二人の前で、綾子と高耶は仲良く花火に向かって叫ぶのだった。
[終]
紅雫 著 [あとがき] 朱璃様のHP「天使の宴」の開設祝として贈らせていただきました。が、実はすでに開設から一ヶ月経っていたという…(爆)。内容も、夏が終る頃だったというのに夏真っ盛り。今に至っちゃもう秋ですしねー…。 そんな間抜け極まりない話を、こころよく引き取ってくださった朱璃様に感謝いたします(笑)。 |
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