そんなことを考えながら買い物をし、家に帰る途中、コートの裾をつんつんと引っ張られた。 「?」
なにかと思って振り向いた先には、直江の腰ほどの背丈しかない愛らしい少年が立っていた。学校帰りなのか、その背中には少し大きすぎるランドセルを背負っている。 「こんにちは」 直江が振り向くと、少年はにっこり笑って言った。その不思議な輝きを宿す瞳に魅入られながらも、直江は微笑み返した。 「こんにちは。なにかご用ですか?」 尋ねると、少年はこくりと頷く。だがすぐ困ったような顔になって、首を傾けながら直江の顔をうかがっている。その可愛らしい仕草にますます笑みを深くしながら、直江は優しく聞いた。 「どうしたの?」 直江の微笑みに勇気づけられたように、少年は再び口を開いた。 「えっと、名前なんていうの?」 少年はそう言ってから慌てて付け足す。
「オレ、2年1組、仰木高耶」 礼儀正しい少年に、こちらも礼儀正しく答える。すると高耶と名乗った少年は、嬉しそうに微笑んだ。 「なおえ?じゃ、直江、オレを神様の家に連れてって」
小学生に直江と呼び捨てにされたことより、神様の家という単語を理解できず、直江は怪訝な顔をしてしまった。 「直江は神様の家の人なんじゃないの?その形が目印だってお母さんが言ってた」 小さな手が指差す先には、コートの上から掛けられた銀の十字架があった。そこでようやく直江は“神さまの家”がなんなのか思い至る。
「ああ、教会に行きたいんですか。それなら私も今から帰るところですから、一緒に行きましょう」 少年はぱぁっと破顔すると、直江の隣に並んで歩き出した。
なにそれ?と高耶は不思議そうな顔で聞き返して来た。直江は驚いて問い返す。てっきり高耶もクリスマス会に参加する子供だと思っていたのだ。
「高耶さんはクリスマス会のために教会に来るんじゃないんですか?」 直江の説明を聞いて、高耶は首を傾げた。
「子供がお菓子食べて騒ぐのが、神様のお祝いになんの?」 直江は苦笑する。実際、クリスマスが神様の誕生日でそのお祝いをする日だとは、一割の子供すら分かっていないだろう。
「それで、高耶さんはどうして教会に行きたいんですか?」 久しぶりに会うんだ、と嬉しそうに語る高耶に、直江は先程聞いた家族構成を思い出し、不審に思う。
「高耶さんは、お父さんとお母さんと妹の4人家族なんじゃなかったんですか?」 (つまり養子ということか?)
「じゃあ、あなたの本当の家族は別のところにいるんですか」 あそこ、と言って高耶が指差したのは、ちょうど着いた教会の上空だった。 (空?)
唖然として空を見上げた直江は、ふと嫌な予感に囚われた。 「わぁ…!」
高耶の唇から歓声が漏れた。 「ここまで連れて来てくれてありがとう、直江」 微笑んだその瞳が急に遠く感じられて、直江は不安が大きくなるのを感じた。
「高耶さん、ここで何をするんですか」 忘れっぽいなぁ、と高耶は笑うが、直江はとても笑える気分ではない。 「どうやって…」 直江の質問を無視するように、高耶は突然宣教台の上に登りだした。
「ちょ、ちょっと、高耶さん。危ないですよ。そんなところに登らないでください」 ちょこんと台の上に座った高耶は、もう一度辺りを見回して、にっこりと笑った。 「たかやさ……」 直江には何がなんだか分からない。思わず掛けようとした声が、途中で止まった。 「な…に…?」 高耶の小さな身体が光り始めていた。目の錯覚かと思ったが、その光はどんどんと強さを増していく。 (なんだ!?)
目を開けていられなくなるほどの光が、教会の内部を埋め尽くしていく。 「!!」
そこには、先程とおなじように柔らかな光に包まれた高耶が座っていた。 「高耶さん…」 呆然と名を呟かれ、高耶は小さく微笑んだ。 「オレはまだ半人前だから、神様の力が満ちてる所からじゃないと帰れないんだ。向こうの天国の門までは兄上が迎えに来てくれてるから大丈夫なんだけど」
そして、「直江」と呼んで手を伸ばす。 「直江に、神様の祝福がありますように」
高耶の唇が囁く。 「高耶さん…?」
確かめるように呼ぶ声に、少年は鮮やかに微笑んでみせると、一回り大きくなった翼を羽ばたかせた。その拍子に、幾枚かの羽根が散る。 「またな、直江」 強くなる光の中心から、少年の声が聞こえる。どこか遠いその声に、直江は思わず叫んでいた。 「待って、高耶さん!」
その声は届いたのだろうか。
『またな』
高耶の声が耳元で蘇る。 「待ってますからね、高耶さん」
そしてもう一度、この瞳に奇跡を見せて――――。
[終]
紅雫 著 [あとがき] だいぶ前に、まいこ様のHP「プーティ ウィッ?」の3333カウントゲットで頂いた、天使イラストのイメージノベルです。クリスマス仕様なのですが、いかがでしょうか? なんだか牧師直江が妙にいい人っぽくて果てしなく胡散臭いですが、高耶さんの可愛さに免じて許してやってください(笑)。 ちなみに大きい高耶さんは「本当の姿はコレなんだけど、地上では力が足りないからミニマムなのよ」というどこかの漫画みたいなシステムなのだと思っていただければありがたいです(爆)。
【改訂】(2003.10.20) |
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