「おっせぇぞ、直江」 直江の顔が見えた途端、さっそく千秋が文句を言った。だが直江はそれに反論する前に、千秋の格好に眉を顰めた。
「なんだ、その格好は」
濃紺に縦縞模様の浴衣を着て、「いたち茶屋」の文字が入った白い前掛けをした千秋は、確かに和風喫茶店の店員に見えるが、それを「ウェイター」とか「ギャルソン」とか呼んでいいものなのか直江は悩んだ。
「あー、直江。やっと来たの?遅いわよ、もう材料の搬入終わっちゃったじゃない」 直江の即答を聞くと、綾子は恐ろしい顔になってぐるりと千秋を振り返った。
「ちょっと長秀、直江に連絡したのはあんたよね。どういうこと?」 場所も現状もわきまえず、いつも通りの口論を始めた二人を見て、直江はこれ以上説明を求めることを諦めた。そこへ、表の騒ぎを聞きつけた高耶が奥から姿を現わした。
「なにやってんだよ、おまえら」 そう言う高耶は、既に千秋と同じ浴衣にエプロンを締めている。こういう格好も良く似合う、と直江は思いつつも真面目くさった顔で言った。
「手伝えといわれましても、いったいなぜ皆してここに集まっているんですか。だいたいここの店主はどうしたんです?」 先ほどの綾子と同じことを、眉を跳ね上げながら言う高耶に、直江はため息をついて千秋を見やった。
「全然まったく何も聞いてません。それを尋ねたら長秀と綾子があの状態になってしまったので、高耶さんに聞いたんです」 直江の言葉で経緯のすべてを察した高耶は、いまだ綾子と罵り合っている千秋を横目で睨んだ。それからひとつため息をつくと、「手っ取り早く言うとだな」と説明を始めた。
「今日はいたち茶屋開店2周年目なんだ。去年はお客様に感謝のお祝いだったけど、今年は自分たちによく頑張ったお祝いってことで、2人して箱根に1泊2日慰安温泉旅行に行ってる。だけどお客様にも感謝しなきゃってことで、オレ達がかわりに"1日店主"することになったんだ」 ようやく合点がいって、直江が頷きながら視線を流すと、ちょうどこちらを向いた千秋がニヤリと片頬を歪めてみせた。
「ま、俺様ほど似合っちゃうと、看板娘ならぬ看板息子になっちゃうけどな」 寸前までケンカをしていた千秋の変わり身の早さに、綾子が呆れかえる。 「それにしても、よく引き受けましたね、高耶さん」
人見知りが激しく、慣れないことには極力手を出さない高耶だから、「めんどくさい」とか「どうしてオレが」とか、文句のひとつやふたつ引き受ける前に出そうなものだが。
「しょうがねぇだろ。あいつら養父上も一緒に行くからキャンセルできないとか言うし」 なにがすごいって、上杉謙信と北条氏康の2人と一緒に宴会しようとする店主の度胸がすごい。
「『旅行の予定を変えるわけに行かないし、かといって記念日に店を休みにするわけには行かないから』なんて言われたら、オレが断われるわけ無いだろ?」
高耶の命令に苦笑しつつ頷くと、横でタイミングを図っていたのか、すかさず綾子が浴衣とエプロンを突き出した。どうやら高耶や千秋と同じ物のようである。
「ちょっと待て、サイズは……」 千秋の言い方から察するに、本日のいたち茶屋のメインメニューは、夜叉衆によるファンサービスのようだった。 「色部さんとオレは厨房係、直江と千秋は配膳係だ。姉さん、2人のことよろしく指導してやってくれ」 高耶が目を向けると、綾子は頼もしいガッツポーズを作る。
「まっかせといて!メニューの渡し方からレジのやり方まで叩き込んでやるから!」 喚く千秋を綾子に任せて、厨房へと暖簾をくぐる高耶の後にくっついて行きながら、直江はこっそり囁いた。
「あなたの姿を見たいファンも大勢いらっしゃるんじゃないですか?」 そういう直江自身、浴衣姿の高耶に嬉しげだ。高耶は呆れたため息をつくと、直江の肩をひとつはたいた。
「おら、さっさと準備して姉さんにしごかれて来い。やるなら完璧にこなせよ、おまえ」 ちっとも大変そうじゃない口調だが、高耶は少し同情してくれたらしい。 「……………全部が終わって、材料が余ってたら、なんか作ってやるからさ」 励ますように笑う高耶に、直江もまた微笑み返すのだった。
[終]
紅雫 著 [あとがき] …………なーんてことが起こったらいいのになぁ…。(←願望小説?) にしても、本当に内容の無いお話でした。こんなものに何週間もかけた自分が恨めしい(苦)。 何はともあれ、遅くなりましたが、2周年ありがとうございました。3周年目もよろしくお願いいたします♪ |
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