「どうやら森の奥の研究所で、中川が不養生して倒れたらしい。おまえ、ちくっとこいつを持って様子を見てきちょくれ」 大事な仕事を言い付けられたのが嬉しくて、卯太郎は元気よく返事をしました。 「あ、それからな。最近森は狩人がうろうろしちょって、危ないがじゃ。間違うて撃たれんように、こいつを被ってけ」 そう言って手渡されたのは、真赤なずきんでした。
中川は医者で、いつも皆のために薬を作ってくれ、病気になったら看てくれます。その中川が倒れたということで、卯太郎は使命感に燃えていました。 「今度はわしが中川先生を看病するんじゃ」
研究所へ続く一本道を歩いていると、横の茂みががさがさと音を立てました。
「卯太郎、どこに行くんだ?」 それは最近この森に住み着いた、流れ者の狼でした。仰木高耶というその狼は、卯太郎の言葉を苦い顔をして訂正します。
「仰木じゃなくて狼だ……」
以前、森で迷っていた赤鯨衆の武藤潮を助けてやったとき、しつこく名前を聞かれて教えてしまったことを、高耶は後悔していました。
「仰木さん、最近森では狩人がうろうろして危険なんでしょう?うちの村に来とうせ。仰木さんになんかあったら哀しいがじゃ」
そっけない高耶の返事に、卯太郎はがっかりと肩を落としました。
「おまえこそ、そんなずきん被ってどこに行くんだ」
赤いずきんがよく似合っている卯太郎を見て、高耶は 「卯太郎、見舞いに行くならその先の広場で花でも摘んで行け」
(そうすれば少しは見舞いらしく見えるだろう) 「そうですね!仰木さん、ありがとうございます♪」
卯太郎はさっそく花を摘みに、高耶に背を向けて歩き出しました。
研究所に着いた高耶は、中川を探しました。 寝室らしき部屋を見つけて入ってみると、ベッドの布団は誰かが入っているようにこんもりと膨らんでいました。 「中川、大丈夫か?」 近づいて、優しく声を掛けながら布団に触れようとした時、突然布団の中から手が伸びて、高耶をベッドに押し倒しました。
「な……っ」
そこにいたのは病気の中川ではなく、自称"愛の狩人"直江信綱でした。この男、逃げる高耶を追い掛け回し、押し倒し、あげく不埒な行為に及ぶ、迷惑極まりない変態でした。
「なんでおまえがここにいるんだ!」 直江は勝ち誇ったように笑うと、強引に唇を重ねました。 「ん…ぅ……!」 敏感な部分に愛撫の手を這わされ、高耶は快感に震えながら首を振ります。
「よせ……っ」
小さく声を上げ始めた高耶に、直江は勝利を確信して高耶のモノを直接握り込みました。
「仰木を放せ、直江信綱」 兵頭と呼ばれた男は、猟銃の先をぴたりと直江の心臓に向けたまま威嚇します。
「仰木はこの森のアイドルじゃ。手を出すことは許さん」
二人の間で、ばちばちと火花が散ります。
「待ちなさい、高耶さん!」
もみ合っている二人を無視して、高耶は部屋を飛び出しました。 「あっ、仰木さん!来てたがですか!」 そこには嬉しそうに笑う卯太郎と、眠そうに目を擦る中川の姿がありました。
「中川、おまえ病気は大丈夫なのか」
苦笑しながら言う中川に、高耶は思わずへたり込みそうになりました。
「今から持って来たお酒とつまみで宴会をするがです。仰木さんも一緒に飲みましょう」 断ろうと口を開きかけた高耶の耳に、遠い直江の絶叫が聞こえてきました。
「高耶さん!」 思わず逃げ出しそうになった高耶に、卯太郎は無邪気に言います。 「仰木さん、森は本当に危ないがですよ。さっきも変な狩人を見ました。頼みますから、一緒に村に来とうせ。仰木さんはわしらのもんじゃ。なんかあったら大変ですき」
高耶も考えます。
「分かった。行こう」 卯太郎は飛び上がって喜びます。 「そうと決まったら、すぐ行こう。今すぐ行こう。さっさと行こう」
高耶は焦ったように卯太郎の手を取ると、さっそく村に向かって歩き出しました。
[終]
紅雫 著 [あとがき] 注:土佐弁の怪しさには目を瞑ってください(汗)。 ずいぶんと前に、あかずきん様のHP開設祝に贈った小説です。 あかずきん様にイラストをつけて頂きました♪赤ずきん卯太郎も可愛いけど、耳としっぽが生えてる高耶さんもラブリー(笑)。 ところでこれ、あかずきん様に「直江けちょんですね!」と言われてしまったのですが、そうでしょうか?そのつもりは全然なかったんですけどー(笑)。
【改訂】(2003.10.20) |
目次 |