卯太郎のおつかい






むかしむかし、赤鯨村というところに卯太郎という素直で愛らしい少年が住んでいました。赤鯨村は赤鯨衆という身寄りのないアウトロー集団が作った村でした。卯太郎はそこで、下っ端ながらも毎日楽しく暮らしていました。
そんなある日、卯太郎はリーダーの嶺次郎に呼ばれました。

「どうやら森の奥の研究所で、中川が不養生して倒れたらしい。おまえ、ちくっとこいつを持って様子を見てきちょくれ」
「はい!すぐ行って来ます!」

大事な仕事を言い付けられたのが嬉しくて、卯太郎は元気よく返事をしました。

「あ、それからな。最近森は狩人がうろうろしちょって、危ないがじゃ。間違うて撃たれんように、こいつを被ってけ」

そう言って手渡されたのは、真赤なずきんでした。





***





中川は医者で、いつも皆のために薬を作ってくれ、病気になったら看てくれます。その中川が倒れたということで、卯太郎は使命感に燃えていました。

「今度はわしが中川先生を看病するんじゃ」

研究所へ続く一本道を歩いていると、横の茂みががさがさと音を立てました。
狩人かと思った卯太郎の前に、耳としっぽが生えている背の高い人影が現われました。

「卯太郎、どこに行くんだ?」
「仰木さん!」

それは最近この森に住み着いた、流れ者の狼でした。仰木高耶というその狼は、卯太郎の言葉を苦い顔をして訂正します。

「仰木じゃなくて狼だ……」
「仰木さんは仰木さんじゃ」

以前、森で迷っていた赤鯨衆の武藤潮を助けてやったとき、しつこく名前を聞かれて教えてしまったことを、高耶は後悔していました。
一人にしておいて欲しいのに、なぜか赤鯨衆の連中は「仰木ー!仰木―!」と自分を慕ってくるのです。もはや何度「自分はただの狼だ」と言っても聞きません。

「仰木さん、最近森では狩人がうろうろして危険なんでしょう?うちの村に来とうせ。仰木さんになんかあったら哀しいがじゃ」
「オレは大丈夫だ。それに一人が好きなんだ。群れる気はない」

そっけない高耶の返事に、卯太郎はがっかりと肩を落としました。
そんな卯太郎の姿に、高耶は慌てて話題を変えます。素直で可愛い卯太郎には優しい高耶でした。

「おまえこそ、そんなずきん被ってどこに行くんだ」
「はい、中川先生が病気になってしもうたそうで、これを持ってお見舞いに行くがです。このずきんは狩人に撃たれんようにって、嘉田さんが……」

赤いずきんがよく似合っている卯太郎を見て、高耶は
(ずきんは面白がって被せたんだな……)
と正確に推測しました。
しかも卯太郎が持っている籠の中身は日本酒の一升瓶に魚の干物です。どう見ても宴会の道具で見舞いの品とは言えません。高耶は頭が痛くなりました。

「卯太郎、見舞いに行くならその先の広場で花でも摘んで行け」

(そうすれば少しは見舞いらしく見えるだろう)
高耶の心中も知らず、卯太郎は嬉しそうに返事をしました。

「そうですね!仰木さん、ありがとうございます♪」

卯太郎はさっそく花を摘みに、高耶に背を向けて歩き出しました。
その後ろ姿を見送りながら、高耶は考えました。中川の病気は心配です。高耶も中川にはよく世話になっていました。
(少し様子を見てくるか……)
どうせ特にやることもありません。
高耶は中川の研究所に向かって、ゆっくりと歩き出しました。





***





研究所に着いた高耶は、中川を探しました。
寝室らしき部屋を見つけて入ってみると、ベッドの布団は誰かが入っているようにこんもりと膨らんでいました。

「中川、大丈夫か?」

近づいて、優しく声を掛けながら布団に触れようとした時、突然布団の中から手が伸びて、高耶をベッドに押し倒しました。

「な……っ」
「捕まえましたよ、高耶さん」
「直江!」

そこにいたのは病気の中川ではなく、自称"愛の狩人"直江信綱でした。この男、逃げる高耶を追い掛け回し、押し倒し、あげく不埒な行為に及ぶ、迷惑極まりない変態でした。
高耶はこの男に捕まらないように四国の森の奥まで逃げて来たのに、ついに捕まってしまったのです。

「なんでおまえがここにいるんだ!」
「あなたがここをよく訪れるという情報を手に入れたので。ここで罠を張って待っていたのです」
「中川はどうした」
「さぁ?そんなことは、今は関係ないでしょう」

直江は勝ち誇ったように笑うと、強引に唇を重ねました。

「ん…ぅ……!」

敏感な部分に愛撫の手を這わされ、高耶は快感に震えながら首を振ります。

「よせ……っ」
「よさない。ようやく捕まえたんだから。あなたはもう私のものです」
「やだ…、あっ!」

小さく声を上げ始めた高耶に、直江は勝利を確信して高耶のモノを直接握り込みました。
その卑猥な指先を動かそうとした時――――後ろから凄まじい殺気とカチリという音がしました。
振り返った直江の視線の先には、猟銃を構えた瞳の鋭い男がいました。

「仰木を放せ、直江信綱」
「貴様は、動物愛護団体"室戸"の兵頭!」

兵頭と呼ばれた男は、猟銃の先をぴたりと直江の心臓に向けたまま威嚇します。

「仰木はこの森のアイドルじゃ。手を出すことは許さん」
「馬鹿を言うな。高耶さんは俺のものだ。貴様こそ、余計な手出しをするな」

二人の間で、ばちばちと火花が散ります。
直江の注意が削がれた隙に、高耶は直江の腕から逃げ出しました。

「待ちなさい、高耶さん!」
「行かせるわけにはいかん」

もみ合っている二人を無視して、高耶は部屋を飛び出しました。
研究所の扉を開けた途端、真っ正面から来ていた人影にぶつかりそうになります。

「あっ、仰木さん!来てたがですか!」

そこには嬉しそうに笑う卯太郎と、眠そうに目を擦る中川の姿がありました。

「中川、おまえ病気は大丈夫なのか」
「ああ、病気じゃないがですよ。3日ほど徹夜したせいで眠くて、仮眠室で爆睡してただけです」

苦笑しながら言う中川に、高耶は思わずへたり込みそうになりました。
(そんなことだろうとは思ったけど……)
卯太郎はにこにこと笑って言います。

「今から持って来たお酒とつまみで宴会をするがです。仰木さんも一緒に飲みましょう」
「いや、オレは……」

断ろうと口を開きかけた高耶の耳に、遠い直江の絶叫が聞こえてきました。

「高耶さん!」
「待て!」

思わず逃げ出しそうになった高耶に、卯太郎は無邪気に言います。

「仰木さん、森は本当に危ないがですよ。さっきも変な狩人を見ました。頼みますから、一緒に村に来とうせ。仰木さんはわしらのもんじゃ。なんかあったら大変ですき」

高耶も考えます。
(直江に捕まって一生繋がれるくらいなら、村でうるさい連中の相手をしている方がまだましかもしれない)
一瞬で判断を下した高耶は、卯太郎に向かって頷きました。

「分かった。行こう」
「本当ですか!?」

卯太郎は飛び上がって喜びます。

「そうと決まったら、すぐ行こう。今すぐ行こう。さっさと行こう」

高耶は焦ったように卯太郎の手を取ると、さっそく村に向かって歩き出しました。
その後に一升瓶の入った籠を持った中川が続きます。
(きっと直江さんに捕まるよりはいいと思ったんじゃな……)
高耶の心中を正確に分析した医師は、玄関に鍵を掛けました。兵頭もいることだし、これでしばらくは時間を稼げるでしょう。




その後、卯太郎は森のアイドル仰木高耶を連れて帰ったために、ますます村の皆に可愛がられたということです。





[終]

紅雫 著
(2000.10.24)


[あとがき]
注:土佐弁の怪しさには目を瞑ってください(汗)。

ずいぶんと前に、あかずきん様のHP開設祝に贈った小説です。
あかずきん様にイラストをつけて頂きました♪赤ずきん卯太郎も可愛いけど、耳としっぽが生えてる高耶さんもラブリー(笑)。
ところでこれ、あかずきん様に「直江けちょんですね!」と言われてしまったのですが、そうでしょうか?そのつもりは全然なかったんですけどー(笑)。

【改訂】(2003.10.20)
あかずきん様に頂いたイラストはご返却いたしました。小説のみお楽しみください。


目次


サイトに掲載されている全ての作品・画像等の著作権は、それぞれの製作者に帰属します。
転載・転写は厳禁させていただきます。
Copyright(c)2000 ITACHI MALL All rights reserved.