あなたの幸せ






 もうすぐ高耶の誕生日だ。
 毎度のことながら、直江は悩んでいた。

(今年は何をプレゼントしよう?)

 高耶を喜ばせることが自分の幸せである直江にとって、誕生日は絶対に外せないイベントだ。このとき渡すプレゼントは、クリスマスよりバレンタインより、何よりも彼を喜ばせるものでなければならないと直江は思っている。

(あまり高い物だと、かえって恐縮してしまう人だからな。かといって、あまり安物をプレゼントする気にはならないし。そもそも、あの人はあまり物に頓着しないから、どこか温泉でも連れて行ってあげたほうがいいかもしれない)

 二人っきりで温泉旅行。これはいい。第一希望にしておこう。
 すでに高耶のためというより、自分のための誕生日になっていることに直江は気づいていなかった。



 そんなある日。
 大学から帰るなり、高耶はきらきらと輝く瞳で直江を見上げた。

「なーなー、なおえぇ」
「なんですか?」
「あのさ、オレ、誕生日に欲しい物があるんだけど」
「え?」

 これは珍しい。高耶がおねだりモードになっている。
 高耶におねだりされれば地球だって買うと巷で評判(?)の男は、にこにこと目じりを下げた。

「なんですか?なんでも買ってあげますよ」

 まるで子供を誘拐する変態オヤジのようである。

「ほんとか!?」
「何が欲しいんですか?」

 ぱぁっと顔を輝かせた高耶は、嬉しそうにのたまった。

「麻雀が欲しい!」
「は…………?」

 凍りつくこと数十秒。
 直江は思わずまじまじと高耶を見つめた。

「麻雀、ですか?」
「うん!」
「……なんで、麻雀なんですか?」
「あのな、今日学校に持ってきてた奴がいて、やってみたらすっげー面白かったんだ!オレ初めてだったけど、結構勝ててさ。楽しかった♪」
「そ、そうなんですか」
「だから今度千秋とか譲とか呼んで、家でやりたいなーって。……駄目か?」

 上目遣いのうるうる目でそんなこと言われたら、直江でなくたって「駄目」とは言えないだろう。
 消えてゆく「二人きりの誕生日」に心の中で涙しつつ、直江はかろうじて笑顔を浮かべ頷いたのだった。

 かくして高耶の誕生日は、夜通しの麻雀大会に決定した。





「あ。千秋、それロン」
「なんだと!?またかよ、成田!」
「譲、すげー!」
「信じらんない。私結構強いのに、なんで勝てないの!?」

 7月22日深夜。
 直江のマンションは、招かれざる客(と直江は思っている)の喧騒に満ちていた。
 品のいい家具で統一されたリビングの中央に、どんと置かれた麻雀卓。その回りに林立する酒瓶。机の下にまで散らかるスナックの袋。そして遠慮もなく大声をあげる客(高耶の声は直江の脳には騒音と認識されない)。
 千秋と綾子が来ると分かった時点で多少は想像していたものの、あまりといえばあまりの状況に、直江は深いため息をついた。めげそうになる心をなんとか宥める。

(これは高耶さんが望んだことだ。高耶さんの幸せが俺の幸せなんだ。見ろ、あんなに楽しそうじゃないか。あの人の笑顔が見られれば、それでいいんだ、それで)

 そこに遠慮もなく声がかかる。

「ちょっと直江、お酒足んないわよ。なんか持ってきて」
「ついでにつまみもな」
「すいません、直江さん」

 一見殊勝な台詞を吐いている譲だが、直江をパシリに使うことに疑問を感じていないあたり、千秋と綾子の影響が隅々まで行き渡っているとみえる。

「俺はお前たちのパシリじゃないぞ」

 さすがにむっとして、直江は凄んだ。
 しかし、

「なおえぇ、オレ、ビール飲みたい」
「はい、今すぐに」

 かなり酔った高耶が潤んだ瞳で頼んでみれば、嬉々として腰をあげるのであった。

「直江、なんなのその態度」
「俺たちは一応客だぞ」
「しょうがないよ、だって俺たち邪魔者だもん」
「はやく大将と二人っきりになりたいってか?」
「なに言ってんのよ。私たちを呼んだのは景虎よ。ねぇ、景虎?」
「うん」

 酔っ払っている高耶は、綾子が何を言っているのかよく分からないままにっこりと頷く。綾子は勝ち誇った。

「ほらみなさい、必要ないのは直江でしょ。邪魔者はあんたのほうよ!」
「そうだよなぁ、麻雀の人数はこれで足りてるもんな」
「二人ともやめなよ。お酒運んでくれる人がいなきゃ困るだろ」

 譲もたいがい失礼だ。もしかしたら、結構酔っているのかもしれない。

「でもろくにつまみもつくれないし」
「結局酒運ぶしか能がないし」
「いちいち口答えするし」
「説教たれるし」
「オヤジだし」
「やかましい!」

 延々と自分をこき下ろす千秋と綾子に、直江はとうとうキレた。だがしかし、酔っ払いに何を言ってもムダなのである。

「うるさいのはあんたよ!」
「そーだそーだ!だいたい、いつになったら酒持って来るんだよ。トロいにも程があるぞ」
「なおえぇ、ビールぅ!」

 高耶まで一緒になって声を張り上げる。

(あいつら、いつか殺す…!)

 高耶以外の全員をこの部屋から蹴りだす想像でなんとか自分を宥めつつ、直江は密かに誓った。
 いっそのこと高耶を攫ってどこかのホテルにでも逃げ込みたいが、そんなことをすれば高耶に嫌われる。
それなら自分一人この部屋から出ればいいのだが、日付が変わる瞬間―――つまり高耶の誕生日になる瞬間―――は同じ空間にて、一番に「おめでとう」と言いたい。恋人としてはささやかすぎる願いだが、せめてそれくらいの役得がなければやってられない。

(あなたの幸せが私の幸せ、あなたの幸せが私の幸せ……)

 直江は心の中で必死に唱え続けた。
 そこではっと気づく。

(いま何時だ!?)

 慌てて台所からリビングに飛び出したその時。

「お、日付が変わったぞ」
「誕生日おめでとう、高耶」
「おめでとー、景虎ぁ!」
「ありがとう、譲、ねーさん」
「よっしゃ!今夜はオールナイトだ!覚悟しろよ、景虎」
「それはこっちの台詞だって。今度は負けねーぞ」

 じゃらじゃらじゃらじゃら

 景気のいい音を立てて、牌がまぜられる。牌をまぜる音は相当うるさい。
 だから、誰一人気づかなかった。
 「おめでとう」を言うことすら出来なくて、床に突っ伏して涙する男に。



 高耶の幸せを追求するあまり、自分の幸せを一個も得られなかった直江は、その後騒ぐだけ騒いだ客が帰るまで、寝室に篭って出てこなかったという――――。





[終]

紅雫 著
(2001.07.17)


[あとがき]
2001年高耶さんお誕生日小説でした♪
アニバーサリー恒例の直江けちょん小説ですが…。微妙に直江が不幸すぎるかも?(笑)
いやでも、それくらいで落ち込むなよって感じですよね。
「高耶さんの幸せが自分の幸せ」だと言うのなら、楽しそうな高耶さんを見られただけで満足しろ(笑)。


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