今日は久しぶりに直江と会う約束をしていた。
(どうせあの男のことだから、7時待ち合わせっていったって6時には会社をあがるだろう)
そして今はちょうど6時。
高耶は少しイライラとしながら足を組み替えた。
遠目からでも直江が営業スマイルをしているのが分かる。
高耶の眉がぴくっと跳ね上がった。 (触るんじゃねぇ、それはオレのだ!)
と思っても、決して口に出したことはない。そんなことを言えば、あの男を付け上がらせるだけだからである。
それに気づいたわけでもないだろうが、直江は何かやんわりと言って、女の手をそっとはずした。 (直江のくそバカ…っ) と強く想った途端、直江がはっとしたような顔になる。 (しまった…)
高耶は慌てて顔を逸らした。 (これはバレたな…) 高耶の予想通り、直江がこちらに注意を向けたのが分かった。 (遅いんだよ)
ほとんど隠れていたくせに、高耶は心の中で毒づく。
直江はにこやかに話しながら、内心溜息をついた。 (せっかく早く仕事を終わらせて、高耶さんに会いに行こうと思っていたのに…)
だが仕事上、むげに扱うわけにもいかない。
そう思ったとき、突然女性が直江の腕に手をかけてきた。 「橘さん、もう仕事上がりなんでしょう?私もなの。一緒に食事しません?」
期待と自信に満ちた瞳が直江を見つめている。
だが今は、そんなことはどうでも良かった。 直江はにっこりと笑うと、女性の手を外しながらやんわりと告げた。 「申し訳ありませんが、これから人と会う約束をしているのです。それにあなたも、私などと食事をしても面白くないでしょう」
言外に、今後も誘いに乗るつもりのないことを含ませる。
「その約束をしている人って、もしかして彼女でしょう?」
今度ははぐらかして笑う。
「あなたに彼女がいるってこと知ったら、きっと女性社員のほとんどが泣くでしょうね」
その時、直江は感じ慣れた思念波をキャッチした。 (高耶さん?)
驚いてあたりを見回す。 「橘さん?」 女の訝しげな声に、はっとする。 「いえ、なんでも…」
女の方を振り向こうとしたとき、ロビーの奥にいる高耶の姿が目に飛び込んできた。 直江は口元が綻びそうになるのを少し堪え、女性に向き直った。 「それでは、そろそろ失礼します」
軽く会釈し、高耶の方に向き直ったらもう後は振り返らない。
そしてあの声――――。 「高耶さん」 高耶は返事をしない。 「お待たせしてすみませんでした。いつからここにいらしてたんですか?」 高耶はそっぽを向いたままどこか拗ねたような声で呟いた。
「…5時頃」 (おまえに会いたかったから)
なんて死んでも言うものか。 「連絡をくだされば、もっと早く仕事を切り上げたんですが…」 本当にすみませんでした、と言って、いつものように穏やかに笑う。 「……」
怒っているわけではないのだが、高耶はまだ直江の顔を見ようとしない。ようするに照れくさいのだ。 (可愛い人だ…) 直江はそんな高耶の心情が手に取るように分かった。
高耶は直江の顔を見ようとしないまま立ち上がった。
「そうですね。それじゃあ何か欲しいものを買いましょうか」 たわいのない会話をしながら外に出る。 外に出た途端、冷たい風がまともに吹きつけてきた。
「さむ…っ」
ふわり、と暖かいものが高耶の肩かけられた。 「やっとこちらを向いてくれましたね、高耶さん」 その言葉にはっとしてまた顔を逸らそうとするのを、手で押さえて耳元で囁く。 「一週間ぶりなんですから、もっと良く見せて下さい。あなたの顔を」
どうしてこういうところで、そういうことを言うのか。 「馬鹿なこと言ってないで、さっさと車取って来いよ」 だがその頬がうっすらと赤く染まっていることに直江は気づいて、小さく笑って言った。 「すぐに取って来ます」 結局、高耶の心理などお見通しの直江であった。
(いいなぁ…) 高耶はゆっくりと手を伸ばすと、直江の腕に触った。 「高耶さん?」
驚いた直江が声をかけてくるが、高耶はどこかぼんやりとした表情のまま、手を滑らせて直江の筋肉をなぞっていく。
高耶はしばらく腕を触っていたが、そのうちだんだんと下に降りて、今度は手を弄び始める。 それを直江はしばらく眺めていたが、そのうちそっと高耶の手を外させ、その身を腕の中に抱き込んだ。 「一体どうしたんですか?」
高耶は腕の中で、大人しく直江の胸に顔を伏せた。 暖かい直江の腕の中で、高耶はうとうととまどろみ始めながら、そんなことを考えていた。 (でもオレまだ成長期だし…)
まだまだ頑張れば背は伸びるだろう。 (でも、絶対…)
「…絶対、直江より大きくなってやる――…」
突然呟かれた言葉に、直江は驚いて腕の中の高耶の顔を見下ろした。
なんだか今日の高耶は、ずいぶんと可愛いことをする。 それにしても、先ほどの言葉はどういう意味だろう。 ――――絶対に直江より大きくなってやる。 直江は苦笑すると一人ごちた。 「これ以上大きくなってもらっては、私が困るんですけどねぇ…」
直江にとっては今のままで充分なのであった。
[終]
紅雫 著 [あとがき] 600カウントゲッターしんえのリクエスト「かっこいい直江にぞっこんの高耶さんと、それにメロメロな直江」というコンセプトで書いてみました。 しかしこれ、本当に直江がカッコイイんだろうか。余裕シャクシャクでノロケてるだけのような気もする(爆)。 とんだ駄文ですが、相棒しんえに捧げさせていただきます。 |
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