待ちに待った声に、高耶はリビングから飛び出しそうになった。だがそんなことをすれば、あの男をつけ上がらせてしまう。 「おかえり、直江」
あくまでもそっけなく、という高耶の意地は、だが直江にはしっかり見抜かれている。 「長い間留守にしてすみませんでした」
「飯、まだなんだろ?飯にする?それとも先に風呂にする?」 まるで新妻のようなセリフにも気づいていない。 (高耶さん、可愛い) 十日ぶりの愛しい恋人の態度に、直江は抑えようとしても顔がほころんでしまう。 すぐに高耶が気づいて、怒ったように睨みつけた。
「なに、にやにやしてんだよ。気持ち悪いやつだな」 臆面もなく言ってのける直江に、高耶はつんと顔を反らす。 「ばっかじゃねえの。たかが十日じゃねえか」
自分だって長いと思ってたくせに、どこまでも天の邪鬼だ。だがほんのりと染まった頬と少し甘えたような口調が、「ホントは寂しかったんだ」と雄弁に語っていた。 「私は寂しかったですよ。早くこうしてあなたを抱きたかった…」 敏感なところに息を吹きかけるようにして夜用の声で囁かれ、高耶は首を竦めた。
「…分かったから離せよ」 いやいやと首を振りながらも、高耶の瞳はすでに潤んでいる。それを見て、直江はさらに調子に乗った。
「ご飯よりも、あなたを食べたい」
抗議の台詞が出る前に、自分の唇で塞いでしまう。濃厚なくちづけは、高耶の抵抗を難なく封じた。
「ん……っ、なお…え……!」 うっすらと微笑む男の顔も、欲情で潤んだ瞳には見えない。 「やっ、もぅ…早く!……あっ…あああっ!」 望み通り追い上げられて、高い声とともに放つ。
「本当だ、すごく濃いですね」 羞恥に頬を染めながらも、高耶は自分から直江の首に腕を回し、続きを強請った。 (よし、いける!)
直江は勝利を確信した。
「高耶さん、あなたにおみやげがあるんですよ…」
上がった息の下から、高耶はぼんやりと直江の言葉を繰り返す。すでに言葉の意味は分かっていないようだ。
「俺がいない間、ずっと我慢してるのは大変でしょう?だから、あなたのためにコレを買ってきました」
にやり、と直江が笑う。 「!!」
分かった途端、一気に思考も視界もクリアになる。 「このサイズはなかなかなくて、探すのは大変でしたよ。あなたは俺の大きさで慣れてるから、小さいのじゃ物足りないでしょう?この色もね、あなたに一番映える色にしたんですよ。あなたの恥かしいところと同じ色です」
どうやらこの男、高耶と十日も離れていたせいで、すっかり壊れてしまったらしい。 「これで私がいなくても、退屈しないですみますよ。ああ、もちろん一人じゃ寂しいでしょうから、電話で一緒に、ね?」 高耶はすでに完全に理性を取り戻していた。頬に冷たい微笑みを浮かべ、全身に力を漲らせる。 「…………そうかそうか、そいつは余計な気遣いをどうもありがとよ」
言い終えると同時に、直江めがけて力を解放した。 「た、高耶さんっ!?」
驚いて床に転がった直江を、立ち上った高耶は冷たく見据える。それは久しく見なかった、景虎の視線だった。 「ちょっと、やめてください、高耶さん!」
直江は必死で自由を取り戻そうともがくが、景虎の力が直江に外せるわけもない。
どかっ 直江はごみのようにマンションの廊下に蹴り出された。 「あいにくだが、オレはそんなもん欲しくもなんともねぇんだよ。そんなにやりたきゃ、てめぇ一人で遊んでな」 無様に転がった直江に、きつい一言を投げつけると、高耶はドアを勢いよく閉めた。すぐにガチャガチャと鍵を閉める音が聞こえる。 「そんな!高耶さんっ、開けてください!」 ようやく力を解いた直江は、慌ててドアに縋って哀願する。 「私にコレを使って一人でやれって言うんですか?無茶言わないでくださいよ!」 …………腐った思考は廊下に出たくらいじゃ納まらないらしい。 ぶちぶちぶちっ 今度こそ自分の血管が切れた音を聞いた高耶は、ドア越しに怒鳴った。 「一晩そこで頭冷やしやがれ、この駄犬!」
(やっぱ躾し直さなきゃ駄目かな…) 廊下では、まだ直江が片手に大人のおもちゃを握り締めたまま、ドアを必死で叩いていた。 「高耶さぁん、開けてくださいよぉ。もうしませんから〜」 とりあえず、この駄犬が当分お預けを食らうことは間違いなさそうであった。
[終]
紅雫 著 [あとがき] 22222カウントゲッターのかしこ様のリクエストで、「直江いじめギャグ」小説です。 すっかり直江けちょんが板についてしまったようですね、私(笑)。 しかしこの直江の壊れっぷり…書いた私が壊れてたんだろうな。高耶さんの景虎様化も凄まじい。ちなみに題名の意味は「駄犬」。……まんまですな(笑)。 お届けするのがずいぶん遅くなって、かしこ様には本当に申し訳ございませんでしたと平謝りした作品です(汗)。 かしこ様、22222カウントゲットありがとうございました♪ |
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