A Mongrel






「ただいま帰りました」

待ちに待った声に、高耶はリビングから飛び出しそうになった。だがそんなことをすれば、あの男をつけ上がらせてしまう。
逸る心を抑え、高耶はことさらにゆっくりと玄関へ向かった。

「おかえり、直江」

あくまでもそっけなく、という高耶の意地は、だが直江にはしっかり見抜かれている。
そもそも玄関まで出迎えてくれることなんて滅多になかったのだから、高耶がいかに自分を待っていたか、これでわかるというものだ。
しかしそこは大人の男。
ここで下手ににやついたりすれば、愛しい人がへそを曲げてしまうのは目に見えている。
しっかり自分の心を隠して、誠実そうに微笑んだ。

「長い間留守にしてすみませんでした」



直江が宇都宮の実家から緊急呼び出しを受けたのは、十日前のことである。彼岸の法事ラッシュの真っ最中に、次兄が風邪でぶっ倒れたのだ。高齢の父ひとりですべてこなせるはずもない。かくして、「東京に出ていったい何してるわけ?遊んでるんじゃないの?」という疑いを常々持たれている三男坊に、白羽の矢が立ったのである。
十日は長い。そんなにも長い間高耶と離れ離れになるのはいやだと、直江はさんざん駄々をこねた。しかし高耶の冷たい一瞥と「いい加減にしろ」の一声で、泣く泣く宇都宮へと向かったのだった。
だが高耶自身、思いもしなかったのだ。直江のいない時間が、こんなにも長く感じるとは。
毎日モーニングコール、昼の定期連絡、就寝前の長電話が欠かされる事はなかった。それでも声を聞けば聞くほど寂しさが募って、高耶は直江が帰ってくる日を指折り数えていた。
そんなわけだから、どんなに隠そうとしても無意識の内に高耶は浮かれていた。

「飯、まだなんだろ?飯にする?それとも先に風呂にする?」

まるで新妻のようなセリフにも気づいていない。

(高耶さん、可愛い)

十日ぶりの愛しい恋人の態度に、直江は抑えようとしても顔がほころんでしまう。 すぐに高耶が気づいて、怒ったように睨みつけた。

「なに、にやにやしてんだよ。気持ち悪いやつだな」
「あなたに会えて嬉しいんですよ」

臆面もなく言ってのける直江に、高耶はつんと顔を反らす。

「ばっかじゃねえの。たかが十日じゃねえか」

自分だって長いと思ってたくせに、どこまでも天の邪鬼だ。だがほんのりと染まった頬と少し甘えたような口調が、「ホントは寂しかったんだ」と雄弁に語っていた。
これで直江が調子に乗らないはずがない。
直江は高耶の腰を引き寄せ、抱きかかえるようにしてソファに座った。当然高耶はじたばたと暴れて抵抗した。それを耳元で低く囁くことで封じる。

「私は寂しかったですよ。早くこうしてあなたを抱きたかった…」

敏感なところに息を吹きかけるようにして夜用の声で囁かれ、高耶は首を竦めた。

「…分かったから離せよ」
「嫌です。十日ぶりにあなたに触れられたのに」
「飯が冷めちまうだろ」

いやいやと首を振りながらも、高耶の瞳はすでに潤んでいる。それを見て、直江はさらに調子に乗った。

「ご飯よりも、あなたを食べたい」
「な……っ!」

抗議の台詞が出る前に、自分の唇で塞いでしまう。濃厚なくちづけは、高耶の抵抗を難なく封じた。
すっかり脱力した高耶の身体を、ゆっくりとソファに横たわらせる。愛撫が下半身におよんだ頃には、すでに高耶はとろとろに蕩けていた。ここがリビングだということも、夕食前だということも、頭から消し飛んでいるのだろう。
早くも最初の絶頂が近づき、高耶は白い蜜にまみれた自身を直江の手に押し付けた。

「ん……っ、なお…え……!」
「もう、ですか?こんなに感じやすくて、俺がいない間はどうしてたの?」
「…んな、してな……っ」
「してなかったの?全然?」

うっすらと微笑む男の顔も、欲情で潤んだ瞳には見えない。

「やっ、もぅ…早く!……あっ…あああっ!」

望み通り追い上げられて、高い声とともに放つ。

「本当だ、すごく濃いですね」
「……なおえ……」

羞恥に頬を染めながらも、高耶は自分から直江の首に腕を回し、続きを強請った。

(よし、いける!)

直江は勝利を確信した。
再び追いつめるような愛撫を始める。

「高耶さん、あなたにおみやげがあるんですよ…」
「おみやげ……?」

上がった息の下から、高耶はぼんやりと直江の言葉を繰り返す。すでに言葉の意味は分かっていないようだ。
直江は愛撫の手を休めずに、近くに放ってあった鞄から片手でソレを取り出した。ぼんやりとした高耶の目には、ソレがなにかすぐには分からなかった。

「俺がいない間、ずっと我慢してるのは大変でしょう?だから、あなたのためにコレを買ってきました」
「な…に…?」
「使い方は今教えてあげますよ…」

にやり、と直江が笑う。
目の前にそれをかざされて、ようやく高耶はソレの正体に気づいた。

「!!」

分かった途端、一気に思考も視界もクリアになる。
ソレは、どぎついピンク色をした、凶悪なサイズの"大人のおもちゃ"だった。

「このサイズはなかなかなくて、探すのは大変でしたよ。あなたは俺の大きさで慣れてるから、小さいのじゃ物足りないでしょう?この色もね、あなたに一番映える色にしたんですよ。あなたの恥かしいところと同じ色です」

どうやらこの男、高耶と十日も離れていたせいで、すっかり壊れてしまったらしい。
喋れば喋るほど、目の前の高耶が冷たい瞳になっていくのに気づかずに、陶酔したように語っている。おそらく実際に脳みそはイッちゃってるのだろう。
最後に直江はにっこり笑ってほざいた。

「これで私がいなくても、退屈しないですみますよ。ああ、もちろん一人じゃ寂しいでしょうから、電話で一緒に、ね?」

高耶はすでに完全に理性を取り戻していた。頬に冷たい微笑みを浮かべ、全身に力を漲らせる。

「…………そうかそうか、そいつは余計な気遣いをどうもありがとよ」

言い終えると同時に、直江めがけて力を解放した。
ばちばちと鋭い火花が散って、直江の全身を見えない何かが縛める。

「た、高耶さんっ!?」

驚いて床に転がった直江を、立ち上った高耶は冷たく見据える。それは久しく見なかった、景虎の視線だった。
高耶は乱れた服を整えると、直江の襟首を掴み引きずって歩き出した。

「ちょっと、やめてください、高耶さん!」

直江は必死で自由を取り戻そうともがくが、景虎の力が直江に外せるわけもない。
そうこうするうちに玄関に辿り着く。

どかっ
ごろごろごろ…

直江はごみのようにマンションの廊下に蹴り出された。

「あいにくだが、オレはそんなもん欲しくもなんともねぇんだよ。そんなにやりたきゃ、てめぇ一人で遊んでな」

無様に転がった直江に、きつい一言を投げつけると、高耶はドアを勢いよく閉めた。すぐにガチャガチャと鍵を閉める音が聞こえる。

「そんな!高耶さんっ、開けてください!」

ようやく力を解いた直江は、慌ててドアに縋って哀願する。

「私にコレを使って一人でやれって言うんですか?無茶言わないでくださいよ!」

…………腐った思考は廊下に出たくらいじゃ納まらないらしい。

ぶちぶちぶちっ

今度こそ自分の血管が切れた音を聞いた高耶は、ドア越しに怒鳴った。

「一晩そこで頭冷やしやがれ、この駄犬!」



キングサイズのベッドで11日目の一人寝を味わいながら、高耶は考えた。

(やっぱ躾し直さなきゃ駄目かな…)

廊下では、まだ直江が片手に大人のおもちゃを握り締めたまま、ドアを必死で叩いていた。

「高耶さぁん、開けてくださいよぉ。もうしませんから〜」

とりあえず、この駄犬が当分お預けを食らうことは間違いなさそうであった。





[終]

紅雫 著
(2001.01.02)


[あとがき]
22222カウントゲッターのかしこ様のリクエストで、「直江いじめギャグ」小説です。
すっかり直江けちょんが板についてしまったようですね、私(笑)。
しかしこの直江の壊れっぷり…書いた私が壊れてたんだろうな。高耶さんの景虎様化も凄まじい。ちなみに題名の意味は「駄犬」。……まんまですな(笑)。
お届けするのがずいぶん遅くなって、かしこ様には本当に申し訳ございませんでしたと平謝りした作品です(汗)。
かしこ様、22222カウントゲットありがとうございました♪


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