Bitter Sweet Valentine






2月14日は、言わずと知れたバレンタインデーである。
この日、日本では聖バレンタインもびっくりのチョコレート合戦が繰り広げられる。
それはここ、松本の城北高校も例外ではなかった――――。



「千秋くん、はいこれ」
「お、嬉しいねぇ♪ありがたく頂きます」

今は昼休み。
千秋修平の周りには、すでに女生徒が何人か群がっていた。
それを遠目に見て、矢崎は成田譲に向かってぼやいた。

「なぁんであいつばっかり、あんなにモテるんだかなぁ」
「うーん、顔がいいからじゃない?」

譲は苦笑して答えた。
かくいう譲も、部活の後輩からいくつかチョコを貰っている。

「俺なんか、マネージャーから全員に配られた義理チョコだけだぞ」

不満を顔いっぱいに表して愚痴る矢崎の元に、女生徒達の輪から抜け出した千秋がやってきた。

「よぉ、1個くらい分けてやろうか?」
「いらねーよっ」
「まあそう言わずに。俺1人じゃ全部食べきれねぇからさ」
「嫌みな奴だなぁ」

だがその千秋の言葉に嘘はない。
千秋の机の上には、すでに大きな紙袋1つ分のチョコが積みあがっているのだ。
顔がいい、スタイルがいい、背も高い、頭もいい、ついでに女に優しいとくれば、確かにモテるのは当然なのだろう。しかし、同性の男子生徒からすれば、この日はとてつもなく鬱陶しい存在だった。

嫌そうに顔を逸らした矢崎から、千秋は譲へと関心を移す。

「そういや仰木は?」
「まだ来てないよ。昨日の夜もいなかったから、また行ってるんじゃないの?」

譲はどこへ行ったのか、ということは言わない。それは一般人の中で言うことではないからだ。
だが、千秋は首を傾げた。

「別にそういうことは聞いてないけどな」

てっきり調伏旅行だと思っていた譲は、同じく首を傾げた。

「じゃあ、どこ行ったんだろう」


「誰がどこに行ったって?」

突然後ろからよく通る声がした。

「高耶!ずいぶん遅かったじゃないか」

その台詞に、千秋は
(まるで世話女房だな)
とこっそり苦笑する。
振り返った譲が軽く睨むと、高耶は少しふてくされたような顔をした。

「昨日夜遅かったから、寝坊しちまったんだよ」
「そうそう、その話をしてたんだよ。昨日どこに行ってたの?」
「……」

高耶はしまった、という顔をして黙り込んだ。その顔がうっすら赤くなっているのを見て、全てを察した千秋はにんまりと笑った。

「…旦那は元気だったようだな」

元気だったか、と聞かず、確信したような千秋の口調と、その言葉で赤くなった高耶の顔を見て、譲も分かったらしい。

「ああ、なんだ。そういうことか」
「…何がそういうことなんだよ」
「別にぃ」

これですっかり不機嫌になった高耶は、乱暴に自分の席に鞄を投げ出した。その拍子に机が傾いて、高耶の机の中から可愛い包みがいくつか零れ落ちた。

「何だこれ」

入れた覚えのないものが出てきて、高耶が困惑した声を出すと、譲は呆れたような顔をした。

「今日はバレンタインだろ。毎年美弥ちゃんに貰ってるくせに、忘れたの?」

そういえば、今日は美弥が朝からなにやらごそごそとやっていた。
また手作りチョコを渡されるのだろうか。

(そうか、昨日直江に呼び出されたのもそれか…。チョコ貰ったわけじゃなかったからわかんなかったな)

甘いものが苦手な高耶の思考がそれかけた時、矢崎の絶望したようなうめきが聞こえた。

「なんだよ、仰木もこんなにチョコ貰えんのかぁ?」
「なんだ、知らなかったんだ。高耶って結構モテるんだよ」
「へえぇ、そいつあ意外だな。こんなお子様がいいっていう女もいるのか」

明らかに馬鹿にしたような千秋の態度に、高耶がすぐさま反応する。

「誰がお子様だって?」
「てめぇだ、てめぇ。わかんないなら鏡でも見る?」
「…オレがお子様なら、てめぇは座敷童だろうがっ」
「俺様のどこが座敷童に見えるってんだよ」
「座敷童が嫌なら幽霊がいいか?」
「―――二人とも、いい加減にしなよ」

譲の少し怒った声で、二人はようやく低次元な争いを止めた。
譲を怒らせると、後が大変なのである。
こういう時は協調性のある千秋と高耶だった。

「千秋は高耶がモテるのが悔しいだけだろ」

譲の恐ろしい勘違いに、千秋は頭を抱えたくなる。

(可愛い顔して、突然何を言い出すんだか)

気を取り直して話題を変える。

「まあほら、こいつは女にモテなくても男にモッテモテだからさ」
「てめぇ、千秋!」
「いい加減にしろってば!」


そんな3人の様子を伺っている女生徒がいた。

「あ〜ん、もう!仰木くんまで来ちゃったぁ」

森野沙織である。

「早く渡さないからだよ。放課後にしたら?」
「う〜ん、そうしようかなぁ…」

だがそんな沙織の耳に、無邪気な譲の声が突き刺ささった。

「今日高耶の家行ってもいい?久しぶりに部活休みだし」

(もぉ、成田くんのいじわる〜!)

そんな沙織の姿を、友人は呆れた顔で眺め、溜息をつくのだった。



放課後、どこか浮き立った空気の中、重たい紙袋を引っさげて千秋は帰途につこうとした。
そのとき、校門のところに見覚えのある顔が見えた。

「あれ?美弥ちゃん、どうしたんだ?」
「あ、千秋さん!」

美弥は嬉しそうに微笑んだ。

「今日はバレンタインデーでしょ?だから成田さんと千秋さんにチョコを持ってきたんです」

そういうと、ごそごそと鞄の中から可愛くラッピングされた包みを取り出した。
千秋は感心したように腕を組んだ。

「俺にもくれるの?嬉しいなぁ。とてもあの仰木の妹とは思えないね」

だがすぐ後ろに来ていた高耶に蹴りを入れられる。

「馬鹿なこといってんじゃねぇよ。てめぇ、食べなかったら承知しねぇからな」
「可愛い美弥ちゃんから貰ったチョコを、食べないわけねぇだろうが」

(まったく、相変わらずシスコンだな)

内心の呟きは声には出さない。
その間に、美弥は譲にもチョコを渡していた。

「毎年ありがとう、美弥ちゃん」
「ううん、あげたいからあげてるんだもん。あ、ほら、お兄ちゃんにも」
「なんだ、家に帰ってからでいいのに」
「外で渡すほうが、なんだか感じがでるでしょ?さ、お夕飯買って帰ろ。あ、成田さんも一緒に食べませんか?」
「うん、じゃあお邪魔しようかな」
「わぁい!今日はお鍋にしようね!」

まるで平和な家族そのものの光景に、千秋はどこか穏やかな気持ちになる。
実際のところ、30年前のあの頃には、景虎が再びこんな穏やかな時間を過ごせるようになるとは思いもしなった。

「…なんだよ、なに笑ってんだよ。千秋」

思わず微笑んでしまっていたらしい。
気づいた高耶が声をかけてくる。
千秋はいつもの飄々とした表情に戻ると、くるりと踵を返した。

「べっつにぃ。そんじゃ、俺は帰るわ。美弥ちゃん、チョコありがとね〜」
「千秋さんは、一緒にご飯食べないんですか?」

美弥が残念そうに言うのに、千秋は重たい紙袋を掲げてみせた。

「今日はチョコで腹いっぱい。また今度誘って」

ばいば〜い、と手を振って、千秋は1人帰っていった。



実際、このチョコの山は困り者である。
1人で食べきれるわけもない。あっさりそう判断した千秋は、いったんアパートに帰ってラッピングを全部取ると、再び紙袋に詰めて外に出た。

近所の小学生がサッカーをやっている空き地まで行くと、大声で子供を呼び集める。

「あ、千秋兄ちゃんだ!」
「どうしたの?」

千秋は結構子供受けがいい。面倒見がいいせいもあるが、やはり同性としてカッコイイ男というのは、憧れるのだろう。

「おう、今日はチョコの差し入れだ」
『わぁい!!』

子供というのは甘いものが好きである。この人数で割れば、あのチョコの山も一瞬でさばけるというものだった。
貰ったチョコをあっさり子供たちに与えると、千秋は再びアパートに帰る。

あの中には本命のチョコもあっただろう。
しかし千秋にとって、それはどうでもいいことだった。
どうせ、この地にいるのはそう長いことではない。あの学校も正式に入ったわけではなく、催眠暗示を使って入り込んでいるだけだ。
いずれここを出て行くことになったら忘れられてしまう存在として、少女達の本気は少し鬱陶しいものでもあった。

(女の子は可愛いから好きなんだけどな)

それでも本気で付き合うことはできない。それは400年生きてきて、自然と身についた心の防御方法かもしれなかった。



アパートの前に見たことのある影が見え、千秋は警戒して立ち止まった。
それは滅多に来ないが、会いたくもない相手だった。

「高坂…」
「久しぶりだな、安田」
「何の用だよ」
「そう警戒するな。今日は土産を持って来たのだ」
「みやげぇ〜?」

心の底から胡散臭そうな声を出して、千秋は高坂を睨みつけた。

「そうだ。いないものだと思ったから、ドアの前に置いておいてやったぞ。ありがたく受け取るがいい」

(いらねぇよ。おまえが持ってきたものなんか)
と千秋は言いたかったが、あとが恐いので止めておいた。

高坂は何も言わない千秋を満足そうに眺め、
「ではな」
と言ってあっさり帰っていった。


そして千秋の前には、高坂が残したラッピングされた包みが残されたのである。

(これはどう見ても…)

バレンタインのチョコだろう。
だがあの高坂が、なぜバレンタインでしかも自分にチョコを持ってくるのか。
はっきり言って、今までで一番不可解な行動である。
だがいつまでもチョコを眺めていても仕方がなかった。
千秋は毒入りじゃないだろうな、と思いつつ、中身を取り出してみる。

(やっぱチョコだよな〜…)

それでもまだ警戒して、包丁でそのチョコを割ってみる。
途端出てきたものに、千秋は深い溜息をついた。

「や〜っぱりなぁ。こんなことだと思ったぜ」

チョコの中にはカラスの羽と、小さく折りたたまれた紙が入っていたのである。
チョコまみれのその紙を広げてみると、

『愚か者め』

高坂の嘲笑が聞こえたような気がした。
かぶりつかなかったことに安堵しつつ、溜息を禁じ得ない。

「…このチョコってやっぱ手作りだよな…」

千秋は、よほど暇だったのだろうと思ってやることにした。
そして放り出してあった鞄を引き寄せ、途中買ってあった雑誌を取り出そうとする。
すると、雑誌より先にラッピングされた包みが出てきた。
どうやら鞄の方に入れたため配り忘れていたらしいそれは、美弥から受け取ったものだった。

(めんどくさい…)

あっさり捨てようとしたが、高耶の怒った顔が頭に浮かぶ。

――――食べなかったら承知しねぇからな!

別に味を聞かれることもないだろうが…。

(ま、景虎の妹の手作りなんて、そうそう食えねぇしな。1つも食わないってのも…)

なんだか言い訳じみたことを考えてる自覚はあった。
バレンタインデーのせいで、どうやら自分も甘くなってしまったらしい。
千秋は苦笑すると、1つだけ残ったそのチョコを食べることにしたのだった。






<おまけ>

ピンポーン♪

直江のマンションのチャイムが鳴り響いた。
それは不幸の幕開け――――。

「宅配便です」
「ご苦労様です」

人が1人入れそうなほど大きいわりには、やたら軽いそのダンボールを受け取った直江は、その送り主が高坂であることに気づいた。

(高坂…?)

開けたくない。はっきり言って、これはこのまま捨てたかった。
だが燃えるゴミかどうかも分からないし、粗大ゴミは来週だ。
とりあえず、直江はリビングに放置して仕事に戻ることにした。

その5分後のこと。

ばぼ〜ん!

リビングから、何かが破裂したような音が書斎にまで響いた。

(なんだ!?)

直江は慌ててリビングに駆け込むが、あまりの光景にそこで立ち尽くしてしまう。

「なんだこれはぁ―――!!」

そこにあったはずの巨大なダンボールは消え失せていた。
かわりにあったのは、リビングの床に散らばったダンボールの破片と、同じように床を覆い、さらに今もひらひらと舞い降り続けている、無数のカラスの羽であった…。


後日その話を聞いた千秋は、
(やっぱり直江が本命か…)
と心の底から安堵したのだった。





[終]

紅雫 著
(2000.02.09)


[あとがき]
カウントゲッター果菜様のリクエスト「イケててモテモテの千秋バレンタインバージョン高坂付き(笑)」というコンセプトで書いてみました。
…が、もう何を書きたかったのか全然分かりませんね(爆)。最初は千秋・譲・高耶の3人が同じくらいでばってるし、最後は高坂と直江に千秋が消されかかってしまったような気がする…(涙)。
でも「高坂出すならやっぱり直江も出さないとねっ」という私の中の悪魔の声に逆らえなかったのです。直江ファンの皆様、またまたごめんなさいでした。
こんな駄文でよかったら、果菜様に捧げさせていただきます。666HIT、本当にありがとうございました。


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