今は昼休み。
「なぁんであいつばっかり、あんなにモテるんだかなぁ」
譲は苦笑して答えた。 「俺なんか、マネージャーから全員に配られた義理チョコだけだぞ」 不満を顔いっぱいに表して愚痴る矢崎の元に、女生徒達の輪から抜け出した千秋がやってきた。
「よぉ、1個くらい分けてやろうか?」
だがその千秋の言葉に嘘はない。 嫌そうに顔を逸らした矢崎から、千秋は譲へと関心を移す。
「そういや仰木は?」
譲はどこへ行ったのか、ということは言わない。それは一般人の中で言うことではないからだ。 「別にそういうことは聞いてないけどな」 てっきり調伏旅行だと思っていた譲は、同じく首を傾げた。 「じゃあ、どこ行ったんだろう」
突然後ろからよく通る声がした。 「高耶!ずいぶん遅かったじゃないか」
その台詞に、千秋は
「昨日夜遅かったから、寝坊しちまったんだよ」 高耶はしまった、という顔をして黙り込んだ。その顔がうっすら赤くなっているのを見て、全てを察した千秋はにんまりと笑った。 「…旦那は元気だったようだな」 元気だったか、と聞かず、確信したような千秋の口調と、その言葉で赤くなった高耶の顔を見て、譲も分かったらしい。
「ああ、なんだ。そういうことか」 これですっかり不機嫌になった高耶は、乱暴に自分の席に鞄を投げ出した。その拍子に机が傾いて、高耶の机の中から可愛い包みがいくつか零れ落ちた。 「何だこれ」 入れた覚えのないものが出てきて、高耶が困惑した声を出すと、譲は呆れたような顔をした。 「今日はバレンタインだろ。毎年美弥ちゃんに貰ってるくせに、忘れたの?」
そういえば、今日は美弥が朝からなにやらごそごそとやっていた。 (そうか、昨日直江に呼び出されたのもそれか…。チョコ貰ったわけじゃなかったからわかんなかったな) 甘いものが苦手な高耶の思考がそれかけた時、矢崎の絶望したようなうめきが聞こえた。
「なんだよ、仰木もこんなにチョコ貰えんのかぁ?」 明らかに馬鹿にしたような千秋の態度に、高耶がすぐさま反応する。
「誰がお子様だって?」
譲の少し怒った声で、二人はようやく低次元な争いを止めた。 「千秋は高耶がモテるのが悔しいだけだろ」 譲の恐ろしい勘違いに、千秋は頭を抱えたくなる。 (可愛い顔して、突然何を言い出すんだか) 気を取り直して話題を変える。
「まあほら、こいつは女にモテなくても男にモッテモテだからさ」
「あ〜ん、もう!仰木くんまで来ちゃったぁ」 森野沙織である。
「早く渡さないからだよ。放課後にしたら?」 だがそんな沙織の耳に、無邪気な譲の声が突き刺ささった。 「今日高耶の家行ってもいい?久しぶりに部活休みだし」 (もぉ、成田くんのいじわる〜!) そんな沙織の姿を、友人は呆れた顔で眺め、溜息をつくのだった。
「あれ?美弥ちゃん、どうしたんだ?」 美弥は嬉しそうに微笑んだ。 「今日はバレンタインデーでしょ?だから成田さんと千秋さんにチョコを持ってきたんです」
そういうと、ごそごそと鞄の中から可愛くラッピングされた包みを取り出した。
「俺にもくれるの?嬉しいなぁ。とてもあの仰木の妹とは思えないね」 だがすぐ後ろに来ていた高耶に蹴りを入れられる。
「馬鹿なこといってんじゃねぇよ。てめぇ、食べなかったら承知しねぇからな」 (まったく、相変わらずシスコンだな)
内心の呟きは声には出さない。
「毎年ありがとう、美弥ちゃん」
まるで平和な家族そのものの光景に、千秋はどこか穏やかな気持ちになる。 「…なんだよ、なに笑ってんだよ。千秋」
思わず微笑んでしまっていたらしい。
「べっつにぃ。そんじゃ、俺は帰るわ。美弥ちゃん、チョコありがとね〜」 美弥が残念そうに言うのに、千秋は重たい紙袋を掲げてみせた。 「今日はチョコで腹いっぱい。また今度誘って」 ばいば〜い、と手を振って、千秋は1人帰っていった。
近所の小学生がサッカーをやっている空き地まで行くと、大声で子供を呼び集める。
「あ、千秋兄ちゃんだ!」 千秋は結構子供受けがいい。面倒見がいいせいもあるが、やはり同性としてカッコイイ男というのは、憧れるのだろう。
「おう、今日はチョコの差し入れだ」
子供というのは甘いものが好きである。この人数で割れば、あのチョコの山も一瞬でさばけるというものだった。
あの中には本命のチョコもあっただろう。 (女の子は可愛いから好きなんだけどな) それでも本気で付き合うことはできない。それは400年生きてきて、自然と身についた心の防御方法かもしれなかった。
「高坂…」 心の底から胡散臭そうな声を出して、千秋は高坂を睨みつけた。 「そうだ。いないものだと思ったから、ドアの前に置いておいてやったぞ。ありがたく受け取るがいい」
(いらねぇよ。おまえが持ってきたものなんか)
高坂は何も言わない千秋を満足そうに眺め、
(これはどう見ても…)
バレンタインのチョコだろう。 (やっぱチョコだよな〜…)
それでもまだ警戒して、包丁でそのチョコを割ってみる。 「や〜っぱりなぁ。こんなことだと思ったぜ」
チョコの中にはカラスの羽と、小さく折りたたまれた紙が入っていたのである。 『愚か者め』
高坂の嘲笑が聞こえたような気がした。 「…このチョコってやっぱ手作りだよな…」
千秋は、よほど暇だったのだろうと思ってやることにした。 (めんどくさい…) あっさり捨てようとしたが、高耶の怒った顔が頭に浮かぶ。 ――――食べなかったら承知しねぇからな! 別に味を聞かれることもないだろうが…。 (ま、景虎の妹の手作りなんて、そうそう食えねぇしな。1つも食わないってのも…)
なんだか言い訳じみたことを考えてる自覚はあった。
ピンポーン♪
直江のマンションのチャイムが鳴り響いた。
「宅配便です」 人が1人入れそうなほど大きいわりには、やたら軽いそのダンボールを受け取った直江は、その送り主が高坂であることに気づいた。 (高坂…?)
開けたくない。はっきり言って、これはこのまま捨てたかった。 その5分後のこと。 ばぼ〜ん! リビングから、何かが破裂したような音が書斎にまで響いた。 (なんだ!?) 直江は慌ててリビングに駆け込むが、あまりの光景にそこで立ち尽くしてしまう。 「なんだこれはぁ―――!!」
そこにあったはずの巨大なダンボールは消え失せていた。
[終]
紅雫 著 [あとがき] カウントゲッター果菜様のリクエスト「イケててモテモテの千秋バレンタインバージョン高坂付き(笑)」というコンセプトで書いてみました。 …が、もう何を書きたかったのか全然分かりませんね(爆)。最初は千秋・譲・高耶の3人が同じくらいでばってるし、最後は高坂と直江に千秋が消されかかってしまったような気がする…(涙)。 でも「高坂出すならやっぱり直江も出さないとねっ」という私の中の悪魔の声に逆らえなかったのです。直江ファンの皆様、またまたごめんなさいでした。 こんな駄文でよかったら、果菜様に捧げさせていただきます。666HIT、本当にありがとうございました。 |
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