ほっとみるく






「…何をしているんです、高耶さん」

リビングのドアを開けた途端、直江は呆れて溜息をついた。

「何ってテレビ見てるんだよ」
「普段はろくに見ないくせに、風邪をひいたときだけ見たがるんですね、あなたは」

直江の皮肉に、高耶は思い切りむっとした顔をする。

「もう熱は下がった」
「まだ37度はあるでしょう」
「…ほとんど下がってるじゃないか」

拗ねたように唇を尖らす高耶に、直江は苦笑を漏らした。


高耶が風邪をひいたのは、5日も前のことである。
特に身体が弱いわけでもないのに、雨に濡れたり風邪が流行ったりすると必ずといっていい程熱を出すのは、普段自分の身体を労らないからだろう。
今回もずいぶんと長引いて、昨日ようやく37度まで熱が下がったのだった。

だが、熱が下がって起きられるようになると、病人というのはじっとしていたくなくなるものだ。
ただでさえ、普段は家事をやったりバイトに行ったりで忙しくしていた高耶は、大人しく布団の中にいることが耐えられなかった。
それでも家事なんてしたらまた熱が上がりそうなので、こうして大人しくテレビを見ていたのだが――――。

「分かりました。テレビを見るのは構いませんから、もっと暖かい格好をしてください」
「別に寒くない」
「寒いとか寒くないとか、そういう問題じゃないんですよ」

(本当に、人の身体のことはうるさいくらいなのに、自分には無頓着なんだからな)

高耶はソファに座り込んだまま動きそうもない。
直江は諦めたように溜息をつき、高耶の風邪を悪化させないためのアイテムを用意することにした。



数分後、毛布でくるまれた高耶は、暖かいホットミルクを直江から嬉しそうに受け取った。

「ホットミルクなんて久しぶりだな」
「甘すぎませんか?」
「…うん、大丈夫。ちょうどいい」

ほんのり甘いホットミルクを一口すすって、高耶は微笑んだ。
直江は安心したように笑うと、高耶の隣に腰掛ける。

「もう仕事終わったのか?」
「ええ、一段落つきました」
「そっか」

どこか高耶は嬉しそうだ。
本当は、高耶はテレビなど見たくなかった。ただ直江が忙しくて、側にいてくれないのが寂しかったから、わざと音を大きくして直江をリビングに呼んだのだ。
病気のときくらい、側にいて欲しかった。
それが甘えだということも、よく分かっていたけれど。
もちろんそんなことは口にも出さないしそぶりも見せないが、直江にはしっかり分かっているのだった。

「私が側にいなくて寂しかった?高耶さん」
「…別に」
「私は苛々していましたよ。あなたが病気なのに、急ぎの仕事があったりするものだから、あなたの側にいられなかった」

そう言って、高耶の髪を優しく梳く。
高耶はそれを気持ち良さそうに受けながら、もう一口ミルクを飲む。

「仕事が切羽詰まってたのは、オレの熱が高いときにずっと側にいたからだろ。今はもう熱下がったんだから、側にいなくたって平気だ」

突き放したような言い方なのに、口調は甘い。
ホットミルクの甘さがうつったのかもしれなかった。
直江は高耶の肩を毛布越しに抱き寄せた。

「まだ熱は下がってないでしょう?仕事も終わったことだし、これからはずっと側にいますよ」

それに、と付け加えて笑う。

「あなたがよくても、私が側にいられないのが嫌なんです」

高耶も目を合わせて、小さく笑う。
そのまま軽く唇を合わせ、額に、頬に、髪に降り注ぐキスを笑いながら受け止めた。


冬の寒さも入り込めない、暖かい時間。
テレビも消して、高耶は直江に寄り添ったまま、ホットミルクよりも甘い直江の口づけを受ける。


そうしてしばらくは直江にされるがままになっていたが、ふと直江の身体を押しのけようとした。

「どうしたんですか?高耶さん」
「…どうしたもこうしたもあるか。この手はなんなんだよ」

直江の悪戯な手は、何時の間にか毛布の中に滑り込んで、高耶の腰にしっかりとまわっていた。
はずそうと身動きする高耶をしっかり押さえて、直江は悪戯っぽく笑う。

「そんなに暴れたら零してしまいますよ」
「ならこの手どけろ」
「嫌です」

直江は高耶の手から半ばまで減ったホットミルクを取り上げ、テーブルに置く。

「返せ!」

高耶が睨みつけると、直江は何を思いついたのか目を光らせた。

「おや、そんなに飲みたいんですか?じゃあ私が飲ませてあげますよ」

言った途端、ホットミルクを口に含んで、高耶に口づける。
ミルクをすべて移し終えると、そのまま深く高耶の口腔を舌でなぞった。

「んんっ…ん…」

最初は暴れて抵抗した高耶も、そのうちうっとりと直江の口づけを受けるようになる。
ようやく直江がそっと口を離したとき、高耶の身体はすでにとろけかかっていた。
それでも最後の抵抗とばかりに、赤い顔のまま憎まれ口を叩く。

「病人に欲情すんのか」
「病人に欲情したんじゃなくて、あなたに欲情したんですよ。それにあなたはもう病人じゃないでしょう?熱は下がったと言ったのはあなたですよ」
「…都合よく解釈しやがって、そんなに溜まってるのかよ」
「何をいまさら。私はいつでもあなたに欲情してるじゃないですか」
「……この変態っ」
「…そんな悪いことを言う口は、塞いでしまいましょうね」

そのまま再び深く口づけられ、なし崩しに押し倒される。

「風邪が悪化したらおまえのせいだからなっ」

最後の脅しも直江には効かない。

「悪化したら、また付きっきりで看病してあげますよ」

熱い身体を抱き上げ、ベッドルームへ向かう。
高耶はもはや何を言う気力もなくなり、直江の腕の中で小さく溜息をついた。

(こんなことになるなら、大人しく寝てるんだった…)


後悔先に立たず。
リビングには冷めかけたホットミルクだけが残されたのだった。





[終]

紅雫 著
(2000.02.11)


[あとがき]
まいこ様のリクエスト「甘々で幸せな直高」というコンセプトで書いてみました。
短い作品ですが、我ながらこれ以上はないくらいの甘々だと思っております。最後直江が暴走してるけど(笑)。
この作品はまいこ様に捧げさせていただきます。800HIT、本当にありがとうございました♪


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