――――遠くに行きたい。 ぼんやりと雨を眺めていた高耶の唐突なこの言葉で、週末は一泊二日の小旅行になった。
「どうしたんですか?」 驚いたように顔を上げる高耶に、心持ち真剣に尋ねる。
「急に旅行に行きたいと言うから、何かあったのかと思って」
高耶は一瞬の驚いた表情から、ゆっくりと苦笑のような笑顔になる。高耶の表情からは何も読み取れない。別に落ち込んでいる様子もないし、特に理由があるわけでもないのかもしれない。
「………怒ってるか?」
今度は直江が驚いた。
「急に、こんな旅行に連れ出して」 ――――嬉しいですよ。
誠意を込めて高耶の瞳に語りかける。 「最近おまえ、仕事が忙しかっただろう?あんまり一緒にいられなかったから。だから、仕事がないところに行きたくて………」 思いがけない高耶の告白に、直江は目を見開いた。そのまま下を向いてしまった高耶を正面から抱きしめる。
「すみませんでした。寂しい想いをさせてしまいましたね」
いつもなら恥ずかしがって嫌がる高耶も、今日は大人しく腕の中に納まっている。直江は背中に回した腕に力を込めた。 「………こんなところで、罰当たりだな」 ふっと唇が離れたとき、高耶がくすりと笑いを漏らした。そういえば、ここは神社だった。 「そうですね。こんなところであなたを独り占めしたら、神に嫉妬されるかもしれない」 ――――あなたは神の愛み子だから。
冗談めかして言ったが、本心である。
(それまでに帰れるといいが……) 突然手に暖かい体温を感じて、直江は驚いて振り返った。すぐに高耶の拗ねたような照れたような、まっすぐな瞳とぶつかる。 「………たまにはいいだろう?」 その手はしっかりと直江の手を握っていた。幼い子供のように大きな直江の手を握り締める高耶に、思わず笑みが零れる。
「ええ。でもいつでもいいんですよ?」
思った通りの返答に、微笑みはさらに深くなる。
「今日のあなたはサービスいっぱいですね」 信じられないような嬉しいセリフを言って、高耶は今度こそ真赤な顔で振り返った。 「だから、これ一度っきりだからな!」 直江は今日何度目か分からないほど呆然となると、思いきり繋いだ手を引き寄せて、細い身体を抱きすくめた。
「こら!こんなところで……」 無自覚に自分を煽りまくった愛しい恋人は、さすがに公道では恥ずかしいのか腕の中でもがいている。直江は「離さない」というように強く抱き直すと、繋いだ手を高耶の目の前に持ってきた。 「一度きりなんて言わないで。せっかくこうして繋いだんだから、ずっと繋いでいましょう。夜が来て、朝になって、明日になっても。何があろうとも、私はこの手を離さないから」
繋いだ高耶の手の甲に、誓いの口づけを。 「直江………」 そのとき、その先を遮るように、高耶の鼻の頭に冷たい水滴が降ってきた。 「わっ。雨?」
驚いて見上げると、ぱらぱらと零れてきた水滴は、あっというまに大粒になって、地面で跳ねばちばちと凄い音を立て始める。
「いいよ、おまえが濡れるだろ!」
慌てて返そうとする高耶を制して、もう一度しっかりと頭から被らせると、直江は高耶の手を掴んで走り出した。
「いい、自分でやる。だいたいおまえの方が濡れちまってるじゃねぇか」
嫌がる身体から濡れてはりついたシャツを脱がせ、冷たくごわごわになったジーパンも下ろした。終いには高耶も抵抗をするのが面倒くさくなって、疲れた身体を直江に預けた。 「直江、ほら……」
促されて、直江はゆっくりと顔を上げた。 「オレはおまえの上着被ってたからそんなに濡れてないんだよ。おまえの方がびしょ濡れじゃねえか。こんなに冷え切って……」
仕方ないやつだな、と呟く。心配そうな瞳をしている。 「心配してくれてありがとうございます」
そのまま伸び上がるようにして、高耶の薄く開いた唇にくちづける。何度も啄ばむようにして、最後にゆっくりと深く重ねた。
「直江、寒い……」
窓の外では雨の音。
静寂が戻った深夜の部屋に、微かな物音が届く。それが雨の音だと気づくのに、少し時間がかかった。 「………雨の音がする……」 掠れた声に気づいて、直江が口移しで水を飲ませた。零れた雫を指で拭いながら、優しく囁く。 「明日まで止みそうもないですね。この時期だから仕方ありませんが」 柔らかく髪を梳かれて、高耶は気持ち良さそうに瞳を閉じた。
「不思議だな。外にいた時は雨の音がうるさいくらいだったのに、中で聞くと優しく聞こえる」
隣に滑り込んで来た直江の胸に、幼子のように頬を寄せて、高耶は規則正しい鼓動を聞いていた。
「どうしたの?」 雨の日は、あまりいい思い出がない。いつも独りで必死に寒さを堪えていたように思える。だからすぐ側にあるこの温もりが、こんなに愛しいのかもしれない。 「………このまま…手…つないでて……」 半分眠りかけた小さな呟きに、直江は微笑んだ。 「ずっとつないでいますよ。夜が明けて、朝が来ても……」
昼間聞いた誓いを今また子守歌のように聞きながら、高耶は緩やかに眠りに落ちてゆく。
優しい雨の音に包まれて
[終]
紅雫 著 [あとがき] 注:直高が部屋に戻っていちゃいちゃしたあとの間。ここでは一回(?)したあと、ちゃんとお風呂に入って夕飯を食べてます。雨の音のシーンは、仲居さんが布団を引いてくれたあと、もう一度ヤっているのです。ずっと夜中までヤり続けたわけじゃありませんので、勘違いなさらないように(笑)。
10000カウントゲッター果菜様のリクエストで「雨の日の直高」です。 |
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