セルフィッシュデー






爽やかに晴れ渡った朝。
天気とは裏腹に、高耶は不機嫌極まりないオーラを全身から立ち上らせていた。
………ベッドの上で。

「…………な〜〜〜お〜〜〜え〜〜〜〜〜!!!」

怒りを込めて唸るように男を呼ぶ。

「おや高耶さん、起きたんですか。おはようございます」

対する直江は爽やかな朝にふさわしく、朝のシャワーを浴びさっぱりとした身体にスーツをきちんと身に付け、モーニングコーヒーを携えてにっこり笑った。まるで映画の一コマを再現しているかのような隙の無さである。
だが今の高耶にとって、それらはすべて意味がなかった。今彼にとって最も重要な問題とは………。

「おはようございます、じゃねぇ!てめぇ、まぁたやりやがったなぁあああああ!?」

痛みはないが、まったく動かない下半身に眉をしかめつつ、高耶は元凶に向って大声で喚き散らした。
そう、例によって例のごとく、昨夜高耶の身体は、30過ぎたくせにまるで10代のように元気な万年発情期男の餌になってしまったのだった。しかも一晩中………。この駄犬、いつになったら加減ってものを覚えるのか。
だが直江は悪びれない。

「学校休んだ方がよさそうですねぇ」
「行こうと思ったって行けねぇよ」

思いっきりむくれて呟く高耶に、直江は苦笑する。

「たまにはゆっくり休んでください。すみませんが、私はもう出ないといけないので……」

行ってきます、と言って高耶の額に軽くキスをすると、直江は踵を返そうとした。そのスーツの端を高耶が掴む。

「………ちょっと待て」
「なんですか?」
「おまえ、人をこんな状態にしておいて、自分は仕事に行くつもりか!?」
「ですが、今日は大事な会議が………」
「ほぉう、奇遇だな。オレも今日は大事な授業があったんだよな」

だけど身体が動かなくて行けそうもないんだよなぁ。
そう言ってにっこりと笑う。だがその瞳は怒りに燃えていた。

「それとも何か。傷ついたオレより仕事の方が大事か?」
「そんなわけないでしょう」

直江の慌てた言葉をしっかりと聞いた高耶は、してやったりというように、にっこりと微笑んだ。

「そうだよなぁ。なんてったって、これはおまえのせいなんだもんな。………今日は休むよな?」

この一言で、直江は無理矢理有給休暇をもぎ取ることになったのだった。



動けない高耶を風呂に入れてやり、朝ご飯の仕度をする。
しかしコーヒー一杯で昼までもたせられる直江と違い、若い高耶はたくさん食べるのだ。ろくに料理もできない直江が考案したコーンフレークにミルクをぶっかけた朝食は、あっさりと拒否された。

「コーンフレークなんて飯じゃない!せめてアメリカングラブサンドくらい食わせろ」

という高耶の要求に、サンドイッチすら作れない直江は近所のSABWAYまでひた走ることになったのだった。

おいしそうにサンドをぱく付く高耶にコーヒーを煎れてやると、直江はその顔を覗き込んだ。

「他に何かして欲しいことはありますか?」
「う〜ん、そうだな………」

コーヒーをすすりながら、ちらっと直江の顔を見上げる。見下ろしてくる瞳は、優しく微笑んでいた。どうも会社を休んでしまったという罪悪感より、高耶と一緒にいられる喜びの方が勝っているようだ。優しい笑顔といえば聞こえはいいが、どちらかと言えば幸せボケした顔に、高耶は再びむらむらと不満が込み上げて来た。

(誰のせいで学校行けなくなったと思ってんだ)

ぶつぶつと口の中で呟く。

(会社休ませたんだし。身体動かないし。せっかくだからこき使ってやろうかな)

最近学校が忙しくて、家の中のことがあまりできなかった高耶である。こんなときくらい、直江に家事をさせてみるのもいいかもしれない。

(よし。今日はもう、なんにもしねーぞ)
と心に誓うと、高耶はゆっくりと口を開いた。

「あのな………」



「洗い物するときは水を溜めろ。流しっぱなしにするんじゃない。もったいないだろーが」
「色物は引っくり返して陰干ししろよ。オレのTシャツ色落ちさせたら、ただじゃおかねーからな」
「掃除は上からやるんだ、上から。先にはたきをかけてから掃除機だって言ってんだろ」

ソファに長々と寝そべってTVを見ながら直江に指示を出す。これほど楽なことがあるだろうか。
高耶は機嫌良くリモコンを振り回しながら、直江の行動を監視していた。やり慣れない家事を必死でする直江は、普段のそつのない姿とギャップがありすぎて見ているだけで面白い。

(たまにはこういうのもいいかもな)
と高耶は一人ほくそ笑んだ。



ようやく一仕事終えてソファに腰を下ろした直江に、再び高耶が
「直江、腹減った」
と言い出した。

「ああ、もうこんな時間ですか。遅くなってすみませんでした。なにが食べたいですか?」
「んー…。ラーメン食いたい」
「ラーメンですか。出前でいい?」
「………おまえラーメンも作れないの?」

この言葉で、今度はラーメン作りに精を出すことになった直江であった。


(サンドイッチも作れない人間に、いきなりラーメンは無理だったか?)

台所で奮闘している気配を感じながら、高耶は少し不安になった。
普段ろくに台所にも入らないあの男である。いくらマニュアルがあるとはいえ、果たしてちゃんと食べられるものができるのか――――。
だがその不安は、運ばれて来たものを一口すすって一掃された。

「なんだ。やれば出来るじゃねぇか」
「ありがとうございます」

主君からお褒めの言葉を頂き、直江は嬉しそうに微笑んだ。

食後はゆっくりとリビングで過ごす。窓から差し込む暖かな午後の光は、満腹になった身体を眠りへと誘う。
再びソファにごろんと横になった高耶の側に座り、直江は優しくその髪を梳いた。

「………気持ちいい……」

本当に気持ち良さそうに目を閉じる高耶に、直江は微笑む。

「身体はもう大丈夫ですか?」
「ああ、もうほとんど平気」
「じゃあ、夕食はなにかおいしいものを食べにいきましょうね」
「うん………」

うっとりとした声で答えると、高耶はゆっくりと目を開いて目の前の男を見つめた。

「今日、疲れたか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。それに嬉しかったですから」

そう言ってにっこり笑う直江に、高耶は不思議そうな顔をする。

「なにが?」
「あなたの我侭をいっぱい聞けたことが」
「……我侭なんて言ってねぇぞ」

唇を尖らす高耶に、直江は楽しそうに目を細めた。

「そうですか。ソファにふんぞり返って『コーヒーはゴールドブレンドじゃなきゃ嫌だ』だとか、『ジャンプの特集号を持ってこい』だとか、『このテレビはつまんないからビデオを借りてこい』とか言うのは我侭じゃないんですね」

高耶はうっと詰まった顔した。そう言えば、我ながら今日はいろいろとくだらないことで文句を付けたような気がする。それもこれも、直江をこき使ってやろうという悪戯心からだったのだが………。

「別に怒ってないですよ。嬉しいんです。あなたは普段、あまり我侭を言わない人だから」

――――もっと甘えて欲しい。
微笑んだ直江に、高耶は心の中で呟く。

(おまえがそうやって普段から甘やかすから、逆に我侭言いづらいんだけどな)

本音は告げない。
言えばますますこの男は自分を甘やかすから。
だからこう言っておく。

「じゃあ今日の夕飯は寿司食いたい」
「仰せのままに。東京で一番おいしい寿司屋に連れて行ってあげますよ」

精一杯の高耶の我侭に、直江は笑顔で答える。

「酒も飲みたい」
「食べた後どこかバーに行きましょう」
「熱い風呂に入って……」
「ふかふかの布団ですか?」
「そうだ」

くすくすと笑いながら続ける。

「その後は………?」

意味深に低くなった声に、だが高耶はそれまでの態度から一変してそっけなく答えた。

「ぐっすりたっぷり8時間睡眠」
「………今日こんなに頑張ったのに、ご褒美はくれないんですか?」

この男は、これが言いたくて家事に励んだのか。
高耶は冷たい眼になると、自分の髪を弄んでいた直江の手を外した。

「誰のせいで今日学校休む羽目になったと思ってんだ。これはお仕置き。ご褒美なんて誰がやるか」
「そんな……」
「ご褒美が欲しかったら"おあずけ"も覚えろ、この駄犬」

こうして"今日も朝までいちゃいちゃ"という直江の野望はあえなく潰え、高耶は我侭いっぱいの一日を堪能したのだった。





[終]

紅雫 著
(2000.06.02)


[あとがき]
教訓「何事もヤり過ぎは身体に毒」……って違うだろーが!(笑)
4000カウントゲッターみほ様の「我侭(景虎様モード)で幸せな高耶さんと直江」というコンセプトで書かせていただきました。
どうやら私、"直江に怒る高耶さん"というと「浮気をする直江」か「ヤりすぎる直江」しか思い浮かばないようです(爆)。さらに"景虎様モードの高耶さん"というと「直江を犬扱いする」というパターンに……。
こんな駄文ですが、よろしければみほ様に捧げさせていただきます。4000HIT本当にありがとうございました。


目次


サイトに掲載されている全ての作品・画像等の著作権は、それぞれの製作者に帰属します。
転載・転写は厳禁させていただきます。
Copyright(c)2000 ITACHI MALL All rights reserved.