「…………な〜〜〜お〜〜〜え〜〜〜〜〜!!!」 怒りを込めて唸るように男を呼ぶ。 「おや高耶さん、起きたんですか。おはようございます」
対する直江は爽やかな朝にふさわしく、朝のシャワーを浴びさっぱりとした身体にスーツをきちんと身に付け、モーニングコーヒーを携えてにっこり笑った。まるで映画の一コマを再現しているかのような隙の無さである。 「おはようございます、じゃねぇ!てめぇ、まぁたやりやがったなぁあああああ!?」
痛みはないが、まったく動かない下半身に眉をしかめつつ、高耶は元凶に向って大声で喚き散らした。
「学校休んだ方がよさそうですねぇ」 思いっきりむくれて呟く高耶に、直江は苦笑する。 「たまにはゆっくり休んでください。すみませんが、私はもう出ないといけないので……」 行ってきます、と言って高耶の額に軽くキスをすると、直江は踵を返そうとした。そのスーツの端を高耶が掴む。
「………ちょっと待て」
だけど身体が動かなくて行けそうもないんだよなぁ。
「それとも何か。傷ついたオレより仕事の方が大事か?」 直江の慌てた言葉をしっかりと聞いた高耶は、してやったりというように、にっこりと微笑んだ。 「そうだよなぁ。なんてったって、これはおまえのせいなんだもんな。………今日は休むよな?」 この一言で、直江は無理矢理有給休暇をもぎ取ることになったのだった。
「コーンフレークなんて飯じゃない!せめてアメリカングラブサンドくらい食わせろ」 という高耶の要求に、サンドイッチすら作れない直江は近所のSABWAYまでひた走ることになったのだった。 おいしそうにサンドをぱく付く高耶にコーヒーを煎れてやると、直江はその顔を覗き込んだ。
「他に何かして欲しいことはありますか?」 コーヒーをすすりながら、ちらっと直江の顔を見上げる。見下ろしてくる瞳は、優しく微笑んでいた。どうも会社を休んでしまったという罪悪感より、高耶と一緒にいられる喜びの方が勝っているようだ。優しい笑顔といえば聞こえはいいが、どちらかと言えば幸せボケした顔に、高耶は再びむらむらと不満が込み上げて来た。 (誰のせいで学校行けなくなったと思ってんだ) ぶつぶつと口の中で呟く。 (会社休ませたんだし。身体動かないし。せっかくだからこき使ってやろうかな) 最近学校が忙しくて、家の中のことがあまりできなかった高耶である。こんなときくらい、直江に家事をさせてみるのもいいかもしれない。
(よし。今日はもう、なんにもしねーぞ) 「あのな………」
ソファに長々と寝そべってTVを見ながら直江に指示を出す。これほど楽なことがあるだろうか。
(たまにはこういうのもいいかもな)
「ああ、もうこんな時間ですか。遅くなってすみませんでした。なにが食べたいですか?」 この言葉で、今度はラーメン作りに精を出すことになった直江であった。
台所で奮闘している気配を感じながら、高耶は少し不安になった。
「なんだ。やれば出来るじゃねぇか」 主君からお褒めの言葉を頂き、直江は嬉しそうに微笑んだ。
食後はゆっくりとリビングで過ごす。窓から差し込む暖かな午後の光は、満腹になった身体を眠りへと誘う。 「………気持ちいい……」 本当に気持ち良さそうに目を閉じる高耶に、直江は微笑む。
「身体はもう大丈夫ですか?」 うっとりとした声で答えると、高耶はゆっくりと目を開いて目の前の男を見つめた。
「今日、疲れたか?」 そう言ってにっこり笑う直江に、高耶は不思議そうな顔をする。
「なにが?」 唇を尖らす高耶に、直江は楽しそうに目を細めた。 「そうですか。ソファにふんぞり返って『コーヒーはゴールドブレンドじゃなきゃ嫌だ』だとか、『ジャンプの特集号を持ってこい』だとか、『このテレビはつまんないからビデオを借りてこい』とか言うのは我侭じゃないんですね」 高耶はうっと詰まった顔した。そう言えば、我ながら今日はいろいろとくだらないことで文句を付けたような気がする。それもこれも、直江をこき使ってやろうという悪戯心からだったのだが………。 「別に怒ってないですよ。嬉しいんです。あなたは普段、あまり我侭を言わない人だから」
――――もっと甘えて欲しい。 (おまえがそうやって普段から甘やかすから、逆に我侭言いづらいんだけどな)
本音は告げない。
「じゃあ今日の夕飯は寿司食いたい」 精一杯の高耶の我侭に、直江は笑顔で答える。
「酒も飲みたい」 くすくすと笑いながら続ける。 「その後は………?」 意味深に低くなった声に、だが高耶はそれまでの態度から一変してそっけなく答えた。
「ぐっすりたっぷり8時間睡眠」
この男は、これが言いたくて家事に励んだのか。
「誰のせいで今日学校休む羽目になったと思ってんだ。これはお仕置き。ご褒美なんて誰がやるか」 こうして"今日も朝までいちゃいちゃ"という直江の野望はあえなく潰え、高耶は我侭いっぱいの一日を堪能したのだった。
[終]
紅雫 著 [あとがき] 教訓「何事もヤり過ぎは身体に毒」……って違うだろーが!(笑) 4000カウントゲッターみほ様の「我侭(景虎様モード)で幸せな高耶さんと直江」というコンセプトで書かせていただきました。 どうやら私、"直江に怒る高耶さん"というと「浮気をする直江」か「ヤりすぎる直江」しか思い浮かばないようです(爆)。さらに"景虎様モードの高耶さん"というと「直江を犬扱いする」というパターンに……。 こんな駄文ですが、よろしければみほ様に捧げさせていただきます。4000HIT本当にありがとうございました。 |
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