Boys be ambitious!


【1】





 私立北都学院高等学校は、全国に名の知れた有名男子校である。
 創立者は、『北の守護者たれ』というわけのわからん指標を掲げ、戦後まもなく東京の片隅に広大な土地を買い占め、門戸を開いた。
 いまだ学校に通う余裕のない子供が多い時代だ。ゆえに学費は極力抑え込んで奨学金制度も設け、さらに家を失った子供や地方の子供のために寮を用意した。『勉学をしたい者には心置きなくさせてやる』というのが創立者のポリシーであった。
 環境が整うと、その素晴らしさに多くの学生が集った。それから50年余り、ときには経営の悪化などの危機を乗り越えて、健全な青少年の育成に長く貢献してきたのだった。
 その校風は開校当時より、正義道徳、文武両道、さらには自由・自律・自立に重きを置いており、そのせいか、一風変わった著名人や会社経営者を多く輩出している。
 だがまあ、言動がおかしかろうがなんだろうが、犯罪者以外で名前が売れるということは、それだけ世間に認められたといえなくもないだろう。
 よって、親は夢を見る。いつの日か会社を興し、立派な豪邸を息子が建ててくれることを。そこまでいかずとも、エリートとなって将来面倒を見てくれることを。なんてったって、多少出来が悪くても、高校在学中に大成した先輩と縁故を結べれば、就職はコネでばっちりなのだ。おまけに学費も安いとくれば、もう言うことはない。
 また、息子も夢を見る。口煩い親の干渉は、中学までで十分堪能した。高校に入ってまで、あれやこれやと口出しされてはたまらない。そんな子供にとって、望んだ者は全員入れる北都学院の寮は、この上ない魅力であった。『ビバ!自由と青春の高校生ライフ!』ってなところである。
 こうして親と子の利害は一致した。あとは『目指せ!北都学院!』である。多少(……)創立者の意図するところと異なろうが、入りたいものは入りたい。男の子なら誰もが目指す、北都学院。偏差値と倍率はうなぎどころか昇竜のごとく上がっていった。
 そして学校関係者がはっと気づいたときには、超ハイレベル高校として全国に名を馳せるようになっていたのだった。





□■□





 爽やかな風が校庭の緑の匂いを運んでくる。清々しく晴れ渡った空は、五月晴れという言葉を誰しもに思い出させた。
 学年が新たになってから、早1ヶ月が過ぎようとしている。新入生もようやく学校に慣れてきた、そんなある日の放課後のこと。
 限られた人間しか入ることの出来ない部屋に、その少年はいた。

「う〜ん」

 窓から吹き込む風が、漆黒の髪をさらさらともてあそぶ。 唇を尖らせているせいで幼く見える顔は、はっとするほど整っていて、その中で印象的な瞳がきらめいている。

「う〜〜〜ん」

 成熟していない肢体は、身長ばかりが立派で、どこか華奢な印象を受ける。組んでぶらぶらと揺れる足は、モデルのように長く細かった。

「う〜〜〜〜〜ん」

 声変わりが終わったばかりの声は、少年らしい澄んだテノールで――――だがさっきから、なにか悩み事でもあるのか、しきりに唸っている。

「う〜〜〜〜〜ん〜〜〜〜〜」
「どうした?高耶、うんうん唸って。拾い食いでもして腹壊したのか?」

 突然降ってきた声に、高耶と呼ばれた少年はぱっと顔をあげた。
 目の前には、長く伸ばしたちゃっこい髪を一つに束ね、派手な柄シャツを着ている男が、にやにやと笑っていた。

「拾い食いなんてしてねーよ!」
「んじゃ、なんで唸ってたんだよ。―――わかった。昨日腹出して寝たんだな?まったく、これだからお子様は」
「ちっがーう!」

 ムキになって怒る少年に、男はますますにやにや笑いを深めた。

 少年の名は、仰木高耶。
 北都学院第2学年に在籍している。つい先日生徒会長に選ばれ、この部屋――――生徒会室の主となった。
 そして男の名は、

「千秋のバカ!」

 千秋修平である。

「千秋先生と呼べって、いっつも言ってるだろうが」

 言うなり、丸めた紙をぽこんと高耶の頭に落とした。見目は良いが見るからに胡散臭い格好をしたこの男、実は北都学院の教師なのである。

「幼馴染みだからって気安いんだよ、このタコ」

 千秋の言葉に、高耶はぷくっとむくれる。
 ご近所さんのよしみで、高耶は小さい頃から千秋に弄ばれ……もとい、遊んでもらった恩(?)がある。そのせいか、はたまた千秋が口達者なせいか、一度として勝てたためしのない高耶であった。

「そんで?なんで唸ってたんだ?」
「そうそう、千秋に聞きたいことあったんだよ!」

 ようやく本来の悩み事を思い出し、高耶は手にしていた過去の生徒会活動記録を広げて見せた。

「生徒会ってどんな仕事があんのかと思って、この前から活動記録見てるんだけどさ。この"直江信綱"ってのが会長の年、福祉活動ですごい褒められて、生徒会活動費がUPしてるじゃん。その金で、体育祭も文化祭もすっげー盛り上がったみたいだしさぁ。なんか、他の年とぜんぜん違うんだよな」
「ほほーう」
「そしたらここ!ここにおまえいるじゃんか!」
「まぁな」

 高耶が指差した先の写真には、北都学院の制服を着た、今よりは幼い顔の千秋が写っていた。

「このときは1年生だったから、大して仕事してねぇけどな」
「それでもいいよ。なあ、どうしてこんな成功したんだ?」
「さあねぇ。そんな昔のこと覚えてねぇよ」
「うそつけ、おまえ記憶力いいだろ。どうでもいいことはよく覚えてるくせに」
「ああ、おまえが小学1年生までおねしょしてたこととかな」
「〜〜〜だからっ!どーしてそーゆうことばっか覚えてるんだよ!」
「そりゃ、おもしれぇからだろ」

 千秋にとって、高耶は扱いやすいオモチャのようである。高耶にとってはいい迷惑なのだが。

「千秋、ちょっとは真面目に答えろよ」
「んなこと言われてもなぁ。だいたい、なんでおまえ、そんなことにこだわるんだよ。イヤイヤ生徒会長になったくせに」

 そう、高耶は望んで生徒会長になったわけではなかった。



 北都学院では、先に述べたように生徒の自主性を重んじている。そのため、『学生のことは学生で』という、ちょっと斜めから読めば『教師は科目だけ教えてりゃいいのね、はー楽ちん楽ちん♪』なんて暗黙のルールの下、生徒会が多大な権力を握っていた。
 しかしいまどきの高校生は、『生徒会ぃ?だれがそんな、くそめんどくせーことやるかよ』が普通の反応。
 そこで学校サイドは考えた。やる気のない人間に、無理にやらせても仕方がない。押しつけたって嫌がられるだけし、なにより自分たちが面倒くさいのだ。
 ではどうするか。やりたくなるような、魅力をつけてやればいいだろう。
 理事会とも相談した結果、今年度より、

「え?生徒会役員は授業料3分の1免除!?」

ということになったのだった。
 『そんなことしたって喜ぶのは親だけじゃん?』なんて思う生徒も多かったが、そうじゃない生徒もここにいた。
 高耶である。
 高耶の家は裕福ではない。父親はなんとかマイホームを建てたものの、そのローン返済に残業続きの毎日を送っている。母親は離婚してとっくにいないし、妹もいるので高耶自身にもそれほど金をかけるわけにはいかない。かといって、奨学金を受けられるほど成績も良くない。
 そんな高耶にとって、授業料免除は実においしい餌だった。当然、迷わず飛びついた。
 北都学院の生徒会選挙は、立候補者のうち得票数の多いものから順番に、生徒会長・副会長・運動部部長・文化部部長・会計・書記が割り当てられる方式になっている。
 高耶は『書記になれればいいや』と目論んでいたのだが、蓋を開けてみれば、なぜか90%以上の票をもぎ取って、見事生徒会長に当選していた。

「なんで!?」

 高耶は思わず叫んでいた。
 高耶は自分を理解していなかった。
 いや、他人の自分に対する評価を、全然理解していなかった。

 北都学院は、男子校である。
 そもそも男子校というところには、数少ない女性教員(しかも大抵おばはん)を除けば、あとは男しかいない。右を向いても男、左を向いても男。むさいことこの上ない。
 そんな環境であるからこそ、男たちはオアシスを求める。だがそうそう他校に彼女を作れるわけもなく。結果、本来なら女の子に向くはずのその想いは、曲がって歪んでねじれまくって、見目麗しい同性への思慕へと変わってしまうのである。
 対象にされた本人たちには迷惑極まりないうえ、貞操の危機ともなる危険な現象であるが、そこはそれ。いつの世も、被害者と加害者の間に相互理解はほとんど皆無なのだ。むろんそれで、羨ましくも幸せなラブラブバカップルが誕生することもあり、一方的に想われる側を被害者扱いするのも、少し乱暴かもしれない。
 なにはともあれ、男子校の伝統と文化といっても過言ではない"同性愛"は、北都学院にもしっかりはびこっていたのだった。

 高耶は入学してすぐに、北都学院のアイドルの座を獲得していた。一年経った今も、その人気は相変わらずである。本人はまったく気づいちゃいないが。
 まあそんなわけで、彼の生徒会長就任は、立候補した時点で決まったようなものだった。



 話は戻って、望みもしないのに生徒会長に祭り上げられてしまった高耶だったが、なぜそんなにもやる気満々なのか。千秋の問いに、高耶は胸をはって答えた。

「そりゃ、生徒会長になりたくてなったわけじゃないけどさ。なったからには、やっぱ『今までで一番すごい』って言われたいじゃん」
「なるほどね」

 子供らしいその言い分に、千秋はこっそり心の中で苦笑する。だが、その心意気は立派だと思う。
 そのとき、誰かが廊下を歩いてくる足音が聞こえた。廊下に面して開いている窓から、それがちょうどよく話題にでていた長身の男であることに気づき、千秋はにやりと笑ってこのお荷物を押しつけることに決めた。

「だったら俺に聞くより、会長本人に聞いたほうがいいんじゃねぇの?」
「会長本人?」
「そ。なぁ、直江?」

 でかい声で名前を呼ばれ、長身の影がぴたりとドアの前で止まる。
 一瞬の間の後、ガラガラとドアを開けて入ってきた男の顔をまじまじと見て、高耶は目を見開いた。





[続]

紅雫 著
(2001.05.05)


[あとがき]
注:一部、男子校や同性愛について偏見に満ちた言葉が書かれておりますが、これはフィクションですので、どうか本気にして作者に文句をつけたりはなさらないでください。

 じんじん様に頂いた『糸』(隠れ家掲載)の御礼小説で、じんじん様のHP「garden」でも掲載して頂いてます。
 じんじん様のリクエストで「ほのぼのとした学園もので、生徒会長高耶がOB(直江)の残した偉業に対抗しようとする奮闘振りと、それをあったかく見守っている直江元会長とのラブコメ」になるはずだったんだけど……だんだん直江けちょん風味のギャグ小説になりつつあったりして(爆)。……ラブコメすら書けないのか、私は……(涙)。
 初の連載(ただ書き終わってないだけ/爆)です。ちゃんと完結するように、祈ってやってください(笑)。


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