Boys be ambitious!


【2】





 190cm近くある日本人離れした体格をきっちり高級スーツで包み込み、その上に俳優と見紛うような渋い面をのっけた、『就職先間違えたんじゃねぇの?』と生徒に評判(?)のその男は、4月に赴任してきたばかりの英語教師であった。

「なんの用だ、千秋」

 あまり愛想がいいとはいえない声音で、男は千秋に尋ねた。だが千秋は気にした風もなく、相変わらずにやにやと笑っている。

「用があるのは俺様じゃなくて、こいつ」
「………な…おえ…?」

 呆然と、高耶が呟く。
 その呟きを聞きとがめて、男―――直江は、おや、という顔をした。直江は高耶を知っていた。ついこの間学校中大騒ぎしての生徒会選挙で……ではなく、高耶のクラスの英語授業を受け持っていたので、すでに顔見知りだったのだ。
 まあ、赴任してきたばかりでほとんどの生徒の顔と名前の判別がつかないくせに、高耶の顔と名前がしっかり頭にインプットされているのは、初めて見たときから『かわいいなぁ』などと思っていたからなのだが。
 当然高耶に対する態度は、他より3割増ほど柔らかくなる。

「新しい生徒会長さんですね。当選おめでとうござ…」
「うそつけ」
「は?」

 いきなりうそつき呼ばわりされて、直江はぽかんと間抜けな顔になる。いい男が台無しだ。高耶はそんな直江を指差して、一気に喚きたてた。

「こいつは橘義明だろ?直江信綱じゃねぇじゃん。千秋、嘘ついてんじゃねーよ!」

 どうやら、うそつき呼ばわりは千秋に対してだったようだ。直江はすでに眼中にない。しかも名前呼び捨て。教師に対する態度じゃないだろう。といっても、直江はあまり気にしていないようだが。
 対する千秋も、口の悪さでは負けていなかった。

「嘘なんかついてねぇよ、バカ。こいつはなぁ、今は橘義明だけど、前は直江信綱だったんだよ」
「なんでだよ、全然名前違うじゃねーか」
「養子に入ったからですよ」
「ようし?」

 驚いた高耶の視線が再び自分に戻ってきたので、直江は気を良くしてにこにこと答える。

「直江の家から橘家に養子として入ったとき、どうせだから下の名前も変えてしまったんです」
「………そんじゃ、おまえが直江なの?」
「そうですよ」

 思いっきり疑わしそうな顔をしていた高耶だが、本人にそう言われては認めないわけにはいかない。

「ふぅん……」
「それで、私に何かご用ですか?」
「そうそう、こいつに用があんだろ?」

 直江と千秋、二人に促されて、高耶は少し首を傾げて直江をじっと見上げた。他の男がしたら不気味なことこの上ない仕草も、高耶がやるとそこらのアイドルよりさまになるから不思議だ。

(ああ、やっぱりカワイイな)

と直江は思う。
 はっきり言って、男子校に赴任することになったと知ったときには、本気で教師を辞めようかと思ったのだが。こんなにかわいい子がいるなら、そうそう捨てたものではないかもしれない。いや、高耶がいるだけで、学校生活(というより高耶のクラスの授業のみ)はパラダイスといっても過言ではなかった。……他の生徒はやっぱり駄目だけど。
 ――――なんて考えている直江は、どう考えても教師失格である。

 高耶は、よもやまさか目の前の男が教師失格人間だとは思わない。英語が苦手な自分にもわかりやすいと思える授業をするこの男に、多少の好意も抱いていた。
それでもしばらく警戒するように直江を見つめていたが、ようやく決心がついたのか、直江の目を見ながらゆっくりと話し始めた。

「あのさぁ……」





■□■





「おはようございます、会長」
「おはよう」

朝。
通学路の途中から、校門を入って教室にたどり着くまでの間に、高耶は知り合いはもちろん、見たこともない生徒からも挨拶をされる。
高耶は入学当時から周囲の視線を一身に集めていた。だが同時に、人を寄せつけない雰囲気を醸し出していた(単に人見知りが激しいからなのだが)。おまけに部活にも入らない。そのため、彼と親しく挨拶を交わせることができる人間は限られ、その他大勢から羨望の目で見られていたのだ。
だが、高耶が生徒会長という『みんなのアイドル』の地位についたからには、もはや遠慮や引け目を感じる必要はない。誰もが我先にと会長に挨拶をするのが、北都学院の朝の風物詩となりつつあった。その中にこっそり他校の生徒が紛れていたりするのは、高耶が北都学院のみならず、地域のアイドルになりつつあることの表れなのだろう。
 高耶も最初はびびったが、最近はもう慣れて普通に挨拶を返すようになっていた。
 だが、そんな高耶の姿を見て、

「会長、朝から堂々としてかっこいいなぁ…」

なんてうっとりしてる生徒がいることはもちろん知らない。
 さて、そんな朝の高耶には、いつも並んで歩く影があった。高耶より少し背が低い、柔らかな雰囲気をもつ少年だ。

「ねえ、高耶」
「なに?譲」

 千秋と同じく幼馴染みの成田譲である。譲の父親は、北都学院創設者にして初代理事長の甥であり、現在の理事長である。つまり、譲は未来の北都学院理事長であった。
 譲は人当たりのいい性格で、いつも人見知りの強い高耶のフォローをしてくれる。おまけに頭もすこぶる良くて、学年3位以内から落ちたことがない秀才だ。理事長の息子であることを鼻にかけることもなく、今は人望篤いクラス委員長の座に納まっている。
 高耶にしてみれば、『譲が会長やったほうがいいんじゃないのか?』という気持ちが強いのだが、当の本人はまったくやる気ナシである。
 いわく、

「だって、理事長の息子が授業料免除されるわけにはいかないだろ?」

とのことなのだが。高耶は、単にめんどくさいんだろうな、と理解した。それは真実であったが、賢明にも高耶が口に出さなかったので、それ以来2人の間でこの話題が出されたことはない。

「高耶、今日の放課後ヒマ?部活が休みになったんだ、買い物に付き合ってよ」
「……悪い、今日はダメ…」
「ダメ?なんでさ」

 譲は不満そうに唇を尖らせて高耶を見た。まさか断られるとは思っていなかったようだ。
普段は大人しい雰囲気にだまされがちだが、譲はいったん怒らせるとかなり怖い。とくに親友の高耶絡みのときは鬼より怖くなることを、知っている者は恐々と語る。本人に聞こえないように、こっそりと。もし本人にバレたらどうなるかなんて、考えたくもないだろう。

「今日は別に生徒会の集まりはないんだろ?」

 譲は生徒会役員でもないのに、なぜか生徒会の予定まで知っている。いや、高耶のことなら何でも知っているのだろう。親友だから、と本人は言う…。

「直江と話あるから…」
「直江?誰、それ」
「新しく来た英語の…」
「それは橘先生だろ?」
「うん…でも直江だから…」
「……わけわかんないよ、高耶」

 半分眠っている高耶の返事は、まったく要領を得ない。高耶は低血圧気味で、朝は弱いのだ。朝の挨拶だって、放っておけばペコちゃんや薬局のカエルにまでする始末である。電柱や郵便ポストにぶつかりそうになったことは数知れず。今まで事故にもあわず五体満足でいられたのは、譲のおかげである。高耶をアイドルに祭り上げている奴らは、知りもしない事実だ。
そんなわけで、今の高耶からは何も聞き出せないと判断した譲は、顔を顰めて後で問いただそうと心に決めた。





[続]

紅雫 著
(2001.07.28)


[あとがき]
1話のUPからずいぶん時間が経ってる…(爆)。いやでも、じんじん様のほうでは4話までUPされてるんですけどぉ。
今回は直江&譲の初登場編です。直江は初っ端から変態であることを暴露し、譲は六道界ではないものの、北都学院の脅威であるという片鱗を見せてくれちゃってますね。
リクエストから大分内容はずれちゃってるのに、許してくださったじんじん様、ありがとうございました。でもまだまだ脱線したまま話は続く(爆)。


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