【3】
お昼休みである。 「いやに親切だね、橘先生。生徒会顧問でもないのに、相談にのってくれるなんて」
そう言う譲の瞳は、警戒心を剥き出しにしている。小さい頃から、しっかりしている割にはどこか抜けていて、かなり鈍感なこの幼馴染みを、害虫から大切に守ってきたのだ。怪しい奴に対するセンサーはばっちり備わっている。そのセンサーが、今の高耶の話にチカチカと反応していた。
「きっといい奴なんだよ」
譲はまだ疑わしそうだ。もしかしたら、単に高耶との予定を邪魔するから気に食わないだけなのかもしれない。
「まあとにかく、そんなわけだからさ。ごめんな、譲」
内心まったくいいとは思っていない譲である。 「でもさあ、高耶、前に『直江を超えるんだ!』って言ってたじゃん。その超える相手にアドバイスしてもらうのって、なんか変じゃない?」 じゅじゅじゅっとパック牛乳を啜っていた音が止まった。譲がちらりと見ると、高耶は難しい顔をして考え込んでいる。
「そういや、そうだな……」 これはうまくいけば、放課後はお買い物コースだ。譲は心の中でほくそ笑んだ。 (あともう一押しかな…)
「それにさ、すごい話を聞いちゃうと、どうしてもそれの真似になっちゃうじゃん。真似でオリジナルを超えるのって、難しいと思うよ」
高耶はますます考え込んでしまった。腕を組んで、うんうん唸っている。 「うん、そうだよな」 しばらくして、高耶はひとり納得したように呟いた。
「オレは直江を超えるんだ。それなら、最初からオリジナルで勝負しなきゃだよな」 ガッツポーズを決めた高耶を、譲は拍手してはやしたてた。
「じゃあ高耶、放課後は空いたよね」 (うまくいった)
譲も心の中でガッツポーズを決めた。
放課後。 「はぁ…」
と間抜けな顔で答える。どうやら高耶に見惚れてぼんやりしていたらしい。 「待ってください、どうして突然そうなったんですか!?」
直江にしてみれば、『今日は高耶さんと2人っきりでお喋りタイム』だと気合を入れて、お菓子まで用意してきたのだ。ここで逃げられては元も子もない。
「今、言っただろ」 どうやら頭の中で言うことを反芻していたため、すっかり言った気になっていたようだ。高耶はあっさり機嫌を直した。
「だからな、オレはおまえを超えるんだ」 (そんなことで、高耶さんとの『ラブラブタイム』がおじゃんになるところだったのか)
直江はすばやく頭の中で算段を巡らせた。 「確かに、気をつけなければ真似になってしまうかもしれません。けれど、参考までに聞いておけば、間違っても同じことをする可能性はなくなりますよ」 言われて、高耶ははたと考え込んだ。 (そういや、そうだよな)
あっさり乗せられている。
「話を聞くだけなら、頼ることにはならないでしょう。それに今度の役員は、みんな生徒会活動は初めてでしょう?顧問の先生もお忙しい人だし、よければ私が相談にのりますよ」 ついうっかり、高耶は頷いてしまった。はっと気づいたときには、もう遅い。今日の予定をキャンセルしに来たはずなのに、目の前にはコーヒーとお菓子が置かれ、すっかり話を聞く体制になっていた。
「じゃあ、今日は昔の話でいい?」 優しく微笑まれてしまうと、昨日こちらから話を聞きたいと言っただけに、いまさら断りにくい。いや、話は聞きたいのだ。しかし、今日はもう譲と買い物に行くと決めてしまっていた。 (困ったな) 高耶が窮地に追い込まれた、そのとき。 コンコン ドアがノックされた。続いておっとりした声が響いてくる。
「すいません、こちらに仰木高耶は来ていませんか?」
譲は高耶の帰りを教室で待っていたのだが、あまりにも遅いので迎えに来たのである。 (この橘って教師、やっぱり危ない) 譲は戦闘態勢を整えた。浮かべるのは、どんな教師もイチコロの『良い子ちゃんスマイル』である。
「高耶、遅いから迎えに来ちゃったよ。もう帰れるんだろ?」
思いっきり場を無視して、譲は高耶の手をとった。有無を言わせず椅子から立たせ、誰も何も言えずにいるうちに先制パンチを放つ。 「だって高耶、英語の成績よくないから。でも大丈夫、これから僕が教えますから。今日も英語の参考書一緒に買いに行くんです。じゃあ、失礼します」 ペコリ。スタスタスタ、バタン。 頭を下げ、高耶の手を引いて譲はでて行ってしまった。後には、まだ湯気を立てるコーヒーと、呆然とした直江が取り残された。
高耶は譲が機転を利かせて連れ出してきたことに、まったく気づいていないらしい。相変わらず鈍感である。 (ま、そこが可愛いんだけどね) 幼馴染みの贔屓目も、ここまでくるとほとんど病気である。
「それより高耶、アドバイス断りに行ったんじゃなかったの?」 (こりゃだめだ)
譲は口の中で舌打ちした。
[続]
紅雫 著 [あとがき] うちの高校は缶ジュース置いてなかったんです。全部パックだったんです。だから高耶さんたちにはパックジュースを飲ませます(笑)。 今回の隠れた見所は「たこさんウィンナーを食べる譲」です。実は好物?きっとお母さんが毎朝愛情を込めて作ってくれてるお弁当なのね(笑)。 それにしても、高耶さん回を追うごとにお馬鹿になっていくような…?(気のせい気のせい) |
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