Boys be ambitious!


【3】





「へーえ、それで橘先生が"直江"ってわけ」
「そうなんだ。オレも最初聞いてびっくりした」

 お昼休みである。
 高耶と譲は、屋上でランチタイムを迎えていた。クラスは違ったが、1年のときからお昼は2人で食べている。このひとときを邪魔する根性のある奴は、今のところ存在しなかった。
 譲はようやく、放課後買い物に行けない理由を聞き出したところだった。どうやら橘英語教諭が、元生徒会長としていろいろとアドバイスしてくれることになったらしい。

「いやに親切だね、橘先生。生徒会顧問でもないのに、相談にのってくれるなんて」

 そう言う譲の瞳は、警戒心を剥き出しにしている。小さい頃から、しっかりしている割にはどこか抜けていて、かなり鈍感なこの幼馴染みを、害虫から大切に守ってきたのだ。怪しい奴に対するセンサーはばっちり備わっている。そのセンサーが、今の高耶の話にチカチカと反応していた。
 直江には甚だ失礼だが、実は真実に近い。しかし今のところそれを知る者はいなかった。
 高耶は一口のりご飯を頬張って、もぐもぐしながら喋る。

「きっといい奴なんだよ」
「そうかなぁ」

 譲はまだ疑わしそうだ。もしかしたら、単に高耶との予定を邪魔するから気に食わないだけなのかもしれない。

「まあとにかく、そんなわけだからさ。ごめんな、譲」
「それはいいけど…」

 内心まったくいいとは思っていない譲である。
 タコさんウィンナーを齧りながらふと思いついて、わざとらしく首を傾げながら言ってみた。

「でもさあ、高耶、前に『直江を超えるんだ!』って言ってたじゃん。その超える相手にアドバイスしてもらうのって、なんか変じゃない?」

 じゅじゅじゅっとパック牛乳を啜っていた音が止まった。譲がちらりと見ると、高耶は難しい顔をして考え込んでいる。

「そういや、そうだな……」
「だろ?」

 これはうまくいけば、放課後はお買い物コースだ。譲は心の中でほくそ笑んだ。

(あともう一押しかな…)

「それにさ、すごい話を聞いちゃうと、どうしてもそれの真似になっちゃうじゃん。真似でオリジナルを超えるのって、難しいと思うよ」
「………」

 高耶はますます考え込んでしまった。腕を組んで、うんうん唸っている。
 譲は『よしよし』とこっそり頷いて、ゆったりと食事を再開した。これ以上押しつけがましいことを言う必要はない。あとは高耶自身が答えを出す。おそらく、譲の望む答えを。

「うん、そうだよな」

 しばらくして、高耶はひとり納得したように呟いた。

「オレは直江を超えるんだ。それなら、最初からオリジナルで勝負しなきゃだよな」
「うんうん、そうだね」
「よし、話を聞くのはやめた!オレは誰の真似もしない、オレだけのやり方でやってやる!」
「その意気だよ、高耶」

 ガッツポーズを決めた高耶を、譲は拍手してはやしたてた。

「じゃあ高耶、放課後は空いたよね」
「おう、一緒に買い物行こうぜ」

(うまくいった)

  譲も心の中でガッツポーズを決めた。
 ――――高耶の扱いにかけては、譲の右にでるものはいない。





■□■





「とゆーワケだから、オレはおまえに頼らないことにした」

 放課後。
 英語科準備室で、高耶はいきなり直江に向かって高らかに宣言した。対する直江は、

「はぁ…」

 と間抜けな顔で答える。どうやら高耶に見惚れてぼんやりしていたらしい。
 だが『言うことは言った、じゃあな』と言わんばかりにくるりと背を向けた高耶を見て、慌てて呼び止めた。

「待ってください、どうして突然そうなったんですか!?」

 直江にしてみれば、『今日は高耶さんと2人っきりでお喋りタイム』だと気合を入れて、お菓子まで用意してきたのだ。ここで逃げられては元も子もない。
 高耶は再び直江を振り仰いで、思いきり怖い顔を作った。どうやら直江の言葉で不機嫌になってしまったらしい。

「今、言っただろ」
「"とゆーワケ"のワケは言ってませんが」
「あれ?そうだったか?」

 どうやら頭の中で言うことを反芻していたため、すっかり言った気になっていたようだ。高耶はあっさり機嫌を直した。

「だからな、オレはおまえを超えるんだ」
「はぁ」
「超える相手にアドバイス貰うなんて変だろう?」
「そうですか?」
「変なんだよ。オレも言われるまで気づかなかったけど。だから、おまえに頼るのはやめることにしたんだ」
「言われるまでって、誰かに何か言われたんですか?」
「うん、譲に」
「……譲って、いつも朝一緒にいる?」
「そう。よく知ってるな。あいつが、話を聞いちゃうと真似になっちゃうんじゃないかって」
「なるほどね……」

(そんなことで、高耶さんとの『ラブラブタイム』がおじゃんになるところだったのか)

 直江はすばやく頭の中で算段を巡らせた。
 もとより、今日だけでアドバイスを終わらせるつもりはなかった。これを機に出来るだけ親しくなって、目指すは"禁断の師弟愛"だったのだ。それが始めの一歩でつまずいてしまっては、これからの発展など見込めるはずもない。
 直江は昨日高耶をだまくらかした、必殺の『一見誠実そうな微笑』を繰り出した。

「確かに、気をつけなければ真似になってしまうかもしれません。けれど、参考までに聞いておけば、間違っても同じことをする可能性はなくなりますよ」

 言われて、高耶ははたと考え込んだ。

(そういや、そうだよな)

 あっさり乗せられている。
 直江はここぞとばかりに高耶を追い込む。もちろん、顔は誠実そうな微笑を浮かべているが、心の中では『ラブラブタイム』の夢が広がっていた。

「話を聞くだけなら、頼ることにはならないでしょう。それに今度の役員は、みんな生徒会活動は初めてでしょう?顧問の先生もお忙しい人だし、よければ私が相談にのりますよ」
「うん」

 ついうっかり、高耶は頷いてしまった。はっと気づいたときには、もう遅い。今日の予定をキャンセルしに来たはずなのに、目の前にはコーヒーとお菓子が置かれ、すっかり話を聞く体制になっていた。

「じゃあ、今日は昔の話でいい?」
「えーと…」
「なにか、不都合でも?」
「………」

 優しく微笑まれてしまうと、昨日こちらから話を聞きたいと言っただけに、いまさら断りにくい。いや、話は聞きたいのだ。しかし、今日はもう譲と買い物に行くと決めてしまっていた。

(困ったな)

 高耶が窮地に追い込まれた、そのとき。

 コンコン

 ドアがノックされた。続いておっとりした声が響いてくる。

「すいません、こちらに仰木高耶は来ていませんか?」
「譲!」

 譲は高耶の帰りを教室で待っていたのだが、あまりにも遅いので迎えに来たのである。
 中に入り、譲は眉を顰めた。向き合って座る2人は、これから『お話し合い』を始める状態のようだ。おそらく高耶が断りきれなかったのだろう。だが、一度決めたことはなかなか変えない頑固者の高耶が、自分以外にこうも簡単に丸め込まれるなんて。

(この橘って教師、やっぱり危ない)

 譲は戦闘態勢を整えた。浮かべるのは、どんな教師もイチコロの『良い子ちゃんスマイル』である。

「高耶、遅いから迎えに来ちゃったよ。もう帰れるんだろ?」
「いや、あの…」
「先生、もういいですよね?成績の話なんて、中間テストの後でいいじゃないですか」
「は?成績?」

 思いっきり場を無視して、譲は高耶の手をとった。有無を言わせず椅子から立たせ、誰も何も言えずにいるうちに先制パンチを放つ。

「だって高耶、英語の成績よくないから。でも大丈夫、これから僕が教えますから。今日も英語の参考書一緒に買いに行くんです。じゃあ、失礼します」

 ペコリ。スタスタスタ、バタン。

 頭を下げ、高耶の手を引いて譲はでて行ってしまった。後には、まだ湯気を立てるコーヒーと、呆然とした直江が取り残された。



「譲っ、オレたち別に英語の話なんてしてなかったぞ?」
「わかってるよ、そんなことは」

 高耶は譲が機転を利かせて連れ出してきたことに、まったく気づいていないらしい。相変わらず鈍感である。

(ま、そこが可愛いんだけどね)

 幼馴染みの贔屓目も、ここまでくるとほとんど病気である。

「それより高耶、アドバイス断りに行ったんじゃなかったの?」
「そうなんだけどさ、なんかあいつの話ももっともだし。話聞くだけならいいかと思って」
「オリジナルで勝負はどうなったのさ」
「だから、話を聞けば同じことはやらないだろ?それでいいじゃん」

(こりゃだめだ)

 譲は口の中で舌打ちした。
 高耶は完全に丸め込まれてしまっている。もはや譲が何を言っても聞かないだろう。あの教師、なかなか手強い。今後のために、敵について詳しく調べる必要を譲は感じた。





[続]

紅雫 著
(2001.08.03)


[あとがき]
うちの高校は缶ジュース置いてなかったんです。全部パックだったんです。だから高耶さんたちにはパックジュースを飲ませます(笑)。
今回の隠れた見所は「たこさんウィンナーを食べる譲」です。実は好物?きっとお母さんが毎朝愛情を込めて作ってくれてるお弁当なのね(笑)。
それにしても、高耶さん回を追うごとにお馬鹿になっていくような…?(気のせい気のせい)


<戻 目次 次>


サイトに掲載されている全ての作品・画像等の著作権は、それぞれの製作者に帰属します。
転載・転写は厳禁させていただきます。
Copyright(c)2000 ITACHI MALL All rights reserved.