Boys be ambitious!


【4】





 その夜。
 千秋の家に、一本の電話がかかってきた。

「おう、どうした?成田」
『ちょっと聞きたいことがあるんだけどね』

 実は千秋と譲、2人は従兄弟なのである。小さい頃から高耶と譲を見てきた千秋は、譲の剣呑な声でピンときた。

「直江の旦那のことか?」
『分かってるなら話は早いね。どうしてあんな危険人物、高耶に紹介したのさ』
「危険って…なんかあったのか?」

 思わず受話器を持ったまま身を乗り出す。興味津々の態度がばれてしまったのだろう、受話器の向こうから譲の冷たい声が流れてきた。

『教えてあげてもいいけど、交換条件だよ』
「交換条件?」
『橘先生のこと、いろいろ教えてよ』
「……どんな食い物が好きかとか、趣味は何かとか?」
『あのね、女子高生じゃないんだから。―――できれば、過去どんな悪事を働いたか知りたいんだけど』
「おまえな、犯罪者じゃねぇんだよ」
『似たようなもんだよ、高耶をたぶらかそうとしてるんだから』
「マジ!?あの野郎、もう手ぇ出しやがったか」
『そーゆう言い方するってことは、やっぱり危険人物だって分かってて高耶に近づけたな!千秋、何考えてんだよ!』

 楽しんでいるとしか思えない千秋の態度に、譲のテンションが一気にヒートアップする。
 千秋は慌てた。譲を怒らせてはいけない。ほとんどの生徒が気づいていないが、譲は北都学院の影の権力者なのだ。従兄弟とはいえ、大切な親友の高耶が関わることなら、譲は情け容赦なく千秋をクビにするだろう。

「まてまて、落ち着け!なんでも教えてやるから、そうカリカリすんじゃねぇよ」
『……使えるネタはあるんだろうね?』
「まかしとけって。俺様の情報網は完璧だぜ」

 胸を叩いて太鼓判を押しつつ、千秋は心の中で合掌した。

(ご愁傷様、直江。恨むなら、高耶に手を出した自分を恨めよ)

 譲は本気だ。数日か、数週間のうちにはなんらかの動きがあるだろう。その前に、どれだけ高耶の信頼を得られるかが、直江にとって勝敗の分かれ目となるはずだ。

(面白くなってきやがった)

 受話器を置いて、にやりと笑う千秋であった。





■□■





 多くの人間が群れたとき、ぱっと目を惹く存在がいることがある。それは容姿であったり雰囲気であったり、理由は様々あるだろうが、そうやって人の関心を集める人物はカリスマの卵といってもいいかもしれない。そしてさらに人々を心酔させる電波のようなものを発しているのが、真のカリスマというものなのだろう。
 さて、北都学院のカリスマといえば、仰木高耶生徒会長である。男子校であるにも関わらず、その人気は巷のアイドルなどよりよっぽど高い。彼が朝礼で壇上に立てばうっとりと眺め、購買で焼きそばパンを買えば即座に焼きそばパンが売り切れる。ちょっと声をかけられただけで、赤面して握手を求める者までいた。

「この学校の野郎どもは変態ばっかりだな」

と千秋教諭に言わしめるほど、生徒たちの熱狂ぶりはすさまじかった。しかし、彼らの多くは遠慮して、遠巻きにアイドルを眺めるだけであったため、高耶の日々の平穏は守られていた。
 そんな高耶であるから、そばにいる人間は限られてくる。
まずは成績優秀、人望も篤い成田譲。幼馴染みということで、登校してくるのも弁当を食べるのも一緒だ。そのあまりの仲の良さに、周りは疎外感を覚えるほどである。
次に生徒会のメンバーがいる。選ばれた人間らしく、高耶と一緒にいても物怖じせず、堂々と彼の脇を固めている。
 数学教師である千秋修平もまた、高耶によく近づく一人であるが、本人いわく、

「数学教師としての使命感だ。あのバカに公式覚えさせんのは一苦労なんだよ」

とのことであった。
 しかし、高耶の限られた人間との日常に、最近になってあっさり侵入を果たした強者がいた。橘義明英語教諭である。旧名の直江信綱は、今のところ高耶を含めて数人しか知らない。直江は、どうやって校長や教頭を説得したのか、臨時生徒会顧問などという肩書きまで手に入れて、本格的に高耶の周りをうろつき始めていた。
 それだけでも周りは気に食わないというのに、あっさり懐いた高耶が笑顔を見せたりするものだから、嫉妬120%の視線は日に日に強くなっていた。



「おはようございます、高耶さん」

 今日も今日とて、胡散臭いほど爽やかな笑顔で、直江は高耶の前に現れた。すっかり公私混同している直江は、高耶を名前で呼んでいる。他の生徒には目もくれないあたり、いっそ清々しいまでにあからさまである。
 いつもなら高耶も、

「おはよう、直江」

などと笑顔で返し、さらに周りの嫉妬を煽るのだが、今日はちょっと違った。遠慮がちに直江を見て、言いにくそうに口を開いた。

「おはよう、ゴザイマス。直江…先生」
「ど、どうしたんですか?高耶さん」

突然敬語を使う高耶に、直江は思わずまじまじと高耶を見つめた。

(まさか熱でもあるんじゃないだろうな)

 直江の失礼な思考に気づくはずもなく、高耶は困ったように直江を見上げる。

「譲がさぁ、先生にはちゃんと敬語使えって。直江も先生なんだから、先生って呼べってうるさくて…」

(また"譲"か)

 直江は思わず舌打ちしたくなった。
 今日は姿が見えないが、成田譲は直江が高耶に近づこうとすると、必ずといっていいほどしゃしゃりでてきて邪魔をするのだ。おまけに高耶ときたら、譲の言うことならなんでも聞いてしまうのである。
 そして今度は、よそよそしく敬語を使えときた。またもや直江と高耶を引き離すような譲の戦略に、だが直江はにっこりと微笑んだ。

「確かに私は教師ですが、あなたと話しているときは、ただの北都学院のOBのつもりですから、直江と呼び捨てでいいんですよ。それに教師なのは"橘"で、"直江"は教師ではありませんから」

 いささか詭弁めいていると自分でも思ったが、高耶は納得したらしい。嬉しそうに笑って頷いた。

「そうだよな。いまさら直江先生なんて呼びにくくって。あーよかった」

 実に素直である。

(あああああ、なんってカワイイんだ、高耶さんっ!食べてしまいたいっ!!)

 目の前の男を犯罪者にしかけているなどとは露ほどにも思わず、高耶は直江にまたひとつ好意を抱いていた。

(直江って優しいよなぁ。先生なのに威張らないし、カッコイイのに鼻にかけないし。ホントいい奴だよな)

 下心見え見えの直江の態度も、多大なる誤解によって見事に善意的な解釈となったようだ。一度信頼したらとことん信じてしまう、高耶の長所であり短所でもある性格のおかげだと、譲なら言うだろう。

「じゃ、直江。放課後は生徒会室でな」

 勝手にもだえている男を残して、高耶はスタスタと去ってしまう。笑顔でそれを見送って――――直江はがくんと肩を落とした。
 そう、放課後は英語科準備室ではなく、生徒会室で。二人きりの『ラブラブタイム』になるはずだった放課後も、生徒会役員全員の面倒を見る羽目になってしまった。それもこれも、またもや譲が、

「直江先生に昔のこと聞くなら、生徒会役員みんなで聞いたほうがいいんじゃない?関係あるんだし」

などと高耶に吹き込んだせいである。
 譲の言うことは、まったくもって正論なのだが、その動機は『直江と高耶を二人きりにさせてなるものか』といういささか不純な一念からであった。直江もそれがわかっているため、腹が立って仕方がないのである。
 まあとりあえず、今回の譲の「名前を呼ばせない作戦」は阻止したのでよしとしよう。

(ふっ、なかなかやるな、成田譲。だがしかし、高耶さんの心は確実に俺に傾いてきている。ざまぁみやがれー!)

 半ば人格崩壊を起こしながら、直江はつかの間の勝利感にひたるのだった。
 その頃、譲の新たなる妨害作戦が、ひそかに直江を包囲し始めていた。





[続]

紅雫 著
(2001.12.19)


[あとがき]
3話をUPしてから何ヶ月経ったんでしょう…(滝汗)。 千秋の某台詞は、我が愛する次元の名台詞からお借りしました♪カッコイイっすよねぇ、次元(笑)。
次回は「直江を襲う最悪の危機!このまま終われば直江けちょんねと作者が微笑む、その事件とは?過去の悪事は一万里を駆ける編」です。どうぞお楽しみに。


<戻 目次 次>


サイトに掲載されている全ての作品・画像等の著作権は、それぞれの製作者に帰属します。
転載・転写は厳禁させていただきます。
Copyright(c)2000 ITACHI MALL All rights reserved.