【4】
「おう、どうした?成田」 実は千秋と譲、2人は従兄弟なのである。小さい頃から高耶と譲を見てきた千秋は、譲の剣呑な声でピンときた。
「直江の旦那のことか?」 思わず受話器を持ったまま身を乗り出す。興味津々の態度がばれてしまったのだろう、受話器の向こうから譲の冷たい声が流れてきた。
『教えてあげてもいいけど、交換条件だよ』
楽しんでいるとしか思えない千秋の態度に、譲のテンションが一気にヒートアップする。
「まてまて、落ち着け!なんでも教えてやるから、そうカリカリすんじゃねぇよ」 胸を叩いて太鼓判を押しつつ、千秋は心の中で合掌した。 (ご愁傷様、直江。恨むなら、高耶に手を出した自分を恨めよ) 譲は本気だ。数日か、数週間のうちにはなんらかの動きがあるだろう。その前に、どれだけ高耶の信頼を得られるかが、直江にとって勝敗の分かれ目となるはずだ。 (面白くなってきやがった) 受話器を置いて、にやりと笑う千秋であった。
「この学校の野郎どもは変態ばっかりだな」
と千秋教諭に言わしめるほど、生徒たちの熱狂ぶりはすさまじかった。しかし、彼らの多くは遠慮して、遠巻きにアイドルを眺めるだけであったため、高耶の日々の平穏は守られていた。 「数学教師としての使命感だ。あのバカに公式覚えさせんのは一苦労なんだよ」
とのことであった。
今日も今日とて、胡散臭いほど爽やかな笑顔で、直江は高耶の前に現れた。すっかり公私混同している直江は、高耶を名前で呼んでいる。他の生徒には目もくれないあたり、いっそ清々しいまでにあからさまである。 「おはよう、直江」 などと笑顔で返し、さらに周りの嫉妬を煽るのだが、今日はちょっと違った。遠慮がちに直江を見て、言いにくそうに口を開いた。
「おはよう、ゴザイマス。直江…先生」 突然敬語を使う高耶に、直江は思わずまじまじと高耶を見つめた。 (まさか熱でもあるんじゃないだろうな) 直江の失礼な思考に気づくはずもなく、高耶は困ったように直江を見上げる。 「譲がさぁ、先生にはちゃんと敬語使えって。直江も先生なんだから、先生って呼べってうるさくて…」 (また"譲"か)
直江は思わず舌打ちしたくなった。 「確かに私は教師ですが、あなたと話しているときは、ただの北都学院のOBのつもりですから、直江と呼び捨てでいいんですよ。それに教師なのは"橘"で、"直江"は教師ではありませんから」 いささか詭弁めいていると自分でも思ったが、高耶は納得したらしい。嬉しそうに笑って頷いた。 「そうだよな。いまさら直江先生なんて呼びにくくって。あーよかった」 実に素直である。 (あああああ、なんってカワイイんだ、高耶さんっ!食べてしまいたいっ!!) 目の前の男を犯罪者にしかけているなどとは露ほどにも思わず、高耶は直江にまたひとつ好意を抱いていた。 (直江って優しいよなぁ。先生なのに威張らないし、カッコイイのに鼻にかけないし。ホントいい奴だよな) 下心見え見えの直江の態度も、多大なる誤解によって見事に善意的な解釈となったようだ。一度信頼したらとことん信じてしまう、高耶の長所であり短所でもある性格のおかげだと、譲なら言うだろう。 「じゃ、直江。放課後は生徒会室でな」
勝手にもだえている男を残して、高耶はスタスタと去ってしまう。笑顔でそれを見送って――――直江はがくんと肩を落とした。 「直江先生に昔のこと聞くなら、生徒会役員みんなで聞いたほうがいいんじゃない?関係あるんだし」
などと高耶に吹き込んだせいである。 (ふっ、なかなかやるな、成田譲。だがしかし、高耶さんの心は確実に俺に傾いてきている。ざまぁみやがれー!)
半ば人格崩壊を起こしながら、直江はつかの間の勝利感にひたるのだった。
[続]
紅雫 著 [あとがき] 3話をUPしてから何ヶ月経ったんでしょう…(滝汗)。 千秋の某台詞は、我が愛する次元の名台詞からお借りしました♪カッコイイっすよねぇ、次元(笑)。 次回は「直江を襲う最悪の危機!このまま終われば直江けちょんねと作者が微笑む、その事件とは?過去の悪事は一万里を駆ける編」です。どうぞお楽しみに。 |
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