さて、その不機嫌の理由は、つい最近宿毛砦長となった現代人にあった。
(直江―――……)
今日は首領の嶺次郎と軍団長と諜報班のみの会議で、宿毛砦長の直江は参加していなかった。もう半月ほど顔も見ていない。考えまいとしても、気がつくとあの男のことを考えている。遠く離れていたときより、会いたいと思ってしまうのはなぜなんだろう。
ぶらぶらと歩を進めていたその足が、アジトの裏手に回ったところでぴたりと止まる。その視線の先には、たった今まで高耶の脳裏を支配していた男がいた。 (白鮫衆…)
白鮫衆の女達は、そろいも揃って美女ばかりである。やはり女だからなのか、憑依するときにしっかり顔と身体も選別基準に入っているらしい。 (オレがここにいるのに…っ) 鼻の下伸ばしてんじゃねぇぞ、と口の中で毒づく。実際には直江は別に笑ったわけでもなく、角度でそう見えただけだったのだが。 (せっかく来たのに)
もうだめだ。これ以上見ていたくない。 (……!!)
一瞬高耶は頭の中が真っ白になった。 ドゴーン! バリバリバリ…
「なんじゃなんじゃ!?」
宿毛砦中が大騒ぎに包まれる。
「高耶さん」
驚かせないよう、ゆっくりと近づいて声を掛ける。高耶はぴくりと肩を揺らすが、答えはない。 「高耶さん」 もう一度、優しく呼びかける。 「………なんだよ」 拗ねた返事に、直江は顔が綻ぶのを止められなかった。
「怒ってるんですか」 俯いたままの顎の下に手を入れて、ゆっくりと持ち上げる。高耶は嫌がるように顔を背けた。
「それにしては、大きな雷でしたね」 分かっていてこの男はこういう言い方をするのだ。高耶は観念したように直江を真っ直ぐに睨み返した。
「ああ、そうだよ。嫉妬したんだよ。悪いかよ」 待ってましたとばかりに、直江は本当に嬉しそうに微笑んだ。それを見て、高耶はますます嫌そうに顔をしかめる。
「……だいたいおまえが悪いんだ」 直江は頷くと、高耶を抱き寄せた。高耶は抵抗せずに直江の腕の中に納まる。
「本当に、すみませんでした」
直江の返事に、高耶は少し機嫌を直した。久しぶりの男の体臭を吸い込んで、うっとりと瞳を閉じる。胸に頬を摺り寄せて甘えてくる恋人に、直江は喜びを隠しきれない。 (このまま攫っていってしまおうか)
いつも頭の片隅にある不穏な考えが、再び持ち上がってくる。それでもこのひとときを壊したくない想いの方が強くて、直江は久しぶりの逢瀬を楽しむことに専念した。 「もう戻らないと…」 予想通りの高耶の言葉に、直江は不満たっぷりの視線を投げかける。
「もうですか。久しぶりに会えたのに」 こういう時の高耶は頑なだ。直江は溜息をついてしぶしぶ妥協案を出す。
「分かりました。後で窪川まで送りますから、もうちょっとだけ」 それは高耶も同じだ。ほんのり頬を染めて、だがつんと顎を反らす。 「そんなこと言って、仕事サボるからまだ砦長どまりなんだ。オレはのし上がってこいって言っただろう?いつまで待たせるんだよ」 直江の昇進は高耶を除けば異例の早さなのだが、高耶はそれでも不満らしい。早く自分のところまで上がってこいと急かす。その裏に寂しい心を感じとれるから、直江も殊勝に頷く。 「分かっています。いつまでもこんなところにはいない。必ず、あなたの傍らを獲得するから」 でも久しぶりに会った日くらいは、もっと長くそばにいたい。もう少しでいいから、二人だけで触れ合っていたい。そんな想いが通じたのか、高耶は困ったような顔になる。 「窪川が心配なんだ。兵頭に任せっきりにしとくわけにはいかないだろ」 嫌な男の名前が出た。今度は直江の機嫌が一気に悪くなる。 「私といるときに、あの男の名前を出すのは止めてください」 離れかけた身体を、もう一度腕を伸ばして捕まえる。 「おい……」 抗議の声を上げる唇を、自分の唇で塞いで黙らせる。やがて深くなったくちづけに、高耶は全身の力を奪われた。
「……やめろってば、もう……」 耳元で囁く声の低さに、直江の本気を感じて高耶は震える。
「私の前で他の男の名を呼ばないで。俺以外その瞳にうつさないで。あなたの嫉妬なんて、俺の独占欲に比べれば可愛いものですよ」 高耶は潤んだ瞳で見上げてくる。それを見て、ついに直江は湧き上がるものを抑える努力を放棄した。ヤりたい盛りの十代ではないが、もう半月も会っていなかったのだ。我慢も限界だった。
「やはり、今日はもう帰したくありません。窪川へは明日送ります」 さすがに焦った高耶を片手でなんなく封じると、直江は携帯電話を取り出した。
「宿毛砦の橘だ。今夜一晩休暇を貰う。仰木軍団長も一緒だ。いいな?」 横で喚く高耶を無視して、相手の返事に耳を傾けると、ひとつ頷いて直江は電話を切ってしまった。
「了承は貰いました。窪川へ向かう途中でホテルを取りますから」 赤鯨衆首領と主治医の了承を得られれば、誰にも文句は言えない。高耶はぐったりと俯いて呟いた。
「なに考えてんだ?あいつら…」 いかにも高耶の健康を気遣ったと言わんばかりの言葉に、高耶は間近にある恋人の顔を睨む。
「どうせ今夜も眠らせないくせに…」 文句を言いつつまんざらでもないらしい高耶に、直江は勝利の微笑みを浮かべた。 「俺の腕の中でね」
[終]
紅雫 著 [あとがき] ある様のHP「DOG GATE」開設祝いにお贈りした直高ラブラブ小説でございます。 しかし遅筆家のお約束通り、開設日に間に合うはずもなく…ようやくお渡しできたときは開設から一ヵ月以上過ぎていたという(爆)。そしてさらに一ヵ月以上ほったらかしにして、今頃うちの店でUP(汗)。 そういえばこの話って、いつの季節か全然わかんないわ……。 |
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