The Thunderbolt!






赤鯨衆四万十方面隊軍団長仰木高耶は、最近妙に不機嫌だった。努めて平常を装っているため気づかない者も多いが、ふとした拍子に苛々とした表情が零れる。
その理由を知っている一部のうちある者は不愉快そうに眉をひそめ、ある者は微笑ましく思い、ある者は「仰木も人間なんだなぁ」と妙に納得していた。

さて、その不機嫌の理由は、つい最近宿毛砦長となった現代人にあった。
宿毛は海沿いの街である。宿毛湾沖には足摺水軍の船影が浮かび、宿毛砦には小源太率いる陸の足摺衆がいる。すぐそばにある咸陽島には、白鮫衆のアジトがある。つまり、宿毛砦は伊達戦のための海軍駐屯基地なのである。
必然的に宿毛砦長の仕事は、海軍と共に動くことが多くなる。だが別に足摺衆の男共と仕事をしてたって、高耶が不機嫌になるわけはない。そう、白鮫衆と男が共にいるとき、高耶の機嫌は一気に急降下するのであった。








海からの風がしなやかな髪をもてあそぶ。暗い室内から外に出た眩しさに、高耶は目を眇めた。
高耶はこの日、小源太等と西土佐における戦線の対応策を練るため、宿毛砦までやってきていた。3時間に及ぶ会議と打ち合わせが終り、すぐにも窪川砦に戻らねばならないところなのだが、その目は一人の男を探していた。

(直江―――……)

今日は首領の嶺次郎と軍団長と諜報班のみの会議で、宿毛砦長の直江は参加していなかった。もう半月ほど顔も見ていない。考えまいとしても、気がつくとあの男のことを考えている。遠く離れていたときより、会いたいと思ってしまうのはなぜなんだろう。
疲れた頭でぼんやりと考えながら、高耶は少しだけ休息を取ろうと港へ足を向けた。

ぶらぶらと歩を進めていたその足が、アジトの裏手に回ったところでぴたりと止まる。その視線の先には、たった今まで高耶の脳裏を支配していた男がいた。
だが、男は一人ではなかった。ずば抜けて高い長身を、3,4人の薄着の女達が取り囲むようにしていたのだ。

(白鮫衆…)

白鮫衆の女達は、そろいも揃って美女ばかりである。やはり女だからなのか、憑依するときにしっかり顔と身体も選別基準に入っているらしい。
その美女達に囲まれている男は、これまた同性の目から見ても異様にいい男であった。赤鯨衆の逞しい男達に引けを取らない長身で筋肉の付いた身体に、俳優のように整っているが甘すぎずりりしい顔立ち。滲み出るフェロモンは、女を惹きつけるのに充分すぎるほどだ。
端から見れば、まるで一つの絵の様に男と女達は似合っている。高耶はムカムカと嫌な気分が膨れていくのを感じた。
赤鯨衆に入ってからの直江は、仕事と高耶以外には見向きもしない。そんなことは、高耶が一番良く分かっている。分かってはいるのだが……。
そんな高耶に気づきもせず、直江は白鮫衆の女達と話続けている。仕事の話ではないのか、女達の顔には笑顔が見える。
ふと直江の口元が綻んだ気がして、高耶は握った拳に力を込めた。

(オレがここにいるのに…っ)

鼻の下伸ばしてんじゃねぇぞ、と口の中で毒づく。実際には直江は別に笑ったわけでもなく、角度でそう見えただけだったのだが。

(せっかく来たのに)

もうだめだ。これ以上見ていたくない。
高耶が不愉快な気分のまま踵を返そうとしたそのとき、信じられないことがおこった。
白鮫衆の女の一人が、腕を伸ばして直江の頭を抱え込み、その唇に肉感的な唇を押し付けたのだ。

(……!!)

一瞬高耶は頭の中が真っ白になった。
次の瞬間、溜りに溜まっていた怒りが大爆発をおこす。
晴れ渡っていた空が突如稲光り、ばちばちと空気が放電を起こし、不気味な地鳴りと揺れが大地を襲い、建物の窓ガラスが今にも割れそうにびりびりと鳴り響く。外に出ていた人間は慌てて物陰に隠れようと右往左往する。
とどめに特大の雷が、宿毛砦の隊士宿舎に落っこちた。

ドゴーン! バリバリバリ…

「なんじゃなんじゃ!?」
「敵襲か!?」
「屋上が爆発した…!」
「阿呆、逃げるな!戦闘準備じゃ!」
「その前に火を止めろ!」

宿毛砦中が大騒ぎに包まれる。
ある者は水の入ったバケツを持って走り、ある者は念鉄砲を構えてあたりを警戒する。
そんな中、皆をまとめるはずの砦長は、一緒にいた女達を放りだしてどこかに走り去っていった。





宿毛砦から徒歩で10分ほど離れた林の中で、直江はようやく探し人を見つけた。
高耶は大きな木の根本に、膝を抱えて俯いて座っている。その姿は、まるで叱られて泣いている幼い子供のようだった。

「高耶さん」

驚かせないよう、ゆっくりと近づいて声を掛ける。高耶はぴくりと肩を揺らすが、答えはない。
直江は高耶の目の前まで来ると、目線を合わせるように腰を落として膝をついた。

「高耶さん」

もう一度、優しく呼びかける。

「………なんだよ」

拗ねた返事に、直江は顔が綻ぶのを止められなかった。

「怒ってるんですか」
「…別に」
「そう?」

俯いたままの顎の下に手を入れて、ゆっくりと持ち上げる。高耶は嫌がるように顔を背けた。

「それにしては、大きな雷でしたね」
「………」
「あなたが嫉妬してくれたのかと思った」

分かっていてこの男はこういう言い方をするのだ。高耶は観念したように直江を真っ直ぐに睨み返した。

「ああ、そうだよ。嫉妬したんだよ。悪いかよ」
「悪いわけないでしょう。嬉しいですよ、高耶さん」

待ってましたとばかりに、直江は本当に嬉しそうに微笑んだ。それを見て、高耶はますます嫌そうに顔をしかめる。

「……だいたいおまえが悪いんだ」
「そうですね」
「あんなことされやがって」
「全くです。迂闊でした」
「おまえはオレのものなのに…」
「ええ、その通りです」

直江は頷くと、高耶を抱き寄せた。高耶は抵抗せずに直江の腕の中に納まる。

「本当に、すみませんでした」
「……二度とすんなよ」
「はい。絶対に」

直江の返事に、高耶は少し機嫌を直した。久しぶりの男の体臭を吸い込んで、うっとりと瞳を閉じる。胸に頬を摺り寄せて甘えてくる恋人に、直江は喜びを隠しきれない。

(このまま攫っていってしまおうか)

いつも頭の片隅にある不穏な考えが、再び持ち上がってくる。それでもこのひとときを壊したくない想いの方が強くて、直江は久しぶりの逢瀬を楽しむことに専念した。
しばらくすると、高耶がもぞもぞと腕の中から抜け出そうとし始めた。残念に思いながらも、直江は大人しく解放する。

「もう戻らないと…」

予想通りの高耶の言葉に、直江は不満たっぷりの視線を投げかける。

「もうですか。久しぶりに会えたのに」
「仕方ねぇだろ」

こういう時の高耶は頑なだ。直江は溜息をついてしぶしぶ妥協案を出す。

「分かりました。後で窪川まで送りますから、もうちょっとだけ」
「いい。おまえはおまえの仕事があるだろう」
「それくらい、させてください。少しでもあなたと一緒にいたいんです」

それは高耶も同じだ。ほんのり頬を染めて、だがつんと顎を反らす。

「そんなこと言って、仕事サボるからまだ砦長どまりなんだ。オレはのし上がってこいって言っただろう?いつまで待たせるんだよ」

直江の昇進は高耶を除けば異例の早さなのだが、高耶はそれでも不満らしい。早く自分のところまで上がってこいと急かす。その裏に寂しい心を感じとれるから、直江も殊勝に頷く。

「分かっています。いつまでもこんなところにはいない。必ず、あなたの傍らを獲得するから」

でも久しぶりに会った日くらいは、もっと長くそばにいたい。もう少しでいいから、二人だけで触れ合っていたい。そんな想いが通じたのか、高耶は困ったような顔になる。

「窪川が心配なんだ。兵頭に任せっきりにしとくわけにはいかないだろ」

嫌な男の名前が出た。今度は直江の機嫌が一気に悪くなる。

「私といるときに、あの男の名前を出すのは止めてください」

離れかけた身体を、もう一度腕を伸ばして捕まえる。

「おい……」

抗議の声を上げる唇を、自分の唇で塞いで黙らせる。やがて深くなったくちづけに、高耶は全身の力を奪われた。

「……やめろってば、もう……」
「あなたがいけないんですよ。俺が嫉妬深いのは知ってるでしょう?」

耳元で囁く声の低さに、直江の本気を感じて高耶は震える。

「私の前で他の男の名を呼ばないで。俺以外その瞳にうつさないで。あなたの嫉妬なんて、俺の独占欲に比べれば可愛いものですよ」
「直江…」

高耶は潤んだ瞳で見上げてくる。それを見て、ついに直江は湧き上がるものを抑える努力を放棄した。ヤりたい盛りの十代ではないが、もう半月も会っていなかったのだ。我慢も限界だった。

「やはり、今日はもう帰したくありません。窪川へは明日送ります」
「こら、ちょっと…!」

さすがに焦った高耶を片手でなんなく封じると、直江は携帯電話を取り出した。

「宿毛砦の橘だ。今夜一晩休暇を貰う。仰木軍団長も一緒だ。いいな?」
「おい!勝手に決めるな!」

横で喚く高耶を無視して、相手の返事に耳を傾けると、ひとつ頷いて直江は電話を切ってしまった。

「了承は貰いました。窪川へ向かう途中でホテルを取りますから」
「了承って誰の!?」
「中川と嘉田です」

赤鯨衆首領と主治医の了承を得られれば、誰にも文句は言えない。高耶はぐったりと俯いて呟いた。

「なに考えてんだ?あいつら…」
「もちろん、あなたの健康ですよ。あなたは働き過ぎです。ここらで休まなければ、いつか倒れてしまいますよ」

いかにも高耶の健康を気遣ったと言わんばかりの言葉に、高耶は間近にある恋人の顔を睨む。

「どうせ今夜も眠らせないくせに…」
「まさか。たっぷり寝かせてあげますとも」

文句を言いつつまんざらでもないらしい高耶に、直江は勝利の微笑みを浮かべた。

「俺の腕の中でね」





[終]

紅雫 著
(2001.01.03)


[あとがき]
ある様のHP「DOG GATE」開設祝いにお贈りした直高ラブラブ小説でございます。
しかし遅筆家のお約束通り、開設日に間に合うはずもなく…ようやくお渡しできたときは開設から一ヵ月以上過ぎていたという(爆)。そしてさらに一ヵ月以上ほったらかしにして、今頃うちの店でUP(汗)。
そういえばこの話って、いつの季節か全然わかんないわ……。


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