「もしもし?」 答えた途端、穏やかな中川の声と対照的な、有無を言わせない低音が聞こえてくる。 『宿毛砦の橘だ。今夜一晩休暇を貰う。仰木軍団長も一緒だ。いいな?』 中川はあまりに一方的な内容に眉を顰めたものの、すばやく頭の中で状況を判断し、最上の結論を導き出す。この辺りはさすが医者といったところだ。 「ちょっと待ってくださいね」 中川は嶺次郎に向き直ると、にっこりと微笑んだ。
「嘉田さん、今夜一晩だけ、仰木さんと橘さんに休暇をあげてもいいですよね?」 目を剥いて反対しようとする嘉田を無視して、中川は勝手に返事をしてしまった。中川の答えに満足したらしい橘は、あっという間に電話を切ってしまう。 「おい、中川!」 喚く嶺次郎をまあまあといなして、中川は冷めてきたお茶を一口すすった。 「仰木さんにだって、たまにゃあ休息が必要でしょう。最近ずいぶん疲れて苛々しちょりましたから。それに今度は窪川であんな雷落っことされたらどうするがです」
嶺次郎はうっと詰まってしまった。
「ふん。やはりあの現代人、仰木の男じゃったようじゃねぇ」 笑いを含んだ寧波と青月の言葉に、中川はうんうんと頷いた。 「ここらで仰木さんには機嫌を直してもらわんと。窪川からもちらほら、仰木さんの様子がおかしいちゅう報告もきとりますし」 それでもまだ苦い顔をしている嶺次郎に、中川は安心させるように微笑んだ。
「心配せんでも、明日には何もかも元どおりになっちょりますよ。きっと」 三人の包囲網に、嶺次郎はとうとう両手を挙げて降参した。
「分かった分かった!橘と仰木は今夜だけ自由行動じゃ。これでええがか?」
当たりは柔らかいが、実は押しの強い中川である。ある意味、赤鯨衆の影の実力者と言っても過言ではなかった。 「あ、嘉田さん。檜垣さんと兵頭さんには嘉田さんから伝えてくださいね。じゃないとまた余計な騒ぎが起こりますき」 にっこり笑ったその顔は、厄介ごとを人に押し付けて晴れ晴れとしていた。
[終]
紅雫 著 [あとがき] 普段はとても優しいんだけど、実は冷静に物事を判断してて、時に皆が驚くような行動力を見せる。私の中川先生に対するイメージはそんな感じです。 しかしこれ、ちょっと違う…?(笑) |
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