【後編】
呆れ返ったような声に、入り口付近で騒いでいた隊士達がはっとしたように振り向く。そしてそのまま硬直してしまった。
高耶が一歩を踏み出す。
高耶は真っ白なシルクのスリップドレスを着ていた。少し日に焼けた滑らかな肌にシルクの光沢が映える。胸と腰には何か入れているのか、柔らかなふくらみができていた。 そこにいるのは、軍団長仰木高耶ではない。1人の美しい女になった仰木高耶だった。 静寂を破ったのは潮だった。 「仰木ぃ!すっげぇ綺麗だぞ!」
どこに隠し持っていたのか、愛用のカメラを取り出し撮影を始める。
「写真撮ってんじゃねぇよ」 高耶は溜息をつくと、固まっている隊士達の間を悠然と進み、カウンターに近づいた。 「仰木!こっちに座れよ」
潮が盛んに呼んでいるが、完全に無視する。
「…これで文句はないだろう」
にやにやと笑う寧波に、高耶は更に顔を険しくした。
高耶は空いた寧波の席に足を組んで座った。すると際どいところまではいったスリットから、少し筋肉質の形のいい足が太股まで丸見えになる。
「酒」
どうやらそうとう不機嫌らしい。
「なんだ」
高耶は恨みがましい声で唸った。 (これは仰木高耶だ!) 自分に言い聞かせ、視線を逸らす。
「仰木さあああん!!」 卯太郎の泣き声に、高耶も気づいて仕方なさそうに立ち上がる。 「なんだよ。どうしたんだ」 高耶が近づくと、真赤な顔をした卯太郎がわっと泣きつく。
「いきなりスカートめくられたがですぅ〜!!」
楢崎も赤い顔をして喚く。 「お前ら、その程度で騒ぐんじゃ…!!!」 言い終わらないうちに、異様な感覚に全身の肌が粟立つ。 (ケツを撫でられた!!)
と思った瞬間、振り向きざまその男を殴り倒していた。
がたがたーん! 空いていた椅子を巻き込み、派手な音を立てて男が倒れる。
「お、仰木さん、何を…!」 『なにいいいいいぃっ!!!』 周りにいた隊士達がいっせいに立ちあがる。
「この野郎、なんちゅうことをするんじゃ!!」
口々に喚き、倒れた男を袋叩きにする。 兵頭はあまりの騒ぎに頭痛を覚え、再びやってきた寧波に問いかけた。
「…この騒ぎ、一体どうするつもりなんじゃ」
寧波は気にも留めない。
「嶺次郎はどうした」 とうにこの騒ぎから逃げ出していたらしい嶺次郎に、兵頭は羨望を禁じ得なかった。
高耶は大きな手に手首を掴まれ、引きずられるように廊下を歩く。その顔は暗くてよく見えなかったが、高耶はそれが誰だかよく分かっていた。 「いっつ…!痛いって…、おい、直江!」
掴まれた手首も痛いが、慣れないヒールを履いている足がもっと痛い。 「…大丈夫ですか」 いまさらな男の言葉に、高耶はむっとしたように睨みつけた。 「大丈夫じゃない」
手は痛いし足も痛い。ついでに早足で歩いたものだから、酔いが回って気分も悪かった。 「すみませんでした。いつまでもあの場所にあなたを置いておきたくなかったものですから」
いつもの穏やかな声に戻って、直江は高耶に微笑みかけた。
「ずっと見てたのか」 それにしても、と言って、直江はショールがずり落ちてむき出しになった肩に指をはわせる。 「こんなに色っぽい格好で来るとは思いませんでしたよ」 微妙に変化した口調と、不遜な指の動きに高耶は身体を強ばらせる。
「よせ、こんなところで…」 なおも拒もうとした唇を無理矢理塞がれる。 「…ん…っ」
甘い声が高耶の喉から漏れる。
「…こんなに綺麗な姿は、私だけに見せていて…」
酔いと快感で潤んだ深紅の瞳は、今はただ直江だけを見つめていた。 これからが本当のFanatic Night――――。
あの狂ったような宴会の夜から数日後、数十枚の写真を前に寧波と潮はなにやら話し込んでいた。
「で?いくらでネガ買ってくれるんだ?」 寧波は潮が隠すように持っていた写真をさっと取り上げた。 「あっ!それは…っ」
そこに映っていたのは、月に照らされくちづけを交わす直江と高耶だった。
「ええ写真やないの!高く買うちゃるよ、これなら」
ただでさえ隠し撮りなのだ。こんなものまで撮っていたとバレたら、本当に嫌われてしまう。
「売る気があったから撮ったんじゃろう?こんなに綺麗に撮れちょるのがいい証拠やね」 だがそこに、第3者の声が入った。
「確かによく撮れているな」
突然の当事者の登場に、潮は驚いて写真を隠そうとした。
「おんしも買うかい?」
その写真とは、例の直江と高耶の密会シーンである。
「まさかただで持ってく気じゃないだろうね?」 どこまでも冷静な態度を崩さない直江に、寧波は舌打ちをしてネガを放り投げた。 「ふん、分かったよ。それは持ってきな」
直江は無言でネガを懐に収めると、そのまま立ち去る。 「仕方がないね。これにプレミアを付けて売るか」
転んでもただでは起きない商売人。
[終]
紅雫 著 [あとがき] いかがでしたでしょうか?この話はめずらしく直江が勝利者でした。しかし「スリットの中に〜・・・」のところは、やっぱり書いていて腹が立ってきた・・・。 この駄文はカウントゲッターミヤオ様に捧げさせていただきます。1000HIT、本当にありがとうざいました。なお、この小説はミヤオ様のHPにも掲載されております。 |
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