Fanatic Nighit


【後編】





「…すごい騒ぎだな」

呆れ返ったような声に、入り口付近で騒いでいた隊士達がはっとしたように振り向く。そしてそのまま硬直してしまった。
それに気づいた隊士がまた高耶を見て、同じように固まる。
伝染のように驚愕が伝わり、隊士達は全員入り口に立つ高耶を振り返った。
そして静寂が会場を支配する。

高耶が一歩を踏み出す。
コツ…という足音が、静まり返った会場に響き渡った。
ふわり、と高耶の纏ったドレスの裾が揺れる。

高耶は真っ白なシルクのスリップドレスを着ていた。少し日に焼けた滑らかな肌にシルクの光沢が映える。胸と腰には何か入れているのか、柔らかなふくらみができていた。
肩には薄いピンクの紗織りのショールをかけている。
背中の半ばまである髪は、歩くたびにドレスと同じようにふわりと動いた。
きつい目元には淡いシャドー。唇は赤みの濃いリップ。

そこにいるのは、軍団長仰木高耶ではない。1人の美しい女になった仰木高耶だった。

静寂を破ったのは潮だった。

「仰木ぃ!すっげぇ綺麗だぞ!」

どこに隠し持っていたのか、愛用のカメラを取り出し撮影を始める。
高耶は少し細くなった形のいい眉をしかめ、潮を軽く睨んだ。

「写真撮ってんじゃねぇよ」
「いいじゃねぇか。よく似合ってるぞ」

高耶は溜息をつくと、固まっている隊士達の間を悠然と進み、カウンターに近づいた。

「仰木!こっちに座れよ」

潮が盛んに呼んでいるが、完全に無視する。
カウンターまで来た高耶は、まだ固まっている兵頭を尻目に寧波を睨みつける。

「…これで文句はないだろう」
「ああ。おんしにしちゃ上出来やね」

にやにやと笑う寧波に、高耶は更に顔を険しくした。
寧波はそれを笑って躱すと、集まり始めた白鮫衆の元へと戻ってしまった。
隊士達もようやくお地蔵さんから立ち直り、高耶を気にしつつも騒ぎ始めていた。

高耶は空いた寧波の席に足を組んで座った。すると際どいところまではいったスリットから、少し筋肉質の形のいい足が太股まで丸見えになる。
それを見てしまった隊士の幾人かが鼻血を吹いて倒れた。
だが高耶は気にも留めずにグラスを取ると、隣の兵頭に突きつけた。

「酒」
「……」

どうやらそうとう不機嫌らしい。
ようやく驚愕から立ち直った兵頭は、仕方なくグラスになみなみと日本酒を注いでやる。
普段はあまり飲まないくせに、今日の高耶は自棄酒とばかりに何杯もグラスを空けた。
しばらく手酌で飲んでいたが、じっと見つめる兵頭の視線に気づき、高耶は尖った声を出した。

「なんだ」
「…よう似合うちょりますね」
「…なんでお前は女装じゃないんだ」

高耶は恨みがましい声で唸った。
もう酔い始めたのか、高耶の目元はうっすらと赤くなっている。潤んだ赤い瞳で睨まれ、兵頭は自分の理性が揺らぎかかったのが分かった。

(これは仰木高耶だ!)

自分に言い聞かせ、視線を逸らす。


その視線の先で、また騒ぎが起こっていた。
卯太郎と楢崎がなにやら喚いている。

「仰木さあああん!!」

卯太郎の泣き声に、高耶も気づいて仕方なさそうに立ち上がる。

「なんだよ。どうしたんだ」

高耶が近づくと、真赤な顔をした卯太郎がわっと泣きつく。

「いきなりスカートめくられたがですぅ〜!!」
「俺は尻触られた」

楢崎も赤い顔をして喚く。
若くてまだ身体の出来上がっていない卯太郎と楢崎は、高耶の次ぐらいに女装がよく似合っていた。
だからこそわざわざ寧波も強制参加させたのだろうが…。
女のように騒ぐ2人に、高耶は呆れた顔になる。

「お前ら、その程度で騒ぐんじゃ…!!!」

言い終わらないうちに、異様な感覚に全身の肌が粟立つ。

(ケツを撫でられた!!)

と思った瞬間、振り向きざまその男を殴り倒していた。

がたがたーん!

空いていた椅子を巻き込み、派手な音を立てて男が倒れる。

「お、仰木さん、何を…!」
「こいつにケツ撫でられた!」

『なにいいいいいぃっ!!!』

周りにいた隊士達がいっせいに立ちあがる。

「この野郎、なんちゅうことをするんじゃ!!」
「許さん!」
「仰木さんに触るとは〜!!」

口々に喚き、倒れた男を袋叩きにする。
そのさらに周りでは突然の乱闘に喜んだ男達が歓声を上げ、囃したてた。
騒ぎはあっという間に会場中に伝染した。
そこかしこで乱闘が起こり、小源太達はよさこいを踊り始め、岩田永吉はスカートをたくし上げてテーブルに登り、一気飲みをする。
会場は、もはや収拾のつかない大騒ぎとなった。

兵頭はあまりの騒ぎに頭痛を覚え、再びやってきた寧波に問いかけた。

「…この騒ぎ、一体どうするつもりなんじゃ」
「宴会に乱闘はつきものだろ?」

寧波は気にも留めない。
兵頭の頭痛はさらにひどくなった。
そこでふと、我らが首領の姿が見えないことに気づく。

「嶺次郎はどうした」
「嶺次郎なら、小源太達が来た時点で『頭が痛い』ちゅうて医務室に行ったよ」

とうにこの騒ぎから逃げ出していたらしい嶺次郎に、兵頭は羨望を禁じ得なかった。


兵頭が頭を痛めていたとき、この騒ぎの原因となった罪作りな軍団長は、いつのまにか騒ぎの中心から逃れ、会場の外へと連れ出されていた。

高耶は大きな手に手首を掴まれ、引きずられるように廊下を歩く。その顔は暗くてよく見えなかったが、高耶はそれが誰だかよく分かっていた。

「いっつ…!痛いって…、おい、直江!」

掴まれた手首も痛いが、慣れないヒールを履いている足がもっと痛い。
と思った途端、案の定高耶はバランスを崩して倒れそうになった。
顔面から床にダイビングするところを、直江が抱き留める。

「…大丈夫ですか」

いまさらな男の言葉に、高耶はむっとしたように睨みつけた。

「大丈夫じゃない」

手は痛いし足も痛い。ついでに早足で歩いたものだから、酔いが回って気分も悪かった。

「すみませんでした。いつまでもあの場所にあなたを置いておきたくなかったものですから」

いつもの穏やかな声に戻って、直江は高耶に微笑みかけた。
この男らしい言い分に、高耶は呆れた溜息をつく。

「ずっと見てたのか」
「ええ、あなたが入って来たときから」

それにしても、と言って、直江はショールがずり落ちてむき出しになった肩に指をはわせる。

「こんなに色っぽい格好で来るとは思いませんでしたよ」

微妙に変化した口調と、不遜な指の動きに高耶は身体を強ばらせる。

「よせ、こんなところで…」
「誰もいませんよ」
「なお…っ!」

なおも拒もうとした唇を無理矢理塞がれる。

「…ん…っ」

甘い声が高耶の喉から漏れる。
押しのけようとしていた手は、しばらくすると直江の首に回された。
かろうじて腕に引っかかっていたショールは冷たい床に滑り落ちる。
直江は高耶の腰を引き寄せ、固く抱きしめた。その間も直江の手はスリットから忍び込み、高耶の足を優しく愛撫している。

「…こんなに綺麗な姿は、私だけに見せていて…」
「…っ…はぁ……」

酔いと快感で潤んだ深紅の瞳は、今はただ直江だけを見つめていた。
月に照らされた廊下で、もつれ合うように抱きしめ合う。

これからが本当のFanatic Night――――。






<後日談>


「ほう、よう撮れちょるねぇ」
「だっろ〜?我ながらいい出来だと思うぜ」

あの狂ったような宴会の夜から数日後、数十枚の写真を前に寧波と潮はなにやら話し込んでいた。
そこにあるのは、ほとんどが女装した高耶の写真である。潮は白鮫衆に頼まれて、高耶の写真を撮っていたのだった。
これを白鮫衆は潮から買い取り、現像して売りさばくのである。
一般隊士から集めた会費の5000円と共に、この金は白鮫衆の副収入として大いに期待されていた。

「で?いくらでネガ買ってくれるんだ?」
「そうじゃねぇ…っと、これは?」

寧波は潮が隠すように持っていた写真をさっと取り上げた。

「あっ!それは…っ」

そこに映っていたのは、月に照らされくちづけを交わす直江と高耶だった。
しかも直江の手が、高耶のスリットの中に忍び込んでいるところまで、しっかりと撮れている。

「ええ写真やないの!高く買うちゃるよ、これなら」
「そ、それはさすがにまずいだろ。俺が仰木に殺されちまうよ」

ただでさえ隠し撮りなのだ。こんなものまで撮っていたとバレたら、本当に嫌われてしまう。
焦った潮の声に、寧波はふん、と鼻を鳴らす。

「売る気があったから撮ったんじゃろう?こんなに綺麗に撮れちょるのがいい証拠やね」
「そんなぁ〜…」

だがそこに、第3者の声が入った。

「確かによく撮れているな」
「た、橘!?」

突然の当事者の登場に、潮は驚いて写真を隠そうとした。
だが寧波はその写真を取り上げ、直江に見せ付けるようにひらめかせた。

「おんしも買うかい?」
「別にいらん。…だが、そうだな。その写真のネガは貰おうか」

その写真とは、例の直江と高耶の密会シーンである。
直江の言葉に寧波は眉を跳ね上げた。

「まさかただで持ってく気じゃないだろうね?」
「それならば肖像権を要求しようか。言っておくが、この写真があの人にばれたら、いくら姫水軍の長と言えどもただでは済まないぞ」
「このあたしを脅す気かい?」
「事実を述べたまでだ」

どこまでも冷静な態度を崩さない直江に、寧波は舌打ちをしてネガを放り投げた。

「ふん、分かったよ。それは持ってきな」

直江は無言でネガを懐に収めると、そのまま立ち去る。
それを見送って、寧波は一枚だけ残された、密会写真を持ち上げた。

「仕方がないね。これにプレミアを付けて売るか」

転んでもただでは起きない商売人。
寧波の商魂を垣間見た潮はそんなことを思い浮かべ、そっと溜息をつくのだった。





[終]

紅雫 著
(2000.02.26)


[あとがき]
いかがでしたでしょうか?この話はめずらしく直江が勝利者でした。しかし「スリットの中に〜・・・」のところは、やっぱり書いていて腹が立ってきた・・・。
この駄文はカウントゲッターミヤオ様に捧げさせていただきます。1000HIT、本当にありがとうざいました。なお、この小説はミヤオ様のHPにも掲載されております。


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