【2】
朝の清々しい空気を吸い込んで、高耶はぼんやりと辺りを見回した。朝食が終わって、暇―――というよりやることのない高耶は、庭に出てみたのだが。
(こういうのって手入れにすっごい金かかるって聞いたことあるけど、いくらくらい使ってんのかな)
高耶はついつい貧乏人の発想をしながら散策していた。ちょうど中ほどまで来たんじゃないかと思ったそのとき、
「おはようございます」
突然後ろから声をかけられて、高耶は思わず飛び上がった。
(そうだ。オレ、こいつにキス…!)
目を見開いていた高耶が、今度はゆでダコのように真っ赤になってしまったのを見て、直江は不思議そうな顔をした。
「どうかしましたか?」
どうしたもこうしたも、昨日自分が何をしたか忘れたのだろうか。まるで何事もなかったような態度の直江に、高耶はなんとなく腹が立った。
「直江さん、あの」
言い直すと、直江はなぜか嬉しそうににこにこと微笑んだ。
「昨日、なんであんなこと……」
自分で言って恥ずかしくなってしまい、高耶は赤い顔で語尾を濁した。
「キスしたことですか?」
平然と言われ、高耶は耳まで赤くなって俯いてしまった。そんな高耶を愛しそうに見つめて、直江は寝癖のついた頭を優しく撫でた。
「嫌でしたか?」
男にキスされるなんて、ホモじゃあるまいし嫌に決まっている。だけどそれをしたのが目の前の男だと思うと別に嫌じゃない自分自身に、高耶は困っていた。
(もしかして、オレってホモだった?そんじゃ、オレにキスしたってことは、直江もホモ?)
混乱して唸っている高耶に、直江は悲しそうに、でもやっぱり優しく言う。
「嫌だったのなら、二度としません。だから私のことを嫌いにならないでください」
言いかけて、はっと口をつぐむ。これじゃまるで「好き」だと言っているようではないか。再びかーっと顔が熱くなる。
「ありがとうございます」
広い胸に抱きこまれて、高耶は硬直した。固まった身体とは裏腹に、心臓はばくばくとうるさいくらいに高鳴っている。きっと直江にも伝わっているに違いない。
(どうしよう、オレ、なんか変だ)
直江に優しく見つめられただけで、こんなにドキドキする。キスされても、こうして抱きしめられても、全然嫌じゃない。
(じゃあ、なんで?)
もしかしたら、からかわれているのかもしれない。そういえば、昨日ヘンなことを言っていた。『結婚してください』なんて、男同士でできるわけがないじゃないか。
(やっぱり、からかわれてるんだ)
高耶は自分の思いつきに悲しくなって、俯いた。だがそんな高耶の考えを否定するように、直江は耳元で囁いた。
「高耶さん、昨日私が言ったことを覚えてますか?」
慌てて見上げた高耶に、直江は昨日と同じ口調で真剣に言った。
「私と結婚してください」
直江はどこまでも真剣で、とてもふざけているようには見えない。だからこそ高耶は余計にうろたえた。
「だ、だって、あれって冗談…」
高耶の弱々しい反論に、直江は畳み掛けるように答えてくる。とどめに直江はあの悲しい瞳で問いかけた。
「私のことが嫌いですか?」
真正面から目を覗き込まれて、どきっとする。綺麗な鳶色の瞳から、目を逸らしたいのに逸らせない。
(嫌いじゃ、ない)
嫌いなんかじゃない。初めて会ったときから、こいつだと思った。自分を迎えに来てくれた人。ずっとずっと待っていた――――。
「なんで…?なんで、オレと結婚なんてしたいんだよ」
さも当然とばかりに、直江は即答する。高耶は今度こそ呆然と直江を見上げた。
「あなたが好きだから。あなたが大切だから。ずっとあなたの傍にいたいから。ずっとずっと、一緒にいたいから、あなたと結婚したい」
信じられない、と思った。そんなの嘘だ、と思った。出会ったばかりのくせに、何を言っているんだと思った。だけどそんな頭を無視して、心は嬉しさと喜びで舞い上がっていた。
「あなたを愛しています。私と結婚してくれますか?」
もう一度、直江がプロポーズする。
自らの片腕として認めた男が、昨日初めて会った孫の肩に手を回して、にっこり人好きのする笑顔を浮かべて告げた内容に、上杉はぴくりと片眉を跳ね上げた。鋭い眼光で直江をしばし見つめたあと、その視線を高耶に移す。びくりと肩を震わせつつも、高耶はまっこうからその視線を受け止めた。
「本気なのか」
覚悟を決めて、こくりと頷く。
(やっぱり男同士で結婚なんて無理なんだ。じいさんだって、会ったばかりの孫がホモだったなんてショックだろう。反対されるに決まってる。もし直江がクビになったりしたらどうしよう…!やめればよかった。やっぱり結婚なんてやめておけばよかったんだ)
すっかり悲観的になって、暗い気持ちで俯いた高耶の耳に、重々しくもどこか明るい声が飛び込んだ。
「それはめでたい」
(…………は?)
信じられない思いで顔を上げてみれば、まるで当たり前の祝い事のように2人は喜んでいた。
「しかし高耶はまだ15歳だろう」
高耶が呆然としている間に、上杉と直江は勝手に盛り上がってしまった。それを見て、ようやく我に返った高耶は慌てふためいた。
「どうしたんですか?高耶さん」
不思議そうに直江が尋ねる。だが不思議に思っているのは高耶も同じだ。
「結婚って…、さっきも言ったけど、男同士なのにどうやって?それに婚約発表って…」
困惑しきっている高耶の様子を見て、直江は安心させるように微笑んだ。
「大丈夫、心配いりませんよ」
その横で上杉もうんうんと頷いた。
「この日本で上杉にできないことはほとんどない。おまえたちの結婚くらい、造作も無いことだ」
当たり前のように戸籍操作だの法律を変えるだの、物騒な話をする2人を、高耶はもはや何も言えず、唖然として見つめた。
「すぐに高校編入の手続きもしなければなりませんね。資料を取り寄せましょう」
ようやく直江は高耶を振り返ってにっこり笑ったが、二人の会話は高耶にとって、すでに異次元の域に入っていて、何をどう返せばいいのか分からなかった。
「………セーラー服?」
正面では、上杉も深く頷いている。
[続]
紅雫 著 [あとがき] 3年ぶりの「Happy Anniversary」です〜(爆)。 あーもう、なんでこんなに間を空けてしまったのか…。 それでもストーリーを忘れていなかった自分は、ある意味すごいというか、そんなことに脳細胞使ってる余裕があったらとっとと書けって感じがします。 さて。 1話目のあとがきで書いてますが、改めて注意書きを。 このお話はギャグもしくはコメディです。 ですから謙信公がおかしかろうと、直江がとばしてようと、高耶さんが乙女だろうと、気にせず読んでください(笑)。 次回完結します。 今度こそ絶対に、今月中に! |
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