Last Song






<2章>



ねえ 行かないで ここにいて
絡めた指先だけは
何があっても解かないで

ねえ 微笑んで その瞳で
ここにいる私だけを
目を逸らさずに見つめていて

貴方が欲しい 貴方しかいらない
最後の願いを どうか叶えて

全て叶わないのなら せめて貴方の胸で壊れさせて





TVから女性のハスキーボイスが流れてくる。
聞いたことのあるメロディに、直江はコーヒーを煎れる手を止めて振り返った。

(高耶さんがよく歌っている曲だ)

その高耶は、素肌にバスローブを羽織り、ソファで同じ歌を口ずさんでいる。
夢見るように歌うその横顔が綺麗すぎて、直江はしばらくぼんやりと眺めていた。

「――――なに?直江」

ふと視線に気づいた高耶が、こちらを見る。

「え?あ、いいえ……綺麗だな、と思って」
「………なにが?」
「あなたが」

にっこり笑って言った途端に、高耶は真赤になってしまう。

「おまえなぁ……っ。おまえ、初めて会った時もそんなこと言ってたよな」
「おや、よく覚えてましたね」
「忘れるかよ。男が男に"キレイ"なんて、普通言わないだろ」
「そうですか?でも本当に綺麗だったんですよ」

薄暗いバーの光の中に浮かび上がる高耶の姿を思い出し、直江は懐かしい想いに囚われた。
一年前の今日。
直江がふらっと入ったバーの小さなステージで、高耶は歌っていた。
よく通る声が、静まり返ったバーに響き渡る。本来酒を楽しむ場で、ステージの音楽は飾りのはずなのに、そのとき確かに高耶の存在がその場を支配していた。
綺麗だった。
どこか哀しげなその横顔も、透き通るようなその声も。
気がついたら、歌い終わってカウンターについた彼に話し掛けていた。
今も高耶はあのステージで歌っている。そのときは、直江も必ず見に行くようにしていた。
馴染みになったバーテンの千秋は高耶の古い友人でもあるらしく、たまに昔の彼を教えてくれる。
そういえば一度だけ、高耶がいないときに不思議なことを言われた。

『あいつ、幸せそうだな。あんな顔が見れるとは思わなかった』
『どういうことだ?』
『あいつは……、自分の運命を知っているからな』
『運命?それは……』
いったいなんなのか。
高耶が戻って来たため結局聞きそびれ、忘れてしまっていた。
なぜ今、そんなことを思い出すのだろう。

「直江?どうかしたのか?」

黙り込んでしまった直江に、高耶が不安そうに声をかける。

「いいえ、なんでも……」

安心させるように笑い、高耶の隣に座った。
優しく髪を梳いてやると、嬉しそうに微笑んで体重を預けてくる。
TVではいつのまにか先ほどの歌は終り、流行の曲が流れていた。

「さっきの歌、よく歌ってますけどずいぶん気に入ってるんですね」
「うん。"Last Song"っていうんだ。あんまり有名じゃないけどな」
「でもそれ、失恋した歌でしょう?」
「そうだけど?」
「あなたには似合いませんね」

一瞬高耶は目を見開いて、次の瞬間笑い出した。

「何が可笑しいの?」
「だって、そんなこと言われるとは思わなかった」
「そう?だってあなたは今、幸せでしょう?」

直江の問いに、高耶は笑いを納めた。
真剣な眼差しになって、直江を見つめる。

「幸せだよ。今日は人生で一番幸せな日だから。おまえは?」
「私も幸せですよ。あなたがいるから。もっと幸せになりましょうね。あなたがいれば、私は毎日幸せを積み重ねていける」
「うん………」

直江の胸に顔を埋め、消え入りそうな声で呟く。

目が眩むような幸福感。
涙が零れそうな満足感。
息が止まりそうな充足感。
全部おまえが与えてくれる。
終りが分かっていても、こんなに幸せになれる。
おまえが掛けてくれた不思議な魔法。
オレは少しでも返すことができているだろうか?
おまえを幸せにできているのだろうか?

沈みそうになる思考を振り捨て、高耶は直江に悪戯っぽく笑いかけた。

「でもな、直江。この歌はそれだけじゃないんだぞ?」
「他に何があるんですか?」
「よく聴いてみろよ」

高耶はTVを消し、直江の頬を両手で挟んだ。
吐息がかかるほど間近に見つめながら、静かに歌い出す。




ねえ キスをして 抱きしめて
どこにも行かないように
その腕の中に閉じ込めて

ねえ 側にいて 離さないで
いつものように優しく
「愛している」と言って欲しい

貴方が欲しい 貴方しかいらない
最後のわがままを どうか叶えて

全て叶わないのなら せめてその胸で眠らせて




艶めかしい唇の動きに、目が奪われる。
うっとりと潤んだ瞳に、予感がする。
歌い終わった口元が、ゆったりと釣り上がった。

「分かったか?」

熱くなり始めた身体で直江をソファにゆっくりと押し倒し、その上に重なった。

「誘惑してるんだよ……」

淫靡な囁きは、そのまま直江の唇に呑まれていく。
何度達しても止まらない。
何度受け入れても止められない。
求める心が暴走する。

「もうこれ以上は、あなたが壊れてしまう」
「壊れてもいい。おまえが壊して……」

いつか壊れる。
永遠は存在しない。
だから壊して欲しい。
おまえが壊して欲しい。
それが叶わないのなら、おまえの腕で壊れたい。
おまえに包まれて、眠りたい。
口に出せない願い。
気づかれない想い。
代わりに、たったひとつの真実を告げよう。

「愛してる。オレを愛してくれ――――」





[続]

紅雫 著
(2000.08.19)



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