OATH 〜ずっとそばにいる〜


【14】





事件の後、高耶はいったん警察病院に入院した。怪我が深いことと、薬を使われた可能性があるからだ。
だがそれ以上に、直江は高耶の精神的な傷が気になった。
高耶は前以上に直江がそばを離れることを嫌がる。

「大丈夫ですよ。どこにもいかないから」

そう言って聞かせても、直江の服の裾を離そうとしない。
傷ついた身体にガーゼを当て、包帯を巻き、白い服を着せられた高耶はいつもより幼く見える。その瞳にあの強い光は戻っていない。
どこかぼんやりとしている高耶に、直江はその傷の深さを思って再びやるせない気分になる。

高耶はあれから一言も喋らない。養父が亡くなったときのように表情も少なく、ただ直江だけを見つめていた。

結局その夜は、直江も泊まり込むことになった。





窓から差し込む月の光に、高耶の白い頬が浮かび上がる。その頬は、今はガーゼで包まれていた。
痛々しさに、直江は拳を握り締めた。

怒りが再燃する。
犯人に向けられたものだけではない。自分にだ。なぜもっと早く辿り着けなかった。なぜ助けられなかった。なぜ高耶を1人にしたのだ。
全て自分が招いたことではないのか。高耶を置いていかなければ、こんなことにはならなかったのに。

同時に、醜い嫉妬をしている自分もいる。鮎川がいなければ、高耶を抱いたあの男達を自分は皆殺しにしていただろう。

(この人は俺のものだ)

高耶が犯されたことで、自分の中の獣が貪欲に動き出す。もし高耶が怪我をしていなかったら、今この場で抱いてしまっているだろう。

その時薬で眠っていたはずの高耶が、もぞりと動いた。

「……なおえ…?」

どこか不安そうな声で、高耶が呟いた。
あれから初めて喋った高耶に驚きつつも、直江は声をかける。

「高耶さん?目が覚めてしまったんですか」
「直江、そこにいる?」
「ええ、ここにいます」

そう言うと、優しく抱き寄せた。
安心したように、高耶が吐息を漏らす。直江はあやすように高耶の背中を撫でてやった。
高耶は直江の服を掴み、肩口に頭を乗せてうっとりと目を閉じている。
しばらくそうしていた後、ぽつんと呟いた。

「直江がいたと思ったんだ…」
「高耶さん…?」

意味が分からず、撫でていた手を思わず止めて聞き返す。

「駅で車を見たんだ。お前が乗ってると思って、追いかけたんだけど迷って…」

そうしてあの連中に捕まったのだ。
その言葉に、直江は心臓を鷲掴みにされた気がした。

(つまり、俺のせいだと言いたいのか)

だが、高耶の瞳に非難の色はない。高耶は直江をじっと見上げながら小さな声で話し続ける。

「あの車、直江のじゃなかったんだな。同じだったから、分からなかった…」

そう言って小さく笑う。

「高耶さん…」

胸が痛くなる。こんな目にあっても自分に笑いかけてくれるのはなぜだろう。

「すみませんでした」

突然謝る直江に、高耶は首を傾げる。

「なにが?」
「あなたを、助けられなかった…」

直江は苦しそうに眉を寄せ、高耶をじっと見つめた。

「あなたを置き去りにして、こんな目に合わせて。肝心なときにあなたのそばにいなくて、あなたを守れなかった」
「直江はオレを助けてくれたじゃないか」

何を言っているんだというように、高耶は直江を見つめ返す。

「あの時、直江が来なかったらきっと殺されてた。直江はオレをちゃんと助けてくれただろう?」

直江は高耶の言葉に呆然となった。
自分を恨んではいないのか。自分さえ置いて行かなければ、そばにいれば、こんなことにはならなかったと、なぜ責めないのだろうか。

高耶は再び直江の胸に顔を伏せ、冷たい手でしがみついた。

「…恐かった。もう直江に会えなくなるかと思った」

そして小さく呟く。

「助けてくれてありがとう…」

高耶の言葉が暖かく胸に染み込んでいく。
自分の中の獣まで赦されたような気がしてくる。

直江は高耶の顎に手を添え、自分の方を向かせ、真摯な瞳で告げる。

「もう二度とこんな目には合わせません。二度と置いて行ったりしない。あなたは私が守ります」

そして淡く色づいた口唇に、そっとくちづける。
高耶は一瞬驚いて目をみはったが、すぐに直江の瞳を確かめるように見つめた。

「ずっとそばにいてくれるのか?」
「そばにいます」
「もう置いて行かない?」
「置いて行ったりしない。あなたが嫌だと言っても連れて行きます」

高耶が嬉しそうに微笑んだ。それはあの天使のような微笑みだった。
あの美しく輝く瞳が自分を見つめている。
直江は高耶を抱きしめると、再びくちづけた。

それは誓いのくちづけ。

「愛しています、あなただけを。ずっとそばにいる。あなたのそばに…」

二度と離れないことを、神に誓う。
神がいないのなら、永遠の時間(とき)に誓う。

高耶は細い腕を直江の身体に回し、抱きしめ返した。

「ずっとそばにいて…」

月が抱きしめあう2人を青く照らす。
この地球の片隅でひっそりと誓われた言葉が、たとえ神に届かなかったとしても。

――――ずっとそばにいる。

この誓いを忘れない。
あなたがいる限り、誓い続ける。

――――ずっと、そばに…。





[終]

紅雫 著
(2000.02.17)


[あとがき]
「OATH〜ずっとそばにいる」これで完結です。いかがでしたでしょうか?
構想3日、制作1ヵ月の、我ながら超大作(笑)だと思っております。当分こんなに長いのは書けないだろうなぁ・・・。
それにしてもこんなに長い話でキスどまりとは、実はこれって直江いじめ小説だったんですねぇ(笑)。
さて、こんなに長い話を飽きずにここまで読んでくださった皆様方。心からお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

追記:「おまけ編〜やさしくしてね〜」があります。このページにこっそりリンクが・・・(笑)。

【改訂】(2003.10.20)
「おまけ編〜やさしくしてね〜」は下の「次>」から飛べるようになりました。また目次からもリンクしてあります。


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