OATH 〜ずっとそばにいる〜


【2】





初めて見た彼の印象は、その瞳――――。


突然の闖入者に驚いたのだろう、警戒を込めた鋭い眼が直江を睨みつけている。

それはまさに獣の瞳だった。
それも相手の喉笛を切り裂こうと、闇に光る肉食獣の瞳。

直江は打たれたように立ち竦んだ。

彼は部屋の中央でうずくまるように座り込み、顔をこちらに向けてひたすら睨んでいる。
唸り声こそあげないものの、身体中で警戒しているのが分かる。

「―――高耶さん、ですか?」

叔父に聞いていた、彼の名前をそっと呼んでみる。
ぴくり、と肩が揺れた。
しかしそれ以上の変化はなく、警戒を込めた瞳は変わらない。

(どうしたものか)

数瞬悩んだものの、どうせ警戒して話にならないのならと、自己紹介から始める。

「私は直江信綱といいます。あなたのお父さんから頼まれて―――」

そこで、劇的な変化が訪れた。
直江の名前を聞いたとたん、高耶の表情が変わったのだ。
無表情から、まるで幼い子供のような表情に。

「なおえ…?」

目を丸くしてじっと見つめてくる。
警戒を完全に解いたわけではないが、こちらに興味を持ったようだ。

「ええ、そうです」

(叔父上が俺のことを話していたのか?)

だとしたらありがたい事だ。
直江はそっとかがんで、高耶と目線を合わせるようにした。

「お父さんから頼まれて、これからあなたと一緒に暮らします。よろしくお願いしますね」

高耶は何も言わない。
ただひたすら直江を見つめてくる。
自分の奥底まで見通すような遠慮のない視線に、直江は居心地が悪く、視線を逸らしそうになった。

その時、高耶がそっと首を傾げて、
「父さんは…?」
と聞いてきた。

そうだ。そのことも伝えねばならない。
ずいぶんと割の悪い役目だと思いつつ、直江は重い口を開く。

「あなたのお父さんは亡くなられました」
「亡くなった?」

意味が分からないのか。
仕方なく言い直そうとすると、
「死んだのか?」
「そうです」

少し驚いて高耶を見る。
なるほど、基本的な知識はあるようだ。
これならばそんなに苦労しないかも―――。

そこまで考えてから、高耶の表情に気がついた。
高耶は再び無表情に戻っていた。
いや、表情はなかったが、一筋の涙が頬を伝っていた。

「もう、いないのか…」

呆然と呟く。

直江は初めて高耶が哀れに思えた。
思えばこの11年間、ほとんど叔父以外を知らずに育ってきたのだ。
誰よりも大切な人が、自分の知らないところで死んでしまった事実を、高耶はどんな想いで受け止めているのだろう。

直江はそっと高耶に向けて手を伸ばした。
頬を拭おうとすると、高耶はびくりと震えて遠ざかる。
どうやらまだ警戒しているらしい。

(仕方がないか)

溜息をつくと、直江は再び高耶を正面から見つめ直した。

「今日お通夜があって、明日はお葬式です。あなたはあの人の息子ですから、式には出て頂きたいのですが、出られますか?」
「お通夜…?」
「お父さんとお別れをするんですよ。お葬式もそうです」
「何をすればいいか分からない…」
「大丈夫、私が教えますから。一緒に行きましょう」

そう言って微笑みかけると、高耶はこくんと頷いてすがるような瞳で見つめてくる。

(抱きしめてあげたい)

ふと浮かんだ自分の思考に、直江は戸惑う。
自分はどちらかというと子供は苦手なのだが…。

「直江…?」

高耶の声に、我に返る。

「何でもありません。さあ、支度をして下さい」

直江はもう一度そっと手を伸ばした。
今度は高耶も逃げない。
涙を拭うと、高耶もおずおずと手を伸ばした。





[続]

紅雫 著
(2000.01.29)


[あとがき]
ようやく高耶さん登場。と思ったら、それだけで終わってしまいました(爆)。
・・・この調子でいくとなると、そうとう長くなりますねぇ。どうしようかな(笑)。まあなるようにしかなりませんが。それでは次回をお楽しみに。


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