【3】
高耶のために持ってきた喪服を着せて、直江は安堵の溜息を漏らした。
そこで初めて、直江は高耶がずいぶん整った顔をしている事に気がついた。 そして切れ長の目の中の、黒曜の輝きを持つ瞳――。 じっと見上げてくるその瞳に吸い込まれそうになって、直江は慌てて目を逸らすと早口で言った。 「お通夜に行く前に、お世話になった近所の方にご挨拶に行きましょう。案内してくれますか?」
だが高耶は返事をしない。 「高耶さん?」
直江に高耶の心の動きは掴めない。
高耶は無言のまま踵を返し、靴を履くと外に出ていってしまう。 「高耶さん!どうしたんですか」
返事はない。まるで臍を曲げた子供のようだ。
「おや、高耶ちゃん。いい格好してどこかにお出かけかい?」 人の良さそうな老婦人の声が直江の耳に届いた。
「父さんのお通夜に行くんだ」
驚いて優しい瞳を悲しそうに細め、高耶に頷いてみせる。 「こんにちは。桜井さんですか?高耶さんがお世話になっていたそうで…」 直江の挨拶に、老婦人はゆっくりと頷く。
「そうですよ。あんたが直江さんかい?」 ほっとして直江が答えると、老婦人は優しい笑顔になった。 「聞いてますよ、仰木さんからね。これから高耶ちゃんのことを頼むつもりだって言っていた。よかったねえ、高耶ちゃん」
そう言って高耶に向かって笑いかける。 その様子に老婦人はおやおや、と苦笑する。 「高耶ちゃんは人見知りが激しいからね。私に慣れてくれるのにも随分時間がかかったんですよ」
フォローのつもりなのだろう。
「それじゃ、もう帰ってこないのかい?」 高耶はそんなやり取りを聞いているのかいないのか、ずっと視線を道の向こうにさ迷わせたままだ。 「それではそろそろ時間ですので…」 直江はそういうと、こちらをむこうともしない高耶に声をかける。 「高耶さん行きましょう。車に乗って下さい」
ゆっくりと高耶が振り向く。 「高耶ちゃん。待ってるからね」
老婦人の言葉に、高耶はぴたりと歩みを止め、振り返る。 全身で拒絶されているような気がして、直江は高耶を追いかけることができなかった。
[続]
紅雫 著 [あとがき] 「直江、高耶さんに嫌われる」編でございます(笑)。 しかしこの直江、ほとんど高耶さんに一目ぼれですねぇ。しかも初っ端から高耶さんに翻弄されてるし(笑)。 どうも私の書く直高は、高耶さんに主導権があるようです。やっぱり私が高耶さん至上主義者だからだろうか・・・。 |
<戻 | 目次 | 次> |