OATH 〜ずっとそばにいる〜


【3】





「ああ、ぴったりですね。良かった」

高耶のために持ってきた喪服を着せて、直江は安堵の溜息を漏らした。

そこで初めて、直江は高耶がずいぶん整った顔をしている事に気がついた。
卵型の輪郭の中にはすっと通った鼻筋に、意志の強そうな眉、幾分肉厚の口唇は柔らかそうで、頬はまだ幼い曲線を描いている。

そして切れ長の目の中の、黒曜の輝きを持つ瞳――。

じっと見上げてくるその瞳に吸い込まれそうになって、直江は慌てて目を逸らすと早口で言った。

「お通夜に行く前に、お世話になった近所の方にご挨拶に行きましょう。案内してくれますか?」

だが高耶は返事をしない。
どうしたのかと思って振り返ると、なぜか再び警戒するような瞳になって直江を睨んでいる。

「高耶さん?」

直江に高耶の心の動きは掴めない。
自分が目を逸らしたことで高耶が不審に思っているなど、気付きもしなかった。

高耶は無言のまま踵を返し、靴を履くと外に出ていってしまう。
直江は慌てて声をかける。

「高耶さん!どうしたんですか」

返事はない。まるで臍を曲げた子供のようだ。
直江は苛立ちから舌打ちするところをかろうじて抑え、荷物を車に放り込むと後を追った。



ずいぶん先まで行った高耶が、立ち止まっているのが見える。
その向こうからは人影が近づいて来ていた。

「おや、高耶ちゃん。いい格好してどこかにお出かけかい?」

人の良さそうな老婦人の声が直江の耳に届いた。

「父さんのお通夜に行くんだ」
「そうだったのかい?それは可哀相なことになったね…」

驚いて優しい瞳を悲しそうに細め、高耶に頷いてみせる。
やっと追いついた直江が声をかけた。

「こんにちは。桜井さんですか?高耶さんがお世話になっていたそうで…」

直江の挨拶に、老婦人はゆっくりと頷く。

「そうですよ。あんたが直江さんかい?」
「ええ。ご存知でしたか」

ほっとして直江が答えると、老婦人は優しい笑顔になった。

「聞いてますよ、仰木さんからね。これから高耶ちゃんのことを頼むつもりだって言っていた。よかったねえ、高耶ちゃん」

そう言って高耶に向かって笑いかける。
直江もその視線を追って高耶を見つめた。
だが、当の高耶は曖昧に頷くと視線を逸らしてしまった。

その様子に老婦人はおやおや、と苦笑する。

「高耶ちゃんは人見知りが激しいからね。私に慣れてくれるのにも随分時間がかかったんですよ」

フォローのつもりなのだろう。
しかし、先ほどまでは確かに警戒心を解いていたのに。

「それじゃ、もう帰ってこないのかい?」
「いえ、今日はホテルのほうに泊まりますが、明後日にはいったん戻ってくる予定です。高耶さんも急に環境が変わると何かと大変でしょうし」
「そうですねぇ。それがいいね、高耶ちゃん。じゃあまたうちにご飯食べにおいでね。直江さんもご一緒に」
「ありがとうございます」

高耶はそんなやり取りを聞いているのかいないのか、ずっと視線を道の向こうにさ迷わせたままだ。

「それではそろそろ時間ですので…」

直江はそういうと、こちらをむこうともしない高耶に声をかける。

「高耶さん行きましょう。車に乗って下さい」

ゆっくりと高耶が振り向く。
そこにあるのは最初に見たあの獣の瞳だった。
一瞬肩を揺らした直江を一瞥すると、今度は元来た道に視線を向け、歩き出す。

「高耶ちゃん。待ってるからね」

老婦人の言葉に、高耶はぴたりと歩みを止め、振り返る。
そして小さく頷く。
それからはもう振り向かなかった。何者も寄せつけない背中で、一人家への道を登ってゆく。

全身で拒絶されているような気がして、直江は高耶を追いかけることができなかった。





[続]

紅雫 著
(2000.01.30)


[あとがき]
「直江、高耶さんに嫌われる」編でございます(笑)。
しかしこの直江、ほとんど高耶さんに一目ぼれですねぇ。しかも初っ端から高耶さんに翻弄されてるし(笑)。
どうも私の書く直高は、高耶さんに主導権があるようです。やっぱり私が高耶さん至上主義者だからだろうか・・・。


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