【4】
(金の亡者どもが…)
叔父は大して何かをしていたわけでもないのに、それなりの財産を持っていた。心理学者として成功し、本などを多少なりとも書いていたためだろう。
その遺産が、全て元は他人の高耶のものになるのだ。
その高耶は教えられた通りに所作を終えると、じっと写真を見つめている。
高耶は感情が顔に出ない。 だが、今はその無表情すら悪口雑言の種になっていた。
「見て下さいよ。養父が亡くなったというのに、涙一つ見せないで…」
高耶は喪主ではない。
ようやく泊まっているホテルに戻ってきた直江は、高耶を気遣って優しく声をかけた。 「……」
高耶は無言のまま頷き、シャワーを浴びるため浴室に消える。
直江はツインをとっていた。高耶を一人にするのは不安だったのだ。
親類の態度は予想できたものだった。
問題は高耶の態度だ。 最初は確かに信頼を預けてくれたと思ったのに…。
そのとき、携帯が鳴り出した。 『よぉ。今から上でちょっと飲まねぇか』
二つ返事で電話を切る。
「高耶さん。私はちょっと人に会ってきますので、先に休んでいて下さいね」
再び無言で頷くと、すっと目を逸らしてしまう。 「だめですよ。頭はちゃんと拭かないと…」
そう言ってタオルを取り上げ拭いてやろうとした瞬間、びくりと大袈裟なほど身体を揺らせて高耶が逃げる。 「高耶さん…」
再び身体を揺らす。 (なんなんだ、一体…!)
理由が分からないのが、直江を余計に苛立たせる。
クックッと喉の奥で笑いながら、同僚はグラスを傾けた。 「…嫌われたわけじゃない。ただ、何か警戒しているようなんだ」 直江は憮然として言い返す。
「同じことじゃねぇか。お前なんかしたわけ?」 (こいつに相談した自分が馬鹿だったか…)
内心後悔する。 「ふぅん。まぁ、もとが獣と一緒なんだろ。見知らぬ人間を警戒するのは当然じゃねぇの?」 もっともな意見である。だがそれでは割り切れない。
「最初、確かに打ち解けてくれたように思えたんだがな…。それに通夜が終わった頃から更に様子がおかしい」 いともあっさり頷く。
「なぜ」
はっとした様に直江は目を見開いた。
そうだ、確かにそうだろう。 そう思い至ったとたん、直江は音をたてて席を立っていた。 「悪いがもう戻る。支払いはこれで済ませてくれ」 1万円札をカウンターに置くと、千秋の返事も待たずにバーを出ていく。 「…ごちそーさん。しかし、それくらい自分で気づけよなぁ。仮にも心理学者だろうが」 まだまだ甘いね、と一人ごちながら、残された千秋はグラスを傾けたのだった。
[続]
紅雫 著 [あとがき] 別名「千秋教授編」とでも言いましょうか(笑)。まったく仮にも心理学者だというのに、人に高耶さんの心理を教えてもらってどうする、直江。 ちなみに千秋は心理学者ではありません。職場・・・それはまた後ほど。 |
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