OATH 〜ずっとそばにいる〜


【4】





人の視線が痛い。
自分が高耶を連れて通夜に現れてから、針のような視線がいくつも刺さる。

(金の亡者どもが…)

叔父は大して何かをしていたわけでもないのに、それなりの財産を持っていた。心理学者として成功し、本などを多少なりとも書いていたためだろう。

その遺産が、全て元は他人の高耶のものになるのだ。
親類縁者が気に入らないのも無理はない。
だがもともと叔父を変わり者として、つまはじきにしてきたのも事実である。
おおっぴらにできない反感が、目に見えない毒素として二人を襲った。

その高耶は教えられた通りに所作を終えると、じっと写真を見つめている。
その様子に高耶の悲しみの深さが感じ取れて、直江は再び高耶が哀れになってきた。

高耶は感情が顔に出ない。
出さないようにしているのか、それとも出ないのかは分からないが。
しかし、少なくとも感情がないわけではない。
もしかしたら養父を失くしたショック状態のせいかもしれない。

だが、今はその無表情すら悪口雑言の種になっていた。

「見て下さいよ。養父が亡くなったというのに、涙一つ見せないで…」
「あの狼少女のように育ったのだろう?そんな人間を一族に入れる気か…」
「ろくな教養もないんでしょう。本来なら喪主を務めるのは彼のはずだというのに…」

高耶は喪主ではない。
まだ慣れないだろうということで、後見人となる直江がすべて執り行った。
そう、後見人が28歳の若造というのも気に食わない一因のようだ。
とにかく二人は、毒を孕んだ視線の中で通夜を終えたのだった。










「…お疲れ様でした、高耶さん。今日はもう疲れたでしょう?早く休んで下さいね」

ようやく泊まっているホテルに戻ってきた直江は、高耶を気遣って優しく声をかけた。

「……」

高耶は無言のまま頷き、シャワーを浴びるため浴室に消える。

直江はツインをとっていた。高耶を一人にするのは不安だったのだ。
その高耶の姿が見えなくなったとたん、直江は一つ溜息をついた。

親類の態度は予想できたものだった。
実際直江自身も問題児で、良く思われていたわけではない。
もとから軽蔑している人達に何を言われても、気にはならなかった。

問題は高耶の態度だ。
父親が死んで塞いでいるのは分かる。だが自分に対するあのよそよそしい態度はなんとかならないものか。

最初は確かに信頼を預けてくれたと思ったのに…。

そのとき、携帯が鳴り出した。
ワンコールで取ると、それは通夜にも顔を出してくれた同僚だった。
どうやら同じホテルに泊まっていたらしい。

『よぉ。今から上でちょっと飲まねぇか』

二つ返事で電話を切る。
そこにちょうど高耶があがってきた。

「高耶さん。私はちょっと人に会ってきますので、先に休んでいて下さいね」
「……」

再び無言で頷くと、すっと目を逸らしてしまう。
直江は失望が表情に出ないように無表情の仮面をはめると、戸口に向かおうとした。そのとき、高耶の頭から水滴が滴り落ちていることに気づいた。

「だめですよ。頭はちゃんと拭かないと…」

そう言ってタオルを取り上げ拭いてやろうとした瞬間、びくりと大袈裟なほど身体を揺らせて高耶が逃げる。
その瞳は警戒と怯えが入り交じり、揺れていた。
驚いた直江の手は行き場を無くしてその場に留まる。

「高耶さん…」

再び身体を揺らす。
それに反発するように直江を睨みつけると、高耶は身を翻してバスルームに戻ってしまった。

(なんなんだ、一体…!)

理由が分からないのが、直江を余計に苛立たせる。
険しい顔を崩せないまま、直江は最上階にあるバーへと向かった。





「あぁ?なんだ、坊やに嫌われちまったのか、お前」

クックッと喉の奥で笑いながら、同僚はグラスを傾けた。

「…嫌われたわけじゃない。ただ、何か警戒しているようなんだ」

直江は憮然として言い返す。

「同じことじゃねぇか。お前なんかしたわけ?」
「思い当たることがあればこんなに悩まない」

(こいつに相談した自分が馬鹿だったか…)

内心後悔する。
同僚――千秋修平はこういう性格だということを失念していたようだ。

「ふぅん。まぁ、もとが獣と一緒なんだろ。見知らぬ人間を警戒するのは当然じゃねぇの?」

もっともな意見である。だがそれでは割り切れない。

「最初、確かに打ち解けてくれたように思えたんだがな…。それに通夜が終わった頃から更に様子がおかしい」
「どんなふうに?」
「こっちに来る前は俺を警戒しているだけだった。お前が言ったように、野生動物が人間を警戒しているのと一緒だ。それが、来てからはなんだか怯えているようで…」
「ああ、そりゃあ当然だろうな」

いともあっさり頷く。

「なぜ」
「なぜってお前、考えてもみろよ。あの坊やは耳無方一じゃねえんだぞ。馬鹿なわけでもない。ってことはだ、あれだけ悪口雑言の中にいたら、まわりを信用できなくなっちまうのは当然だろうが」

はっとした様に直江は目を見開いた。

そうだ、確かにそうだろう。
突然見知らぬ人間がやってきて、自分を快く思わない者達の中に連れ出されたのだ。
信用などできるはずもない。ましてやその人間が自分のこれからの運命を握っているのだとしたら、怯えるのも無理はないだろう。

そう思い至ったとたん、直江は音をたてて席を立っていた。

「悪いがもう戻る。支払いはこれで済ませてくれ」

1万円札をカウンターに置くと、千秋の返事も待たずにバーを出ていく。

「…ごちそーさん。しかし、それくらい自分で気づけよなぁ。仮にも心理学者だろうが」

まだまだ甘いね、と一人ごちながら、残された千秋はグラスを傾けたのだった。





[続]

紅雫 著
(2000.02.01)


[あとがき]
別名「千秋教授編」とでも言いましょうか(笑)。まったく仮にも心理学者だというのに、人に高耶さんの心理を教えてもらってどうする、直江。
ちなみに千秋は心理学者ではありません。職場・・・それはまた後ほど。


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