OATH 〜ずっとそばにいる〜


【5】





部屋の電気は消えていた。
高耶はもう寝てしまったのだろうか。
そう思いながらそっとベッドに歩み寄ると、膨らんだシーツの端から黒い髪の毛が覗いていた。

(疲れていただろうからな…)

溜息をつき、高耶を起こさない様にそっと離れようとする。
そのとき高耶が寝返りを打って、こちらを向いた。
その顔にぎょっとする。

高耶は涙を流していた。
苦しげに眉を寄せ、シーツを握り締めている。

再び直江に衝動が湧き上がった。
そっとベッドに腰を下ろすと、頬の涙を拭ってやる。
それでもあとから溢れてくる涙に、引き寄せられるようにそっと顔を寄せると、唇で吸い取った。

その感触に、高耶のまつげがぴくりと動いた。
身体を起こして見守っていると、ゆるゆると高耶の目が開く。
しばらくぼんやりと直江を眺めるが、はっとしたように飛び起きると直江から逃げ出そうとした。

「高耶さん!」
「嫌だ!触るな!」

はっきりとした拒絶。

一瞬直江の動きが止まった。
高耶はその隙にドアへと逃げようとする。
その腕を直江が掴む。

「いや…!」

思い切り引っ張られ、悲鳴が高耶の口から漏れた。
その身体を直江は力いっぱい抱きしめた。

荒い息が部屋に響く。
直江は離さない、というようにしっかりと高耶を抱きしめた。
高耶は何が何だか分からずに、直江の腕の中で呆然としていた。

「なぜ逃げようとしたんですか」

高耶が大人しくなったのを確かめると、直江はそっと身体を離し、優しく問いかけた。

「……」

だが、高耶は答えない。
今までのように目を逸らしてしまう。

「高耶さん」

それでも直江は根気強く答えを促す。
高耶が怯え、警戒する理由が分かったからだ。恐らく自分をあの口さがない親類どもと同じだと思っているのだろう。
そうではない。自分は守る者なのだ。側にいる者なのだと、高耶に教えなければならない。
義務感ではなかった。
叔父に頼まれたからではなく、自分が高耶の側にいたいのだと、このときようやく直江は気付いた。

高耶がゆっくりと顔を上げる。

「高耶さん…?」
「…お前はうそつきだ」

潤んだ瞳で直江を睨みつけている。
高耶の答えに驚き、直江は眼を見開く。

「なぜ私がうそつきなんですか」
「なぜ!?お前はあいつらと一緒じゃないか!オレのことなんか嫌いなくせに。父さんのこと悪く言って、オレのこと引き取るとか引き取らないとか勝手に決めて。どうせいつか捨てるつもりなんだろう!」

高耶は突然激昂した。
みるみるうちに目に涙が溜まり、溢れて白い頬に零れ落ちる。それを拭いもせずに、高耶はひたすら直江を必死に睨みつけた。
その表情に、再び直江は自分の中の何かが動いたのが分かった。

「捨てたりなんかしない。なぜ私があなたを嫌いだなんて思うんです。そんなこと一言も言ってないでしょう」
「言わなくたって分かる。おまえはオレのことなんかどうでもいいんだ」

高耶の言葉に、直江は理不尽な怒りを感じた。
なぜ言葉が通じないのだろう。

「そんなことはない」
「嘘だ!」
「嘘じゃない。なぜ信じないんです!」
「おまえ、オレと眼を合わせないじゃないか!」

高耶が泣きながら必死に叫ぶ。
直江は呆然とした。
高耶はひたすら直江を睨みつけながら、言葉をつなぐ。

「おまえはオレと話す時、いつも眼を逸らしてる。いつも仕方がないって顔して。そんな奴のことなんか、信じられるわけない!」

首を振りながら涙を流す。ぼろぼろと零れた涙は、頬を伝ってシーツに落ち、小さな染みを作っていった。
直江は自分の態度のせいで高耶を傷つけていたことに、ようやく気付いた。

「高耶さん…」

何といっていいのか分からなくなり、名前を呼んでそっと頬に手を伸ばす。
その指で涙を拭うと、顎を持ち上げた。
潤んだ瞳としっかり眼を合わせ、言葉を探す。

「違うんです。あなたのことが嫌いなんじゃない。ただ私はあなたとどう接したらいいか、分からなかったんです…。でもそのせいであなたを傷つけていたんですね」

すみません…、と誠意を込めて謝罪する。
高耶は直江の言葉に目を見開いている。

「あなたをどうでもいいなんて、思うわけがない。あなたを捨てたりなんて、絶対にしない」
「そんなの…、信じられない…」

高耶は弱々しく首を振りながら、直江を否定する。

「なぜ?」
「だって…、だってあそこにいた奴らが言ってたんだ。おまえは金が目当てでオレの後見人になったんだって。うまく父さんに取り入ってたって…」

直江は親戚一同に殺意に近い怒りを覚えた。
こんな、まだ何も知らない子供に向かってまでそんな言葉を吐いたのか、あいつらは。

「高耶さんは私よりそいつらを信じるんですか?」

直江の問いに、高耶は頼りなく瞳を揺らす。

「…わからない」
「じゃあ高耶さんは、私よりそいつらの方が好きですか?」
「好きじゃない!あんな奴ら…!あいつら、父さんの悪口を言うんだ。オレを引き取ったりして馬鹿な奴だって、一族の恥さらしだって言ったんだ。オレのこと嫌いになるのは勝手だけど、父さんの悪口言うのは許せない!」

再び高耶の叔父への想いを感じ、直江は穏やかな声に戻った。

「じゃあそんな奴らの言うことなんか、信じるのはやめなさい。私のことを信じればいい。私はあなたのお父さんが大好きでした。だからあなたを引き取って欲しいといわれた時、驚いたけれど嬉しかったんです」
「嬉しかった…?」

首を傾げる高耶に、優しく微笑みながら答える。

「ええ。私を頼ってくれて嬉しかった。大切なあなたを私に託してくれたのが、嬉しかったんです」
「なおえ…」
「あの家で初めてあなたを見て、一目で好きになりました。あなたはお父さんに似て、とても強い瞳をしています。血が繋がってなくたって、あなたはあの人の息子ですよ」

高耶は再び驚いて、直江を見つめ直した。
今までそんなことを言ってくれた人はいなかった。高耶は、自分は拾われたという負い目を、少なからず持っていたのだ。
知らず知らずのうちに、再び涙が溢れる。

「お父さんは病気で逝ってしまったけれど、私はずっとそばにいます。あなたを独りにはしないから。だから、あなたも私を信じて下さい」
「ずっと…?」
「ええ、ずっと」
「捨てたりしない?」
「捨てたりなんて、絶対にしませんよ。あなたが嫌だと言うまでそばにいる」

高耶の不安を打ち消すように強く言い、そっと抱きしめてやる。
暖かい腕に包まれて、高耶は強ばった身体から力が抜けるのを感じた。

(あったかい…)

昔養父に抱きしめられた時のように安心する。

(そばにいる…。直江はそばにいてくれる。もうオレは独りじゃないんだ…)

高耶はおずおずと直江の服を掴んで、小さく呟いた。

「ずっとそばに…」





[続]

紅雫 著
(2000.02.02)


[あとがき]
「直江、高ちゃんをGETだぜ!」編でございます(笑)。いや、まあ信頼を得ただけなんですけどね。まだまだ高耶さんにとって直江は父親代わりのようです。しかし高耶さんのロリ化に拍車がかかってるような気が・・・(爆)。
さて、なんだかこのまま終わりそうな勢いですが、まだまだ続きます。とりあえず第1部完ってところでしょうか。続きをどうぞお楽しみに。


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