OATH 〜ずっとそばにいる〜


【6】





あれから2週間。直江は高耶と共に、高耶の家で暮らした。
高耶がまだ他人に慣れないためだ。大勢の人間がいるところは苦手らしい。
一緒に暮らし始めた頃は、高耶はあまり話そうとせず、表情もほとんど変わらなかった。
それが1週間くらいすると、不器用ながらも笑顔を見せるようになってきた。
今では直江が触ろうとしても、逃げることはない。養父を失ったショックも和らいできたようだ。

直江はなるべく高耶の側にいるようにした。どうせ仕事も休みをとってある。久しぶりの休息を、直江も楽しんでいた。

この2週間で、大分高耶のことが分かってきた。
意外と知識も学力もあること。(ただし、変わり者の叔父が教育したせいか、変に偏ったところがある。)綺麗好きなこと。料理も出来ること。よく食べること。不器用だけれど優しいこと。そして寂しがり屋なこと。

高耶は一見直江に無関心の態度を取る。
しかし背中を向けていても、高耶の意識が常に自分へ向いていることに、直江は気がついていた。





夜になると、たまに高耶は直江の部屋にやって来る。

「どうかしたんですか?」

声をかけると、びくり、と影が揺れる。

「なおえ…」

頼りなげな声が聞こえた。
月明かりに照らされた高耶の表情は、まるで捨てられた小猫のようだ。

「どうしたんです?」

もう一度優しく問いかける。

「…夢が…」

小さな声で高耶が呟く。

「夢…?恐い夢でも見たんですか?」
「直江が、いないんだ。父さんみたいに俺を置いていなくなって…」

直江は優しく高耶を抱き寄せると、両手で頬を包み込んで囁いた。

「私はここにいますよ。ずっとあなたのそばにいる。どこにもいかないから、安心して眠って下さい」

そう言って聞かせてやると、ようやく安心したように高耶は微笑むのだった。





高耶はまるで小さな子供のようだった。
情操的な発達が遅れているというか、とにかく純粋なのである。人の言うことをたやすく信じるのだ。
直江はそんな高耶が愛しいと思った。

(このままここで、二人だけでいられたら…)

それでも、このままここで暮らすわけにもいかない。
直江にも仕事があるし、高耶もこれから社会に出るためには、もっと多くの人と触れ合わねばならない。いつまでも山の中にいるわけにはいかなかった。





直江は高耶を少し人に慣れさせるためにも、ドライブに連れて行くことにした。
高耶は車が好きである。スピード感が気持ちいいらしい。

「直江!もっとスピード出して!」
「高耶さん。顔を出しちゃ駄目ですよ」
「あ!あの車犬が乗ってる!」

車に乗ると、子供のように無邪気にはしゃぐ。そのうちに疲れて、直江の静かな運転に眠り込んでしまうのが常だが。






そうして3週間が過ぎようとしたころ、直江の元には毎日のように電話がかかってくるようになった。

『直江、てめぇいつまで遊んでる気だ。いい加減に帰ってこい。仕事がたまってしょうがねえんだよ!』
「…もうしばらくしたら帰ると言ってるだろう」
『もうしばらくっていつだ!そう言い出してから、何日経つと思ってんだ』

そんな電話を、高耶は無関心を装いながら背中で聞いていた。
だが不安は募っていく。
高耶は気付かないうちに、直江に全身で頼っていた。直江が消えることに、とてつもない恐怖を感じる。

(直江はどこかに行ってしまうんだろうか…)

――――ずっとそばにいる。
そう言ったくせに。

直江を信じようとしても、なかなか不安は消えない。
そのせいか、近頃の高耶は直江にまとわりつくようになっていた。
直江はそんな高耶を愛しいと思う反面、そろそろ高耶を連れて自分の家に戻ることを考える。

幸い高耶も大分他人に慣れてきた。
慣れ過ぎて警戒心が無関心になりつつあるのが、少し気になるが。
それでも他人が近くにいると、全身を緊張させていた頃よりはましだろう。
いい加減、自分も戻らねばなるまい。

一つ溜息をつくと、直江は高耶を呼んだ。


「引越し?」
「そうです。私の仕事が向こうにあるので、高耶さんも一緒にあちらで暮らしてもらうことになります」

その言葉に、高耶が驚く。

「オレも一緒に?」
「そうですよ。言ったでしょう、ずっとそばにいると。だけど私は仕事がありますので、あなたに一緒に来て欲しいんです。じゃないとそばにいられないでしょう?」

直江が当然のように言う。
その態度に、高耶はほっとした。

(なんだ。置いていかれるんじゃないんだ。直江はずっと一緒にいてくれるんだ…)

それが嬉しくて、思わず微笑みそうになるが、ふとあることに気づいて固まる。

「じゃあ、この家売っちゃうのか?」

高耶にとっては小さな頃から育ってきた、想い出の詰まった家である。
ずっとこれからもここで暮らしていくのだと思っていた。大好きな養父と二人きりで…。
養父は死んでしまったけれど、昔から良く聞かされていた「直江」は養父の言った通り優しい人で、こいつとならここでずっと一緒にいられると思っていた。
その大切な家がなくなってしまうか。もう自分のものではなくなってしまうのだろうか。

直江には高耶の不安が手に取るように分かった。
だから優しく否定してやる。

「この家は売りませんよ。あなたの大切な想い出が詰まった家だから。しばらくは来れないけれど、また私の休みが取れたらここに来ましょうね」

本当は管理が大変だから、売ってしまった方が手っ取り早いのだが、高耶の気持ちを考えると、そんな事は出来なかった。
直江の答えに、高耶は今度こそ嬉しそうに笑みを浮かべた。

その表情に、直江は不思議な想いを感じていた。
高耶が笑うと、何かすべてがどうでもいいような気になる。今の自分は彼の微笑みのためなら、きっとなんでもするだろう。
そんな自分の思考に、思わず苦笑をしそうになった。自分は案外と親ばかタイプなのかもしれない。

(自分がこんなことを考えるようになるなんて思わなかったな)

恐らく知人の誰もが同意するだろう。
自分はこんなに甘い人間ではなかったはずだ。
誰かを愛しいと思う。そんな気持ちを持つことすら今まではなかった。

「高耶さん」

名を呼ぶ。

「なに?」

顔を上げた瞬間の彼の瞳に囚われる。
どんなに人に馴れても失われない野生の輝きに。
これがただの父性愛のような愛情ではないことに、直江はとっくに気がついていた。

これはもっと危険なもの。
そして激しいもの。
けれど、今はまだこのままで―――。





[続]

紅雫 著
(2000.02.06)


[あとがき]
・・・なんだか中途半端なところで終わってますね(苦)。大筋からはずれた、説明的な文章だし。うう・・・自分で読んでもつまんないなぁ、この回。
読んで下さった皆様には、大変申し訳ありませんでした。
次号に期待・・・してもらっていいんだろうか(爆)。


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