OATH 〜ずっとそばにいる〜


【7】





直江は都内のマンションで一人暮らしをしていた。勤め先の病院へ、車で30分ほどの距離のところだ。
本来ならば、そこに高耶を連れて行くべきなのだが…。

「どこに行くんだ?」

そう高耶に問われた時、直江は迷わず自分の実家を告げた。

「栃木です」
「栃木?」
「そう。そこに私の家族が住んでいます。高耶さんは、しばらくはそこで暮らしてもらいます」

直江のその言い方に、高耶は不審を覚えた。

(オレは…?)

「じゃあ、おまえは?」

直江ははっとして高耶を振り返った。
そこには、不審と不安に揺れている瞳があった。

またか、と直江は思う。
自分の迂闊さに呆れる。
高耶は言動が少し幼いせいで子供のように見えるが、実はとても頭がいいのだということをつい忘れてしまう。
きっと今も自分は栃木に行かないだろう事を、敏感に察したのだろう。

なんとか宥めなければならない。高耶は一度へそを曲げると、なかなか機嫌が治らないことを、この数週間で直江は学習していた。

「もちろん私も行きますよ。ただ、東京の方でやらなければならないことがありますので…」
「じゃあオレも東京に行く」

高耶がそう言い出すことは予想済みだ。

「申し訳ないんですが、まだ東京のマンションは高耶さんが住めるように準備をしていないんです。その準備も兼ねてるんですよ」
「別に準備なんて必要ない」
「そういう訳にもいかないんですよ」

やんわりと高耶を諌める。しかし、高耶は強情に言い募った。

「オレも一緒に東京行く」

思わず溜息が零れそうになるのを抑えて、直江はあくまでも優しく説得を続けた。

「高耶さん。私は別にあなただけ栃木に行けと言っているわけではないんです。私もちゃんと高耶さんと一緒に行きますよ。ただ、少し東京へ出かけることもあると…」

そこまで言って、直江は言葉を途切れさせた。
高耶の瞳に涙が溢れてきたのだ。

「…オレを置いていくのか」

(―――しまった。失敗したか…)

高耶のこの言葉に直江は弱い。絶対に置いていかないと約束したというのに、こうして泣かせてしまう。
直江は説得を諦めて、慰めに入った。

「私があなたを置いていくはずがないでしょう?」
「嘘だ!だっておまえ今…」
「分かりました。一緒に東京に行きましょう、高耶さん」

そう言って涙を拭ってやり、そっと抱きしめる。
そうして優しく背中をさすってやると、ようやく高耶は安心したように溜息をついた。
高耶の不安は、喪失の恐怖から来る。まだ養父が死んだという心の痛みから、完全に立ち直れていないのだろう。

この様子では、まだしばらくは一人に出来ないな、と直江は考えた。高耶さえよければ、学校に通わせようと思っていたのだが。
高耶を学校に通わせることは、死んだ叔父の願いでもある。
叔父は高耶について細かい記録と、高耶のための人生設計までいろいろと用意してくれていた。
直江はなるべくそれに従って、高耶を一人前の人間にしようと思っていたのだ。その一つが「学校へ通わせること」だったのだが…。

(この様子では、当分無理か)

そんなことを考えていると、落ち着いたらしい高耶がゆっくりと顔を上げて、直江をじっと見つめてきた。

「…ごめん」

突然謝られて、直江は驚く。

「なにがです?」
「オレ、ワガママだった…?」

再び不安そうな眼になって聞いてくる。
直江は思わず微笑んで、
「そんなことはありませんよ」
と言ってやった。

実際には我侭なのだが、高耶はこうやって我侭を言った後、それを反省するように謝ってくるのだ。直江はそれが可愛くて仕方がない。
だいたい高耶の我侭は、とても我侭のうちには入らないくらい可愛いものなのだ。
今回の事だって、我侭というよりは仕方のないことという思いの方が強かった。

「でもそうすると、高耶さんが学校に通うのが遅れてしまいますね」
「学校?」

高耶は驚いたように眼を見開く。

「ええ。学力は問題ないようですし、大分大勢の人にも慣れたでしょう?そろそろ通った方がいいかと思ったんですが…。嫌ですか?」

なんだか乗り気ではない高耶の様子に、直江は一応意見を聞いてみた。

「よく、分からない。だって行ったことないし。でもあんまり楽しいところじゃないって聞いた」

高耶の言い方に、それはそうだと思った。学校が楽しいところだと思っていられるのは、小学生までだろう。

「そうですねぇ。でもきっとお友達ができますよ」
「友達?」
「ええ。高耶さん、同い年の友達っていないでしょう?友達ができればきっと楽しいですよ」
「友達…」

考え込んでしまう。少しは興味が湧いてきたようだ。だが、どちらにしろ当分は無理そうだった。
直江は話題を栃木に移した。

「とりあえず、いったんは栃木の家に戻りますから」

高耶は、今度は大人しく頷いた。


「栃木の家には私の両親と、2番目の兄が住んでいます。あと同じ敷地内に1番目の兄が家族と共に暮らしてまして、しょっちゅう顔を出してくるので、一応覚えて下さいね」
「そんなに家族がいるのか?」

直江の言うことには、いちいち驚かされる。

「ええ。他にも姉が1人いますが、この人は結婚して東京の方にいますので、正月くらいしか会えません。そうだ、実は栃木の家はお寺なんですよ。だから檀家さんがみえることもありますので」

結構人の出入りの多い家ですよ、と笑いながら言う。
突然そんなことを言われても困る。
混乱している高耶を見て、直江は思わず笑ってしまった。

「まあ、会えばすぐ分かりますよ」





[続]

紅雫 著
(2000.02.07)


[あとがき]
・・・「引越しをする」という会話だけで終わってしまった(爆)。しかもまた高耶さんが泣いてる!どうやらこの高耶さん、そうとう涙腺が弱いらしいです・・・。
さて、お次は「直江の過去」編ですよ♪


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