【7】
「どこに行くんだ?」 そう高耶に問われた時、直江は迷わず自分の実家を告げた。
「栃木です」 直江のその言い方に、高耶は不審を覚えた。 (オレは…?) 「じゃあ、おまえは?」
直江ははっとして高耶を振り返った。
またか、と直江は思う。 なんとか宥めなければならない。高耶は一度へそを曲げると、なかなか機嫌が治らないことを、この数週間で直江は学習していた。
「もちろん私も行きますよ。ただ、東京の方でやらなければならないことがありますので…」 高耶がそう言い出すことは予想済みだ。
「申し訳ないんですが、まだ東京のマンションは高耶さんが住めるように準備をしていないんです。その準備も兼ねてるんですよ」 やんわりと高耶を諌める。しかし、高耶は強情に言い募った。 「オレも一緒に東京行く」 思わず溜息が零れそうになるのを抑えて、直江はあくまでも優しく説得を続けた。 「高耶さん。私は別にあなただけ栃木に行けと言っているわけではないんです。私もちゃんと高耶さんと一緒に行きますよ。ただ、少し東京へ出かけることもあると…」
そこまで言って、直江は言葉を途切れさせた。 「…オレを置いていくのか」 (―――しまった。失敗したか…)
高耶のこの言葉に直江は弱い。絶対に置いていかないと約束したというのに、こうして泣かせてしまう。
「私があなたを置いていくはずがないでしょう?」
そう言って涙を拭ってやり、そっと抱きしめる。
この様子では、まだしばらくは一人に出来ないな、と直江は考えた。高耶さえよければ、学校に通わせようと思っていたのだが。 (この様子では、当分無理か) そんなことを考えていると、落ち着いたらしい高耶がゆっくりと顔を上げて、直江をじっと見つめてきた。 「…ごめん」 突然謝られて、直江は驚く。
「なにがです?」
再び不安そうな眼になって聞いてくる。
実際には我侭なのだが、高耶はこうやって我侭を言った後、それを反省するように謝ってくるのだ。直江はそれが可愛くて仕方がない。
「でもそうすると、高耶さんが学校に通うのが遅れてしまいますね」 高耶は驚いたように眼を見開く。 「ええ。学力は問題ないようですし、大分大勢の人にも慣れたでしょう?そろそろ通った方がいいかと思ったんですが…。嫌ですか?」 なんだか乗り気ではない高耶の様子に、直江は一応意見を聞いてみた。 「よく、分からない。だって行ったことないし。でもあんまり楽しいところじゃないって聞いた」 高耶の言い方に、それはそうだと思った。学校が楽しいところだと思っていられるのは、小学生までだろう。
「そうですねぇ。でもきっとお友達ができますよ」
考え込んでしまう。少しは興味が湧いてきたようだ。だが、どちらにしろ当分は無理そうだった。 「とりあえず、いったんは栃木の家に戻りますから」 高耶は、今度は大人しく頷いた。
直江の言うことには、いちいち驚かされる。 「ええ。他にも姉が1人いますが、この人は結婚して東京の方にいますので、正月くらいしか会えません。そうだ、実は栃木の家はお寺なんですよ。だから檀家さんがみえることもありますので」
結構人の出入りの多い家ですよ、と笑いながら言う。 「まあ、会えばすぐ分かりますよ」
[続]
紅雫 著 [あとがき] ・・・「引越しをする」という会話だけで終わってしまった(爆)。しかもまた高耶さんが泣いてる!どうやらこの高耶さん、そうとう涙腺が弱いらしいです・・・。 さて、お次は「直江の過去」編ですよ♪ |
<戻 | 目次 | 次> |