OATH 〜ずっとそばにいる〜


【9】





直江が東京に行ってから、3日が経っていた。
午後の日差しの中、縁側でぼんやりと庭を眺めながら、高耶は直江が帰ってくるのを心待ちにしていた。
この3日、高耶は表面上どこも変わったところはなかった。まるで借りた猫のように大人しくしていたものの、いつものようによく食べたし、きちんと手伝いもしていた。

だが、心の中では焦燥がつのっていた。
自分でも気付かないうちに、直江の面影を探しつづけていた。

(もう3日…)

3日で帰ると言ったのだ。だから今日にも帰ってくるはず。
そう思うと、朝から何だか落ち着かない。

(なんか変だな、オレ)

父さんが出張してた時はこんな風じゃなかったのに、と思う。けれど落ち着かない気分は、自分にもどうしようもない。

(早く、早く帰ってこないかな)

もし高耶が犬だったら、しっぽくらい振っているかもしれない。それくらい直江を待っていた。
そのとき、直江の母に後ろから声をかけられた。

「高耶くん、ちょっと買い物に行くんだけど、一緒に来ない?」

でも自分はここで直江を待っていたいのだ。
少し困った顔をすると、理由が分かったのだろう。優しく微笑んで、

「義明は少し遅くなると言っていましたよ。帰ってくるのは夜になると思うのだけれど」

と教えてくれた。
夜になるということに少しがっかりしたけれど、確かに今日帰ってくるのだ。それならば買い物の手伝いくらいしよう。
高耶はそう考え直すと、こっくりと頷いて立ち上がった。





賑やかな駅前を、品のいい老婦人と良く似た女性、それに整った顔の少年が3人で連れ立って歩いている。
高耶と直江の母と姉の冴子だった。 次男に車を出させ、駅前のデパートに止めさせると、直江の母と冴子は高耶を連れて買い物に出かけたのだ。どうやら高耶の洋服などを買いに来たらしい。

てっきり夕飯の買い物か何かと勘違いしていた高耶は面食らったものの、「遠慮するな」との押しの強い一言に負け、あれこれと選んでいく二人の後を黙ってついていった。
今はデパートを出て、ウィンドウショッピングを楽しんでいる。どうやら高耶の買い物は終わり、自分達のものを選んでいるらしい。

だが高耶にはどうでもいいことだった。
暮れていく空を時折見上げ、直江が帰ってくるまでの時間をはかっている。
そのせいで高耶は前の二人から遅れがちだった。

今もまた、ぼんやりと空を見上げて立ち止まりかけている。
その時、視界の隅をダークグリーンの影がかすめた。驚いて振り向くと、見慣れた車体が走り去っていく。
高耶は思わずその影を追いかけていた。離れていた二人はそのことに気付かない。

高耶は1人見知らぬ街を、直江を求めて走りつづけていた。





人間が車に追いつけるわけがない。
高耶は車を見失って大分経ってから、ようやく足を止めた。
すでにあたりは暗くなっている。この時間ならば、家に帰ればもう直江がいるかもしれない。

そう思って踵を返そうとした時、高耶ははたと気付いた。

(ここ、どこだ?)

なにしろ闇雲にウィンダムらしき車を追いかけてきたものだから、ここがどこだか皆目見当もつかない。そういえばあの二人ともはぐれてしまっている。
高耶は困って、あたりを見回してみた。

そこは繁華街の裏通りだった。駅前の明るさとはまた違った、どぎついネオンが光っている。怪しげな店が建ち並び、柄の悪い若者がちらほらと集まり出していた。
だが、世間知らずの高耶にそんなことは分からない。それでも嫌な空気だということは野生の勘で分かる。
早く帰ろうと思って歩き出そうとした時、何人かの男と肩がぶつかった。


高耶がこの通りに入ってきたときから、その男達は目をつけていた。
男にしては綺麗な顔立ちの、真白なシャツに真新しいジーパンという、どこか金持ちの雰囲気を持っている少年だ。こんな場所には似つかわない。
それが何かを追うように、必死な顔をして走って来たら誰でも目にとめる。

だが、その男達は一番たちの悪い興味の持ち方をしていた。そして高耶が諦めたように立ち止まったとき、動き出したのだ。


軽い衝撃が高耶に走る。
少しよろけ、謝罪の言葉を述べようとする前に、突然胸元を掴まれ引き上げられた。

「どこ見て歩いてんだよ!」

高耶は驚いたように目を見開く。
その表情に男たちは下卑た笑い声を上げた。高耶をいいカモだと見たのだろう。
更にからかいの言葉を口にしようとしたとき、高耶が思い切り手を振り払った。鋭い瞳で睨みつける。一瞬男達の笑いが固まった。
そのまま歩き出そうとした高耶の腕を、男の1人が掴まえる。

「逃すかよ」
「触るな!」

再び振り払おうとするが、今度は外れない。
他の男の手も伸びてきて、高耶は細い路地裏に連れ込まれた。

「放せ!」

高耶は何とか逃れようともがくが、男二人がかりで押さえつけられ、身動きが取れない。

「里見、こいつどうする?」
「車呼んで、いつものところだ」

その言葉に、男の1人が携帯電話を取り出す。

「やめろ!放せ!!」
「うるせぇな、少し黙らせろ」

里見と呼ばれたリーダー格の男がそう言うと、高耶を押さえつけていたもう1人が、高耶の鳩尾に思い切り拳を叩きつけた。
ぐっと空気を吐き出して、高耶が大人しくなる。

ちょうどそこへ汚いシルビアが滑り込んできた。男達は高耶を抱え上げると、乱暴に後部座席に放り込み、自分達も乗り込んだ。
全員が乗った途端、車は乱暴な音を立てて発進する。だがそんなことは日常茶飯事で、気に留めたものはほとんどいなかった。





[続]

紅雫 著
(2000.02.10)


[あとがき]
『高耶さん拉致られる』編でございます。これはやっぱりお約束でしょう。だって原作であれだけ拉致られてるんだから、パラレルといえど一度はやらないと(笑)。
高耶さんの運命やいかに!そして直江はいったい何をしているのか!
というわけで、次回をお楽しみに♪


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